第13話 間一髪
「もはや、死あるのみ」とか思っていると、
“Cease fire! Soldiers! Both sides! Cease fire!” 「双方、撃ち方やめ!」
空から声が聴こえた。拡声器からの声だ。
英語とカタコトの日本語だ。
何者だろう?
直径2メートルの穴から既に日が暮れた空を見上げると、ヘリコプターが地上へと近付いてくる。
そのヘリコプターは直径2メートルの穴の向こうでホバリングを始めた。
浅井が言った。
「あっ、あれは、アパッチ攻撃ヘリコプターじゃないか! 米軍機だ! どこの所属だろう?」
三浦大尉が答えた。
「キャンプ座間ですよ。あのヘリコプターの兵士の腕章、あれは、第78航空大隊所属のヘリです!」
武田にはわけがわからない。
「どういうことだ? 助かったのか、それとも・・・」
米軍のアパッチ攻撃ヘリコプターを見て、双方とも射撃を一斉に止めた。
ヘリから女の声が聴こえた。
「浅井中佐、生きている? ねえ、聞いている? 私よ、木田益美よ! 町田のスナックの益美よ! 今すぐ武装を解除して! 助けに来たのよ!」
俺はきょとんとした。
「益美だって? どうして、ここで彼女の声を聴くのだよ?」
益美の拡声器からの呼びかけは続いた。
「長谷川さん、聞いている? キャンプ座間の米軍が事態を収束しに来たのよ。米軍の作戦は、あと5分ほどで終わるはずだから、終わったら議事堂の外に出てきて!」
そして、5分が経過した。
俺たちは、念のため、もう5分ほど待機してから、議場の外へと出て行った。
ふと気が付くと、浅井も左の二の腕を撃たれている。
俺は、左脚の脛を撃たれた武田に肩を貸しながら、議事堂のエントランスへと歩いて行った。
あたりは、さっきまでの銃撃戦が嘘のように、静寂に包まれている。
エントランスのホールに辿り着いて、ふと見ると・・・
真っ赤なカシミヤコートを着た益美が笑顔で両手を振っていた。
益美が浅井、武田、そして俺のところへと駆け寄ってきた。
「あー、良かった、3人とも生きていたのね。私、ちょっと、遅くなっちゃって」
俺は益美に聞いた。
「どうしてここにいるんだよ?」
「うふふ、実はね、大阪のパパのところに行って頼んできたのよ」
こんどは武田が益美に聞いた。
「パパって、益美ちゃんのパトロンのことか? それに、何を頼んだんだ?」
「パトロンなんかじゃないわよ、実の父親のところよ。いざとなれば助けてくれるように頼んできたのよ」
こんどは浅井が益美に聞いた。
「そのお父さんって?」
「ヘンリー木田っていうの、日系アメリカ人よ。3世なの。パパは、アメリカの大阪・神戸総領事館の総領事なの」
俺は意外に思って聞いた。
「益美さんの実家は千林だって言っていたよね」
「そうよ、千林よ。パパは千林にある母方の実家から総領事館に通勤しているのよ。総領事館は北区の西天満にあって千林から近いもの、当然でしょ」
武田も意外に思ったようだ。
「なんだよ、益美ちゃんの実家って名門なんだな」
「そうよ、自分で言うのもなんだけどね。でね、パパに私たちのつかんだ情報を全部伝えて、米国の駐日大使に話をつないでもらったのよ。それでね、駐日大使が本国に報告した結果、浅井さんの部隊のクーデターをバックアップする作戦を用意した方がいいということになってね」
軍人の浅井でさえも事態を把握しきれない。
「でも、なんで、アメリカが俺たちをバックアップしてくれることになったんだよ?」
「3人とも負傷しているから、手短に説明するわね、それはね・・・」
その益美の説明だが、
益美は、日本政府がデモに加わる一般市民に発砲させたこと、アメリカに隠れて大陸間弾道ミサイルを開発していること、これまた内緒で戦闘機の離着陸が可能な空母を建造していることを益美の父親経由で駐日米国大使に伝えた。
また、益美は、俺たちの知らぬうちに、横内氏宅を何度か訪れていて、他の情報も仕入れていた。それに、益美は今日も横内から新たな情報を仕入れてきた。
その情報とは、プルトニウム400キログラムが国際原子力機関の保障措置の許容範囲を超えて行方不明になっていること、そして、日本政府が某国の核実験の3Dシミュレーションの結果を不正に入手していた事実だ。
横内が入手したこれらの情報もまた、益美からその父親経由で米国側に伝えられていた。
これらの情報から米国側が勘付いて懸念したこと、それは、日本の現政権が大陸間弾道ミサイル、核兵器、そして空母を開発させているという事実だった。
つまり、木下政権は、これらの企てをもって、米国政府の虎の尾を踏んでしまったのだった。
これに怒った米国政府は、浅井の部隊がクーデターを起こそうとしている事実を知り、浅井の部隊をバックアップすることにしたのだった。
つまり、米国政府は、間接的にとはいえ、木下政権を打倒することにしたのだ。
当初、アメリカ側は、浅井の部隊が木下政権打倒をやり遂げると観測したのだが、自衛軍の中央警務隊が無茶な制圧作戦に出たため、米軍が急遽、たとえ表立ってでも、浅井の部隊のクーデターを武力で支援することになったというわけだ。
もちろん、米国政府としては、日本の自衛軍が単独でクーデターに成功してくれるのがベストだった。あくまでも日本の問題にしておきたかったわけだ。その点については誤算が生じたということだろう。
「・・・というわけよ! ただまあ、土浦大佐という人が『おバカ』過ぎたようね。浅井さんの部隊がこんなに早く危機を迎えるとは思わなかったわ。もう少し遅かったら、ヤバかったわね!」
説明を聞いても半信半疑の浅井中佐ではあったが、とにかく益美に感謝した。
「ほんとだよ、こっちが早いと言うか、そっちが遅いと言うか、ともかくも、助かったよ。ありがとう! まさか騙した女に救われるとは思わなかったよ。本当にありがとうな、益美!」
「だから、呼び捨てにすなって!」
それから1ヶ月が過ぎた。
浅井、武田、そして俺は米軍のキャンプ座間にいる。
キャンプ座間とは、拉致被害者の曽我ひとみさんの夫、あのジェンキンスさんが収監されていた米軍基地だ。
と言っても、俺たちは収監されているわけではない。では、キャンプ座間で何をしているのかと言えば、何もしないようにされているわけだ。俺たちがマスコミの前で何かを喋ると、アメリカにとって何か都合が悪いようだ。
俺たちは、あのクーデターの夜、国会議事堂でそのまま拘束されて米軍によってキャンプ座間に連れてこられた。
ところで、この基地に軟禁されているのは俺たちだけではない。プログラマーの横内、システムエンジニアの佐藤、ロボット設計者の藤田、電子機器設計者の吉田、そして応用化学技師の矢田部も俺たちから1週間遅れで連れてこられた。
俺たちは別に何かの罪に問われているわけではない。むしろ、俺たち8人はこの基地で歓迎されているようだ。食事も三食、結構なものが出る。8人とも数キロ太ってしまった。
俺たちの行動は、基地から外に出られない以外は、全く自由だ。酒もウィスキーなら12年ものとか、泡盛なら古酒とか、とにかく高い酒が出てくる。その待遇からして、俺たちはアメリカにとって有益なことをしたと評価されているらしい。
ただ、軟禁が始まってから1ヶ月も経つというのに、外にいつ出られるかをまだ告げられていないので、ほんの少しだけ不安だ。浅井は腕に、武田は脚に、そして俺は肩に負傷したのだが、基地内の病院に1週間入院しただけで済んだ。今は、3人ともすこぶる元気だ。他の5人も元気に過ごしている。
テレビでも雑誌でも自由に見られるのだが、仕事とかすることが何もないので、退屈になってきた。今の8人の楽しみは毎晩の晩酌だ。料理が豪華で美味いから高い酒がより一層美味い。
ここに来た当初は、部下を15人も死なせてしまった浅井がたいそう落ち込んでいたのだが、今は、すっかりとではないが、元気になっている。あのクーデターの際の犠牲者だが、衆議院議員の5人、そして既に述べたとおり浅井の部下の15人だった。全体では、死者20人、負傷者325人という流血の惨事となった。
惨事となった原因は言うまでもない。あの大バカの土浦大佐が無茶な突入をしたからだ。あのバカ大佐は装甲車の迫撃砲まで使いやがった。そのバカ大佐の部下に死者は出なかった。浅井の隊の応戦が節度あるものだったからだろう。それは、浅井中佐の日頃からの部下教育の賜物と言えるだろう。
今の日本は、残念ながら、アメリカの暫定統治下にある。日本は、第二次世界大戦の敗戦後、1951年までの足掛け6年、連合軍によって占領されていた。占領下の日本は英語で「Occupied Japan」と称されていたわけだが、日本は、また、誠に不本意なことに「Occupied Japan」になってしまっている。
占領と言っても、暫定的なもので、衆参両院の総選挙が行われる1ヶ月後までの約2か月間だけだ。つまり、桜が咲くころには、日本はまた独立することになる。ただし、その間、日本国憲法は停止されている。もちろん、憲法の停止も米国による暫定的措置だ。
今日は2019年2月28日の木曜日だ。
俺たち8人は日課にしている朝飯前の3キロのジョギングを終えたところだ。毎朝二日酔いだったりするので、3キロでもしっかりときつい。しかし、酒が抜けてくれるので朝食を美味しく食べる上で欠かせない日課になっている。
朝食だけは、基地のビュッフェで兵士たちと取る。パン食が主なのだが俺たちに配慮して米飯も味噌汁もある。ただし、おかずは、朝食だけだが、ソーセージやベーコンやスクランブルエッグだったりする。
8人は、朝食を済ませて、腹ごなしの散歩をしている。
すると・・・
武田が見覚えのある女性に気付いた。
「おい、あれっ! あの赤いオーバーコート」
「あっ、あれは益美じゃないか?」
「益美なら、同じ服はめったに着ないはずだがなあ」
その女性がこちらに近付いてくると、やはり益美だった。
「みんな、元気にしていた?」
=続く=




