表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
言論弾圧フィルタ  作者: 破魔矢タカヒロ
14/14

第14話(最終話) 千林商店街


 益美も俺たちの同志だったはずなのだが、父親が米国の総領事だからか、自由に行動できるらしい。


 まずは俺が益美に返事した。


「元気過ぎるよ。することがないから、ほら、みんな太ってしまってさ」


「ほんとね、中年になると新陳代謝が低下するから、よほど注意しないとすぐに太ってしまうわね」


「で、何しに来たの?」


「うん、もちろん用ならあるけど、外は寒いわね、ゲストハウスかどこかで話をしましょうよ」


 俺たち8人と益美はゲストハウスに移動した。ゲストハウスには20畳ほどのかなり広い応接間がある。俺たちはその応接間のソファーに座った。


 益美が話を始めた。


「3月24日の日曜日に衆参ダブルの選挙があるでしょ。みんな、その前日の3月23日に解放されるわよ。パパがそう言っていたわ」


「それはありがたいな。」


「俺たち元の職場に戻れるのかなあ?」


「希望すれば戻れるわよ。パパが話をつけてあるからね。でも、戻るのが気まずい人はパパに相談したらいいわ」


「益美ちゃんのパパって凄いな! アメリカが凄いのかな?」


「両方よ」


「ところで、今回の選挙では例外的に、参議院議員の全議席が改選されるらしいね。どうしてだか聞いてない?」


「私のパパによると、参議院議員の議席を半数残すと、独立党の議員が残ってしまうからだって」


「なるほどね。日本国憲法はどうせ、次の選挙まで停止なのだから、この際、ついでというわけか」


「ところで、アメリカは、どうして、選挙までの暫定統治を自衛軍に任せなかったのかな?」


「あの大バカ大佐のせいよ! 自衛軍が頼りなく思えてしまったからよ。あの無茶苦茶な突入がなければ、浅井さんの部隊以外の自衛軍も蜂起して、警察の若手幹部も立ち上がって、木下政権を打倒していたでしょうね。それに、政府の言いなりになっていた警察の古参幹部たちも粛清していたでしょうね」


「そうだよね。浅井さんは、そうなると読んで、蜂起したわけだけどね」


「アメリカ側も当初は成功すると観測していたのよ。ところが、あのおバカな土浦大佐がアホな突入をしたでしょ。脅しだったのでしょうけど、パトリオットミサイルまで出してきてさ」


「だから、アメリカが自ら介入せざるを得なくなったんだよね」


 益美は話を続けた。


「いったん、表立って動いてしまったからには、もう隠れるわけには行かないものね。それに、土浦大佐のせいで自衛軍は信頼できないということになってしまってさ」


「まあ、あのような強引な突入劇を見せられると、そりゃあ、信頼できなくなるよね。それも、もっともなことだね」


「アメリカは、なにも好き好んで日本を統治しているわけではないのだろうな。諸外国からも批判を受けているしね」


 益美は表情を曇らせた。


「本当に迷惑な大佐殿よね、土浦さんって」


 浅井中佐は同期の土浦大佐のその後を気にした。


「ところで、その土浦大佐はどうなったの?」


「えっ、知らないの? この基地にいるわよ。ジェンキンスさんがいたところに留置されているわ。処分はまだ決まっていないそうよ」


 俺は木下総理のその後のことを聞いてみた。


「木下総理はどうなったんだろう?」


「精神病院に強制入院させられているわ。ねえ、浅井さん、あの威嚇射撃はやり過ぎよ! でも、まあ、いい気味ね!」


 その日、益美は、要するに、俺たち8人の解放予定日を知らせに来てくれたのだった。


 ちなみに、あの女子アナの5人のその後だが、


 留まって実況中継すると意地を張ったのはいいものの、いざ戦闘が始まると全員が興奮してしまい、事前の打ち合わせもなかったので、皆が同時に喋ってしまい、何を言っているのかわからない状態になってしまったらしい。ともあれ、幸いなことに5人とも無傷で無事だった。


 それでも、彼女たちは、今や時の人になっていて、あのクーデターまでは知名度が低かった女子アナまでもがすっかりと有名人になり、多くの番組から引っ張りだこだ。


 他はというと、土村清美、福山瑞穂、鵬連や山本次郎といった有名議員は全員が無事だった。やはりテレビなどに頻繁に登場する有名議員は運が強いらしい。


 そして、3月23日の土曜日、俺たち8人は予定通りに解放された。


 3月24日の衆参ダブル選挙の結果、自民党を中心とする連立政権が樹立された。やはりと言うべきか、独立党の候補は一人も当選しなかった。


 ただし、自民党は衆院で議席を140しか取れず、そこに弱小政党や新人の無所属議員が加わって脆弱な連立政権が誕生した。


 恐らく、また、向こう10年ほど、「決められない政治」とか言われることになるだろう。


 それでも、軍国主義国家や独裁国家になるよりは10倍マシな気がするのは、俺だけではないだろう。


 そして、臨時国会が召集され新政権が誕生した3月29日、日本は正式に再び独立した。折しもこの日は東京の桜開花日だった。



 それから2週間ほどが過ぎた4月14日、大阪造幣局の桜の通り抜けに行ってきた俺と益美は、今、千林にいる。


 俺たちは千林商店街を散策している。


 俺と益美は一緒に帰省することにした。益美の実家はもちろん千林なのだが、俺の実家は天六にある。


 二人一緒に帰省したと言っても、俺と益美の間に特別な関係はない。だから、恋人同士などは程遠い。


 ただ、益美が一人で新幹線に乗るのは退屈だからと俺を誘っただけの話だ。


 千林商店街はかなりゴチャゴチャとしている。いかにも庶民の商店街だ。さすがはダイエーの1号店が誕生した街だけのことはある。


 その代わり、何でもとっても安い!


 商店街をゆるゆると歩いていると、益美が何かを見つけたようだ・・・


「あっ、あのカドの天ぷら屋、まだあったんや!」


「ああ、あれなら俺も知ってるわ。この前来たのは中学生のときやな」


「じゃあ、何年前?」


「ええと、44引く14やから・・・ちょうど30年前やわ」


「へーえ、ウチが生まれたときからあったんやね! あっ、紅生姜の天ぷらがある!」


「うわあ、久しぶりやなあ! 紅生姜やのに揚げると、ほんのりと甘いねんな、不思議やなあ」


「買って、ここで食べようや!」


「ここで? 飲み物がないやん、のどが乾くやん!」


「後で何か飲んだらええやろ!」


 俺は紅生姜の天ぷらを2つ買った。そして、2人で1つずつ食べた。


 益美が声を上げた。


「うわあ、揚げたてや! うん、やっぱり、揚げると甘い、ほんま不思議やなあ!」


「でも、やっぱり、のどが渇いてきたわ」


 ここで、益美はある人物に気付いた。


「あっ、パパだ!」


 益美の視線の先を見ると初老の紳士がいた。


 その紳士が益美に話しかけた。


「なんや、益美は大阪に帰っていたんか」


 パパとは、益美の実の父親、アメリカの駐日総領事、ヘンリー木田のことだ。


 それにしても、実に流暢な日本語だ。大阪弁なのは少し残念だが、その代わり、親しみを感じる。


 思ったよりも小さな人で、身長は170センチないかもしれない。60歳前後だろうか? 小太りで浅黒く、丸顔の人のよさそうなオッサンだ。そのくせ、目だけは三白眼でけっこう鋭い。やはり普通のオッサンとはどこか違う。


 益美の父親は益美の隣にいる俺に気が付いた。


「こちらの方は?」


「ほら、例の長谷川さんよ。議事堂のクーデターを手伝った私の同志よ」


「あーあ、君がそうか。あのときは頑張ったね」


「とんでもない、現場にいただけですよ。それよりも、復職のこととか、いろいろと口利きをしていただいたそうで、ありがとうございました」


「気にすることないよ。良いことをしたのだし、益美の同志だからね」


 益美は俺たちを急かせた。


「さっ、挨拶はそのへんにしようや。ウチら、のどが渇いてるねん。パパもあの茶店さてんに入らへん?」


「小さくて、みすぼらしい店やな」


「けど、ブレンドコーヒーが200円、ミックスサンドが250円やで!」


「おっ、そら安いな、行こ行こ!」


 俺たち3人はその喫茶店に入り、注文したものが出された。


 益美の父親は随分と庶民的で気さくな総領事だ。

 

 益美に「私の卵サンドを取るなや」とか文句を言われている。


 ちなみに、大阪の卵サンドは卵焼きをはさんだものだ。その点がユニークだと思う。ゆで卵を荒みじん切りにしてマヨネーズであえたものよりも俺は好きだ。


 益美のパパがトイレに立った。


 そこで、俺は、かねてから疑問に思っていたことを益美にストレートに尋ねてみた。


「なあ、藪から棒やけど、ずばり聞かせてもらうわ」


「なんやのん?」


「益美ちゃんはアメリカのスパイやろ?」


「えっ、今頃、気が付いたんか、 そうに決まってるやん!」


「やっぱりな、あんな緊迫した場面でタイムリーに登場したのやもんな」


「でも、ウチは『ええもん』のスパイやろ? ウチのせいで日本の世の中が悪くなったか?」


「いや、それどころか、日本は助かったよ。おおきに!」


「そうやろ。世の中には、こんなに美人で優しいスパイもおるんやで!」


「アハハッ、自分で言うとるわ」


 かくして日本は救われた。


 そして、人生は、


けったいな政治家さえいなければ、


実にオモロイ!


 それから、俺は、また、桜の通り抜けに連れてこられた。


 その日、2度目の通り抜けだった。


 1日に2度は多い。だから、俺は少し不満だった。


「なんで、1日に2度も通り抜けに来るんや?」


「さっきのは普通の花見で、これは夜桜見物やろ。こんな晴れた『ぬくい』夜やのに来ないと勿体ないやろ! さあ、あそこから出たら、今度はサザエの壺焼きでポンシュ(日本酒)いこか!」


 俺は昼の通り抜けで、散々、奢らされていた。


「通り抜けの前にも露店でカルビとタンの串焼きを買って一杯やったやろ。それに、昼のときはイカの姿焼きとおでんで一杯やったし。スパイって、どれだけ飲むねん? しかも、みんな、俺の奢りやし。」


「アホッ、誰のおかげで生きていられると思うてるねん。花見の酒と肴くらい、なんぼでも奢りいや! さ、ほやから、サザエの後は鶏皮餃子でビールやろ、その後は焼きサバを串に刺したやつで缶酎ハイな、ストロングのレモンとかあるかな? それからフランクフルトやろ。あ、イチゴを串に刺したのがあるわ、可愛い! けど、串に刺す前にヘタくらい取ったれや」


 露店で飲み食いするのは思いのほか高くつく。


 益美の桜見物に日に二回も付き合って俺の財布もすっかりと軽くなった。


 けれども、まあいい。


 財布だけではなく心も軽いのだから。


 とにかく、


 春爛漫!


=おしまい=


 最後までお読み下さり誠にありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ