第11話 壊れた総理大臣
俺は、東京キー局の若手女子アナを初めて生で見たのだが、彼女らの可愛さや美しさは想像以上だ。
肌なんか磨き上げられていて、「この人たち、いったい、日に何時間風呂に入るのだろう?」とか思ってしまう。
今時の女子アナはテレビ局の専属タレントとも言えるが、容姿の点ではそこらの女優やタレントを優に上回る。
5人の女子アナは、それぞれ5分の持ち時間で、まず自衛軍側の代表者として浅井中佐にインタビューした。
インタビューの内容は、マスコミがいかにも質問しそうなことであり、要するにクーデターに及んだ経緯や理由、最終的な目的、クーデターという暴挙とも言える行為に及んだことへの自己評価などだ。
次に、政権側の代表者として、当然だが、木下総理にインタビューすることになった。
失禁して、精神が壊れたかのような総理だったが、今はジャージに着替えて、少し落ち着いたようにも見える。それでも、総理の目は、なんとなく「逝っちゃっている」みたいな感じだ。
総理の側近たちは、総理自らがインタビューに応じることを、たいそう不安がっていたのだが、木下総理が自ら話すと言い張るので止め立て出来なかった。
だから、総理に近い政治家たちがこの上なく心配する中、木下総理のインタビューが始まった。
しかし、木下総理は、一人目の女子アナのところから、いきなり、とんでもない回答を連発してしまうのだった。
トップバッターとしてTBSの佐藤シルビアが木下総理に臨んだ。
ところで、佐藤シルビアは日本人とポーランド人のハーフであり、美貌もさることながらバストがかなり大きいことが特徴の女子アナだ。ただし、そんなことは本件とは何の関係もない。
「国会議事堂前の一般市民への発砲を指示したのは総理とされていますが、それは事実ですか?」
「え? ああ、それね
だってね、あいつら邪魔したんだもん
だから、撃っちゃえって言ったのね
そしたら、機動隊がね
本当に撃っちゃってさ
だってね、だって、国民なんかにね
好きなように言わせとったら
日本が強くならんもん
でさ、中国、怖いもん
アメリカ、助けてくれんもん
それでね、そりゃあ、人命も大事ですよ
大事です
うーん、人命ねえ
ま、ほどほどに大事かな
でもね、ええとね
だってね
そこの自衛軍の怖いオジサンがね
パン パン パンってさ
怖いんだもん
ああ、もお
怖いよー
ウェーン、エーン、ヒイイイ、ヒックヒック・・・」
総理はとうとう泣き叫びだした。
その有様は巨大なダムが決壊したかのようだった。
総理は大声で泣きながら議場の議席の机をバンバンと叩きだした。
側近が総理を止めようとするが、もうどうにも止まらない。
それを見た俺は心配になり張本人の浅井中佐に聞いてみた。
「おい、浅井、総理が完全に壊れちゃったじゃないかよ。野々森元県議みたいになっているぞ、これ大丈夫か?」
「うーん、大丈夫かねえ、国会前の発砲を指示したような発言をしたのは、こちらに有利だが、いくらなんでも壊れ過ぎだな。壊れた原因は俺にあるわけだし。これは少し厄介なことになるかもね」
確かに、総理がこれだけ壊れていると、総理が何を白状しても信憑性に問題が出てしまう。それに、総理を壊したのは蜂起した浅井の隊の側だ。「これは後から問題にされるな、まずいな」とか俺が思っていると、
総理の側近たちがインタビューを無理矢理に打ち切った。
そして、総理の側近の内の1人で、独立党を木下総理と共に結党した森井幹事長が総理に代わりインタビューに答え始めた。
「総理がこのようなジャージ姿でいる理由を改めて御説明します。あそこにいる浅井中佐が木下総理に向かって拳銃で威嚇射撃をしたからです。ほら、これが総理の着ていたスーツの上着です。見えますか、穴だらけでしょ」
森井はアピールを続けた。
「このような、人を戦慄させる威嚇射撃があってもいいのでしょうか? 常識の枠から完全に逸脱していますよね。総理が精神的に壊れたのも当たり前ですよ。アナウンサーの皆さんが、さっきの総理の発言を真に受けたとしたら、それは、非常識というものです。今の総理は真実を語れる状態にはありません。ほら、この上着をよく見てください。これがあいつらのやり方なのですよ!」
まずい! その点を突かれると、確かに我々の側に非がある。あの「過激過ぎる」威嚇射撃のせいで、我々の主張する真実が捻じ曲げられる可能性が出てきた。
何とかしなくては。
総理の不規則発言の原因が浅井中佐にあるとされ、俺たちは、にわかに、窮地に立たされてしまった。
佐藤シルビアは、浅井が総理に威嚇射撃をしたことを受けて、再び浅井に迫った。
「今の話のような威嚇射撃は明らかに度を越していますよね。いくらクーデターでも普通に威嚇すれば済みますよね? 中佐、そのあたりの弁明を聞かせてください」
「自衛軍の軍人の脳みそが筋肉でできていると言われたのですよ。それがきっかけだったのです。また、撃てるものなら撃てと大声で兆発されましてね。それで、つい」
「けど、そのような威嚇射撃をするような人間なら、脳みそが筋肉と言われても仕方ないのでは?」
「もちろん、深く反省しています。けれども、この様に非正常な状況の下での総理からの兆発だったもので」
そんな折に突然、三浦大尉が緊急事態を浅井に告げた。
三浦大尉はどう見ても慌てている。
「中佐、インタビューどころではありませんよ。ついに奴らが来ました。市ヶ谷駐屯地の中央警務隊です。土浦大佐ですよ!」
「なにっ!」
「隊長、屋外の監視カメラの映像を見てください」
浅井はモニタを覗き込んだ。
「うん、確かにあの隊の旗だな。おい、小笠原、兵士の数の見当をつけてくれ」
「待ってくださいよ、ええと、議事堂の周囲を完全に包囲されていますね、うーんと、どうやら、3,000人くらいですね」
「おお、そうか、総勢の5,000からすれば、2,000人ほど少ないな。自衛軍内部にも動揺があるようだな。横内さんらが自衛軍内部に流した情報が少しは効いているようだな」
浅井中佐は呑気な観測を述べているわけだが、俺は、もちろん、不安なわけで。
「とはいえ、機動隊の3,000と合わせて6,000人だよ、これって厄介だよね」
「奴らが実際に押し寄せてくるかどうかだな」
「おい、浅井、ちょっとこっちに来てくれよ」
ここで、俺は、浅井中佐の肘を掴み、他の者たちから少し離れた場所へと連れて行き、浅井と小声で話をした。
「なあ、浅井、三浦大尉が仄めかしていた訓練用のサリンとかソマンとか、そういうの、実はここにあるのだろ?」
「ああ、それね、そんなものはもちろん無いよ」
「えっ、じゃあ、なんで三浦大尉は俺たちにあのような謎かけをしたのだよ!」
「ハッタリが通じるかどうか、お前らで試してみただけさ。実は、国会に押し寄せている中央警務隊の隊長の土浦大佐にも『訓練用に化学兵器を持っている』みたいなことを言ったことがあるのだけどね」
「それは、どうして?」
「決まっているだろ、味方にハッタリをかましておいたのさ。化学兵器を持っていると思わせておけば、我々を簡単には攻められないからね」
「でも、同じ自衛軍だろ、そんなことを真に受けるか?」
「古い組織は軍でも民間でも得てして縦割りだろ。長谷川は、たしか、出納課勤務だったよな。カーステレオの会社だろ。お前の会社の開発部門が今どのような新製品を開発しているか知っているか?」
「そう言われると、既に市販されている製品しか知らんな」
「だろ。自分の会社のことなのに、聞けば教えてくれそうなことなのに、知らないわけだよな。自衛軍だって同じだよ」
「それで、化学兵器を持っているように俺たちに勘繰らせて、持っているフリが通用するかどうかを試してみたわけだな?」
「そういうことさ。中央警務隊の土浦大佐も我が隊が化学兵器を持っていると思い込んでくれていたら、容易には踏み込めないはずなのだがね」
「で、土浦大佐は浅井の部隊が化学兵器を持っていると思い込んでくれたかな?」
「うーん、ハーフ・ハーフだな」
「浅田真央じゃあるまいし。ところで、土浦大佐ってどのような男なのだ?」
「一言で言って、バカだな」
「バカで大佐になれるのか?」
「バカとは言っても、もちろん、国語・算数・理科・社会とかでバカという意味ではないよ。人間的に人格的にバカなのだよ。単純なのだね。行間を読めないと言うか」
「それじゃあ、化学兵器を持っているかのように仄めかしても、スルーされたかもしれないよな」
「うん、俺もそこのところが心配なのだよ。逆に信じて疑わないような気もするしさ」
「だからハーフ・ハーフか」
「そういうことだな」
「それにしても、そんなバカがよくも大佐になれたな」
「土浦大佐は俺と同期なのだけど、上官へのゴマすりだけは上手いのさ。波風が立たない職場ではよくあることだよ。これが戦時の軍隊なら、そうは行かないのだけどな、なにせ実際の戦闘など無い自衛隊だったからな。俺はゴマすりが苦手だから出世競争では若干後塵を拝しているのさ」
「ふーん、そういうことか、どこの世界でもそうなのだな。実力主義の世の中かと言えばそうでもない。でもさ、土浦大佐とかいうその同期の軍人だけど、単純だというのなら、無茶をしそうだな」
「ああ、確かに無茶な奴だね。ここに踏み込んでくるとすれば、かなり力任せになるだろうな」
=続く=




