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言論弾圧フィルタ  作者: 破魔矢タカヒロ
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第3話 オタクなブロガー技師たち


2018年12月16日(日曜日)。


 今、俺は、小学生時代からの友人、武田とともに、横内均という人物の自宅を訪れている。


 横内とは、益美がブログを通じて知り合い、俺の前に町田市の喫茶店で顔合わせをした人物だ。


 横内は在宅プログラマーとして、検索エンジンのアルゴリズムの開発と改良に従事しているという。前に働いていた会社からの外注仕事が主な飯のタネになっているそうだ。


 本人曰く、それなりのレベルのプログラマーなので、同年代の普通のサラリーマンよりもかなり稼ぎが良く、横浜市内に一戸建てをローンで買える程度の収入があるそうだ。横内氏宅の最寄り駅は横浜市営地下鉄の岸根公園駅になる。


 俺と武田は、12畳ほどの応接間に通された。部屋では他の4人が既に待っていた。もちろん、他の4人も同じ喫茶店で益美と顔合わせをした面々たちだ。


 つまり、俺と武田、そして益美から聞かされていたブロガーたちが既にこの場にいて、後は益美を待つばかりだ。


 初対面同士のまだ打ち解けない雰囲気の中、俺たちが益美を待っていると、彼女は10分ほど遅れて到着し、横内によって俺たちのいる応接間に案内され入ってきた。


「すみません、ここ、わかりにくくて。タクシーの運転手さんがクルクルとそこらをまわっちゃって」


 そのように謝罪する益美に対し、横内は涼しい顔で応じた。


「そうでしょうね。この辺は丘だらけだから、見通しが利かないし、道がいちいち狭いのでタクシーだと曲がるのも大変でしょうね。さあ、これで、全員が揃いましたね」


 全員が揃ったところで、各自が自己紹介をした。


 応接間には、


俺、長谷川隆、44歳、家電メーカー勤務、


武田秀和、44歳、製薬会社プロパー、


木田益美、30歳、スナック経営、


横内均、34歳、在宅プログラマー、


佐藤修、30歳、システムエンジニア、


藤田勝彦、32歳、ロボット設計技師、


吉田次男、31歳、電子機器設計者、


矢田部誠一、38歳、応用化学技師、


これらの8人が集合したのだった。


 武田以外の7人はコンピラブログで知り合い、町田市の喫茶店で益美と落ち合った者同士というわけだ。


 そして、武田は益美のスナックの常連客であり、俺の親友だ。


 横内氏宅の応接間に集合したメンバーは、益美を除く全員が男性なのだが、男連中は各自の出身大学も紹介したのだが、それについては割愛する。とにかく、男連中の全員がある程度以上の名門大学の出身者だ。


 男連中の自己紹介が終わると、益美の番になったわけだが、その益美は意外なことから自己紹介を始めた。


「ところで、実は私も大卒なのだけどさ」


 すると、横内が相槌を入れた。


「で、大学はどちらですか?」


「神戸大学の医学部よ」


「ええっ!?」


 一同から意外を仄めかす声が聴こえた。


 いまどき、スナックのママが大卒であっても少しも珍しくはないが、それが国立大学の医学部ともなると話は別だ。


 特に武田にとっては意外なことだったらしい。


「益美ちゃん、俺と同じ大学だったのか! しかも、医学部! それでスナック?」


「えへっ、保健学科だけどね。ま、いろいろあってね」


 自己紹介が終わると、武田が口火を切った。


 武田は、打ち合わせを速やかに進めるために、敬語でも丁寧語でも「タメ口」でも、それぞれが話しやすい口調で発言することを提案した。


「あ、それいいですね」


 そして、藤田というロボット設計技師が武田の提案にまず賛成し、


「異議なしです」


 応接間の全員がそれぞれに是認した。


 武田は、別に誰が決めたわけでもないのに議長役みたいになっていた。


「では、それで行きましょう。それと、方言はなるべく使わないことにしましょうね。勘違いがあると困るので」


「賛成です」


 以下、その場の皆が意見や提案や情報を自由に述べ合うこととなった。


 そして、やはり、武田が口火を切った。


「じゃあ、これからは、常語で話すね。まず、噂で聞いているかもしれないけど、この前の日曜日、国会前でデモに加わる一般市民に向かって機動隊が自動小銃を発砲する事件があったのだよ、それでね・・・」


 武田は、俺そして益美と一緒にその事件を実際に目撃したこと、消防署までグルらしく、救急車が1台も現場に向かわなかったことなどを事細かに伝えた。


「・・・ということなんだよ。状況が切迫していることを理解してもらいたくて、この話をしたのだけどね」


「なるほど、噂には聞いていたけど、そこまでとはね」


「僕は噂にも聞いていなかったけど、酷いな、それは」


「それだと、のんびりとはしていられないね。じゃあ、先に成果から報告するね。実はね、それこそ、大きな声では言えないのだけど、ターゲットのサーバのアクセスキーを解読できたのだよ」


 アクセスキーを解読したと言ったのは横内だ。


「それ、どこのサーバ?」


「いいか、これはトップシークレットだよ、いいね!」


「そんなこと、みんなわかっているよ」


「じゃあ言うね、1つは防衛省のサーバで、そして、もう1つはスーパーコンピュータの『京』だよ」


 防衛省のサーバそしてスーパーコンピュータの京と聞いて、その場の全員がうなってしまった。


「まだアクセスしてはいないけど、すぐにでもアクセスできるよ。ただ、ここで、腹を決めないとね、これはまさに犯罪そのものだからね」


「腹を決めるかどうかは、そのサーバにアクセスしたら、何がわかって、何が出来るかによるね。危険を冒すだけの価値があることなら、俺も腹をくくるよ」


 腹をくくると言ったのは武田だが、ともかくも横内は武田の問いに答えた。


「まず『京』の方だけど、僕の推理が正しければ、『NGワード』を『OKワード』にすり替えられるはずだよ」


「その『すり替え』に成功したらどうなるの?」


「すり替えに成功したら、ブログの記事や掲示板への書き込みに含まれるNGワードが検閲サーバというフィルタをすり抜けて、そのままブログや掲示板に表示されることになるのさ」


「それって、簡単に言うと、どうなるのよ?」


「以前みたいに自由に書き込めるようになるのさ」


「なるほど! それなら、現政権の悪事を日本中に伝えられるわよね」


「じゃあ、防衛省のサーバの方は何に使うの?」


「まだ考えていないよ。ただ、意外と簡単に読めてしまったので、とりあえずセーブしてあるだけだよ」


「わかったよ。なんにせよ、事はとんでもなく重大だね。これから、この場の全員で話し合ってアクセスに踏み切るかどうかを決めようか。ちゃんとした計画も必要だよね。俺たちが背負うリスクについても検討しないとね」


 それから、プログラマーの横内が中心になって一同が検討を始めた。


 横浜市内にある横内氏宅に集まった俺を含む8人は、スーパーコンピュータの「京」と防衛省のサーバにアクセスする場合の問題点とリスクを洗い出した。


 リスクについては評価が難しかったが、システムエンジニアの佐藤がその自宅のサーバを遠隔操作して、横内氏宅のサーバの堅牢性、言い換えれば脆弱性のチェックをすることになった。


 そのチェックの焦点は「横内氏宅のサーバからターゲットサーバに不正アクセスした場合に、どれくらいの時間、相手から気付かれずにいられるか、つまり相手から隠れていられるか」だ。


 政府等から気付かれずにいる間に、どれだけの作戦を実施に移すことができるかを知る必要があるからだ。


 このあたりの話については、プログラマーの横内とシステムエンジニアの佐藤の独壇場となった。


「僕はプログラマーだから、当然、プログラム言語には詳しいけど、インターネットの仕組みについては、システムエンジニアの佐藤さんの方が詳しいと思うよ。


例えば、佐藤さんは、ドメイン、プロキシ、ポート、ノード、PPPoEやプロトコルといったキーワードに詳しいはずだよ。


そこで、僕が構築したサーバがターゲットサーバにハッキングを仕掛けた場合に敵からどれだけ隠れていられるかを、佐藤さんに試してもらおうというわけさ」


「今日は、もう、午後6時で時間があまりないので、2時間くらい試してみようと思うのだけど、皆さん、大丈夫かな?」


「スナック勤めの私は、商売柄、夜には強いから、2時間でも4時間でも構わないわよ。タクシーを呼べば済む話なのだから、終電時間を過ぎても構わないわ。どうせタクシーで帰るのだけどね、エヘヘ。ところで、日も暮れたことだし、軽く飲んでもいいかな?」


「益美ちゃんは、ほんとに、タクシー、タクシーで歩かないのだね。それはいいとしても、お酒は今日の話が済んでからにしてよ。正常な判断を下せないからね」


「あら、私は、飲んだ方が正常なのだけどね、でも、わかったわよ」


「酒はともかくも、もう6時だから、お腹が減ってきたね」


「我が家にはカップ麺の買い置きしかないけど、それでいいかな?」


「カップ麺では食べながらの作業がやりづらいだろ。俺がこの丘の下のコンビニでサンドイッチを買ってくるよ」


「年長者の武田さんに買いに行かせるのは悪いよ。それなら、若い僕が買ってくるよ。傾斜が結構きつい坂だから帰り道が大変だよ」


「じゃあ、お願いするよ。缶コーヒーとかも適当にね。はい、これ、お金。8人だから1万もあれば足りるよね」


「飲み物なら、我が家の冷蔵庫に炭酸飲料とかミルクとかジュースがたくさんあるし、僕は、お茶やコーヒーのたぐいが趣味だから、キッチンに行けば、かなりの種類の飲み物を楽しめると思うよ。世界中の茶葉とかコーヒー豆があるからさ、宜しかったら、どうぞ」


「それは、助かるな。じゃあ、御馳走になるね」


 自宅の飲み物をその場の一同に勧めた横内は、自身と佐藤が作業に着手することを皆に伝えた。


「というわけで、僕と佐藤さんは、しばらく、我が家のサーバの堅牢性のチェックをするから、皆さんは、お茶を飲むなり、サンドイッチを食べるなりして、暇をつぶしてね。あ、そうだ、僕のフィギュアのコレクションがあのドアの向こうの居間にあるから、見てもらっていいよ。でも、触らないでね」


「おお、それはいい。横内さんのコレクション、かなりのものらしいからな、楽しみだね」


 フィギュア、そう、応接間の5人のエンジニアを結びつける共通のものはフィギュアだ。後になって知ったことだが、5人のフィギュア好きは偶然の一致ではない。


 実は5人のエンジニアはかねてからのフィギュア仲間だったのだ。その5人は、別々の二人組と三人組を装い、ブログを通じて益美にアプローチしたのだった。それは念のための用心だったのだが、そのことの種明かしは、その日の内にされた。しかし、他と比べれば些細なことなので、事の詳細については敢えて述べない。


「じゃあ、そういうことで、僕はサンドイッチを買ってくるよ。適当に見繕うからね、いいかな?」


「いいわよ。とにかく、お腹が減ったわ。お願いね」


 そのようなことで、吉田という電子機器設計者が食べ物を買いに行ってくれた。


 他方、横内と佐藤は横内氏宅のサーバのチェックを始めた。


 その間、俺、武田、そして益美は特にすることもないので、横内が言っていた「世界のお茶」を試してみることにした。


 そして、残る藤田と矢田部は、フィギュアのコレクションを見ることにした。


「おい、凄いな、これは」


「こんなにあるのか。僕のコレクションの10倍はあるな」


「このコレクションだけで、この家のお値段よりも高いよな」


「マジンガーZにこんなに大きなのがあったのだね。 いったい、いくらするんだよ、これ?」


 その一方で俺と武田と益美は、お茶のコレクションの物色をしている。


「こんなにあるのね! 横内さんって、いろいろと凝り性だわね」


「チベットのバター茶だけど、インスタントなんかあるのだね」


「インスタントが有るとか無いとかの前に、バター茶なんか知らないわよ」


「紅茶みたいな茶葉を煮出して、バターと岩塩とミルクを入れたものだろ、たしか」


「武田は、博識だよな。得意先の医者から聞いたのか?」


「うん、エスニックな国に旅をするのが好きな医師がいてね、その人から聞いたのだよ。でも、飲んだことはないね、なあ、飲んでみようよ」


俺たちは、早速、そのインスタントのバター茶を飲んでみた。粉末をカップに入れて、お湯を注ぐだけだ。


飲んだ途端、益美が顔をしかめた。


「まずっ!」


「うん、確かに微妙。なんか、どこかで食べたような味だな」


「これはゴルゴンゾーラチーズの風味だね。でも、そこに茶葉が入ると、なんだかなあ」


 そうこうしているうちに、吉田がサンドイッチを買ってきた。


「コンビニのサンドイッチでも、お腹が減っていると美味しそうねえ! 私はこれね!」


「あっ、益美ちゃん、ずるい!」


「あら、武田さんはこのサンドが好きみたいね。でも、悪いわね、これは譲れないわよ」


 作業を続けていた横内と佐藤もサンドイッチを頬張りはじめた。


 そして、3時間ほどが経過した。


「私たち、することが無くなってきたわね。それにしても、横内さん、味見してから、お茶を集めればいいのに。まったく、どれもこれも、私は結局、コーラよ」


 益美という女は、このように何かと図々しい。


「まあまあ、人様のお宅なんだから」


 そうこうするうちに、横内と佐藤の作業が終わったようだ。


「これは驚いたな」


「で、佐藤さん、どうだった?」


「プログラマーが構築したサーバとは思えないよ。横内さんがあちこちのサーバのポートをノックしている間に横内さんのサーバを特定しようとしたのだけど、全く見えなかったよ」


「じゃあ、どれくらい隠れていられるのかな?」


「たかが3時間、試してみただけだから、何とも言えないけど、政府側に1週間以上、気付かれないとしても不思議ではないよ」


「なら、最悪の場合だと、どのくらいの時間なら大丈夫なのかな?」


「そうだな、一日半くらいなら大丈夫だと思うよ」


 横内と佐藤という2人の情報エンジニアの話を横で聞いていた武田は不安げな表情で意見を述べた。


「それでも、1ヶ月とか半年とかの話じゃないのだから、微妙だよね。今すぐのアクセスは、やはり危険だよ。何か即効性のある作戦も考えないとね。まずは、その辺のことを考えてみようよ」


 そこで、一同は押し黙って考えるのだった。


=続く=


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