第12話 激突
そこに、三浦大尉の報告が入った。
「浅井隊長、中央警務隊はランチャー4両を四方に展開しています」
「地対空ミサイルか?」
「はい、パトリオットミサイルです」
「パトリオット? なんとも大袈裟な、で、戦車は?」
「持ち込んでいません」
俺は、パトリオットミサイルと聞いて、マジにビビった。
「地対空ミサイルって、あいつら正気か? 攻めてくるとなれば使う気なのか? それに地対空ミサイルだろ、地上の建造物への攻撃にも使えるのか?」
しかし、浅井の表情は諦めと呆れが入り混じったかのような冷静なもので、
「あのバカな土浦なら、あり得るな、短気だからな。銃撃戦でラチがあかないとなれば使うかもね。それと、地対空ミサイルはマッハで飛ぶ戦闘機でも撃ち落とすのだぞ。パトリオットはその戦闘機よりも速い敵のミサイルを迎撃できるのだよ。だったら、まったく動かない国会議事堂に使えないわけがないだろ」
「こちらには総理をはじめとする国会議員が400人以上もいるのだぞ!」
「あの単純男は、攻めるとなれば、制圧することしか考えないよ」
「制圧ってな、パトリオットミサイルなんか使ったら、この議場が丸ごと吹っ飛ぶのと違うか?」
「だろうね、モロに当たればな」
「だったら、どうして、パトリオットなんだよ?」
「さあね、単なる脅しのつもりかな」
とか、話をしているうちに、敵の警務隊が議事堂に向かい前進を開始した。
俺は、化学兵器について浅井とヒソヒソ話をした内容を武田にも伝えた。
「ふーん、浅井の浅知恵か。こちらに化学兵器があるフリをしたって、結局は向かってきやがるな」
俺は浅井に聞いてみた。
「浅井、どうだ、防ぎ切れそうか?」
「敵がミサイルを使わなければ一昼夜くらいは持つよ」
しかし、武田の表情を見ると不安に満ちている。
「本当か? 敵の兵力は警務隊と機動隊を合わせて、こちらの5倍だぞ」
浅井中佐は、この期に及んでもまだ冷静だ。
「桶狭間の戦いだよ。議事堂の廊下が戦場になるわけだよな。そのように戦場が狭いと大きな兵力のメリットを活かしきれないのだよ。撃ち合いは、各所での5対5とかの銃撃戦になるはずだよ」
「それも理屈ではあるがな、いずれにせよ劣勢だな」
自衛軍の中央警務隊は歩みを速めて国会議事堂の内部へと進入してきた。
ここで、浅井は女子アナのことを思い出した。
「いかんな、タイミングを逸した。女子アナたちを退去させないと」
浅井は屋外のスピーカーに繋がるパソコン端末のマイクに向かって大声で告げた。
「警務隊の諸君、突入は10分ほど待ってくれ。こちらには各テレビ局の女子アナウンサーらが6名いる。この場から退去させてくれ」
敵側のスピーカーが応じた。
声の主は土浦大佐だ。
「こちらは、中央警務隊の隊長、土浦大佐である。そちらの要求に応じる。5分待ってやるから、女子アナたちを退去させろ」
すると、佐藤シルビアが浅井に歩み寄ってきた。
「私は退去しません。この場に留まって最後まで実況中継します」
他の女子アナも異口同音に留まると言い張った。
彼女らによると、テレビ局の専属タレントなどではないことを世間に示したいとのことだった。
それは、全く意外な展開だった。
俺にしても、彼女たちはオシャレの方が大事な女性タレントのような存在だと思っていた。
「ふうっ、勝手にしろ! こっちも忙しい。死んでも知らんぞ!」
女子アナたちの頑なさに諦めた浅井は再びマイクに向かった。
「おい、土浦、浅井だ、今の要求を取り消す。アナウンサーたちは意地でも退去しないそうだ。さあ、そういうわけだから、どこからでもかかってこい! その代わり、議場の総理や代議士やアナウンサーがどうなっても俺は知らんぞ!」
「なんだと、浅井、この俺は同期でもお前の上官だぞ。それを呼び捨てにするとは、クソッ、目に物を見せてやる!」
浅井は土浦のことをバカだと言ったが、浅井もどっちこっちのバカだ。この劣勢の場面で敵を兆発してどうする!?
ほどなくして、激しい銃撃戦が始まった。
浅井が言ったとおり、国会議事堂の議場の周囲の廊下が戦場になった。
これも浅井が言ったとおりなのだが、戦場が狭いため、敵はなかなか攻めきれず、まさに桶狭間の戦いのようになっている。
双方に負傷者が多数出ているようだが、幸い、致命傷を負った兵士はまだいないようだ。議場の代議士や女子アナたちも無傷だ。
戦況はまさに一進一退、双方の兵士とも実戦経験がないにも関わらず実によく戦っている。
これはひょっとして、ともに東京都内に駐屯する兵士と兵士の意地のぶつかり合いなのだろうか?
しかし、激しい銃撃戦が3時間も続いた後、敵の土浦大佐の側が勝負に打って出た。
ドゥッワーン
突然、耳をつんざく低い爆発音が轟いた。
見れば、議場の側壁に直径2メートルほどの穴が開いている。
俺は浅井にまさかとは思ったが聞いてみた。
「おい、今のやつ、パトリオットミサイルか?」
「まさか。装甲車からの砲撃だろうな。120mm迫撃砲あたりだと思うよ」
浅野の隊の兵士がすぐさま、その穴の付近に陣取り、敵を迎え撃つ準備をする、
穴の周囲には負傷した代議士と兵士が倒れている、
近くにいた兵士たちが負傷者を奥へと運ぶ、
敵が議事堂前に設置された仮設のヤグラの上から、議場に開いた穴をめがけて、一斉射撃を仕掛ける、
多数の兵士と代議士に弾が命中する、
もはや、敵の土浦大佐の目には代議士という人質など映っていないようだ。
そのような危機中の危機を迎え、俺は浅井に頼んだ。
「浅井、俺にも自動小銃をくれ。撃ち方は、さっき、三浦大尉から聞いたよ。武田にも渡すから2丁くれ」
「わかったよ、おい、三浦、そこの2丁を渡してやれ。これだと、敵はもう制圧しか考えていないね。ということは、もう、これまでだな」
「ああ、もう、これまでだ。さあ、いよいよ、イタチの最後っ屁やな、臭いのをかましたろうや!」
武田もヤケクソだ。
「最後っ屁か、ええな、それ!」
俺たちは議場正面のドアと、直径2メートルの穴の2方面から攻撃されている。
多数の代議士と兵士が倒れている。
もはや、死者が出ていないわけがない。
女子アナたちは議長席の後方上部にあるテラスに避難している。このテラスは、本来、皇族方が使用する貴賓席なのだが、もはや、そんなことに構ってはいられない。
女子アナたちは無事だろうか?
いや、それどころではない、自分のことだ!
「うっ!」
「どうした?」
俺は撃たれた。
「肩をやられた。テレビとかで見るのよりも痛いな」
武田が声を掛けてくれた。
「見せてみろ」
「どうや?」
「弾は鎖骨の少し下を貫通したみたいやな。安心しろ、このあたりには肺もなんにもない」
「でも、痛い!」
「撃たれたんやから、当たり前や、我慢せい!」
「ああっ!」
「おい、武田、お前も撃たれたのか?」
「左脚の脛のあたりや」
俺は武田の弾傷をチェックした。
「骨からは逸れているみたいやで」
「けど、焼けるみたいに痛いわ!」
「ほらな、言うた通りやろ」
「ふうっ、ほんまに、しまいやな」
「うん、おしまいや」
もはや絶体絶命!
あの土浦とかいう大佐は、浅井が言ったとおり、モノホンのバカだ。
兵士だろうが国会議員だろうがバンバン撃ってくる。
味方側の陥落はまさに時間の問題のようだ。
後は人生の最期を待つばかり・・・
=続く=




