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言論弾圧フィルタ  作者: 破魔矢タカヒロ
1/14

第1話:NGワード


 俺は、2年前にブログを始めた。


 別に何かを思い立ったわけではない。


 それは単に、俺が営業部から総務部の出納課に人事異動になり、毎日ほとんど定時で退社できるので夜が暇になったからだ。


 俺がブログを始めたのは2016年の10月。そして、今は2018年の12月だ。その間、俺はブログを書くことをそれなりに楽しんだ。


 たまに「いいね」を貰うと、くれた人のページを見て、縁のなかった世界にも触れ、常識のストライクゾーンが少し広くなった気がする。


 ところが、一昨日、アップした自分のブログの記事を確認しようとすると、「この文章には、健全なサイト運営に適さない言葉や表現が含まれている為、表示することができません」というメッセージが表示され、その記事にアクセスできなかった。


 そのときは、「下ネタが過ぎたかな」と軽く受け止めた。実際、そのような内容だった。


 そして、昨日は、真面目に、「生鮮食料品が高騰していて、特に低所得者が困窮しているのに、現政権は株価の高値ばかりを自慢して、低所得者にまったく配慮していない」といった主旨の記事をアップしたところ・・・


<この文章には、健全なサイト運営に適さない言葉や表現が含まれている為、表示することができません。>


 と、表示されてしまった。


 記事のどこを見てもNGワードらしきものはないし、過激な表現も卑猥な表現もない。


 昨日は、他にも、社会問題に言及する記事を5件アップしたのだが、その内の3件が「不健全」とされてしまった。


 その3件のいずれにも「不健全」な部分など存在しない。そのことは、断言できる。


 それでも、5件の内の2件は無事に公開されたわけだが、それらは青少年の非行と教育に関する内容の記事だった。


 俺の利用するブログサービスは「コンピラブログ」、通称「コンブロ」と呼ばれているものだ。


 コンブロは入力や編集のしやすさが受けて、ブログサービスプロバイダの中ではトップのシェアを誇っている。会員は2000万人もいる。


 何はともあれ、どのようなことを書けばNGになるのか、その基準がてんで分からないので、俺はGoogleで「コンブロ NGワード」と入れて検索してみた。


 たくさんのページにヒットしたので、誰もがするように、一番上に表示されたページへのリンクをクリックした。


 ところが、「不健全な部分がある」という主旨のメッセージが表示されてアクセスすることができなかった。


 「あれっ?」と思った俺は、2番目に表示されたリンクから下へと片っ端からクリックしていったが、サービスプロバイダによって記述は異なるものの、「不健全な部分がある」という主旨のメッセージが表示されて、ことごとくアクセスできなかった。


 その検索結果を見た俺は、たいそう気味が悪くなった。


 そこで、ことごとくアクセスできないことの真相の片鱗だけでも知りたくなり、俺は、自分のブログにいろいろな言葉をアップしてみた。


 一度に多くの言葉をアップすると、どれがNGなのか分からないので、最初のうちは、1語ずつ試してみた。


 すると、とりあえずだが、次の言葉がNGになることをつかんだ。


<政府転覆、言論の自由、失政、政府の無策、一斉蜂起、革命、政府の横暴、思想・信条の自由、政治腐敗、国の無駄遣い、非核三原則、憲法の曲解、集団的自衛権、結社の自由、デモ、ゼネスト、人権の尊重、昭和天皇の戦争責任・・・>


 このような言葉を単独で書き込むと、「この文章には、健全なサイト運営に適さない言葉や表現が含まれているため、表示することができません」というメッセージが表示されてしまうのだった。


 しかし、このような言葉が使用不可では、ブログに何も書けない。単独でNGワードになるのなら、文章の中で使うとどうなるのだろうか? それは、当然の疑問だったので、俺は、早速、試してみた。まず、「人権は世界中で尊重されるべきだ」と入力してみた。


 すると、NGになった。


 次に、「国益を守るためなら、人権の尊重が多少無視されても止むを得ない」と入力してみた。


 すると、OKになり、自分のその記事にアクセスすることができた。


 最後にもうひとつやってみた。


 「近年、昭和天皇の戦争責任が議論されないのはおかしい」とアップしてみた。


 すると、NGになった。


 そこで、「昭和天皇の戦争責任を問う人の考え方はどうかしている」と入力してみた。


 すると、OKになった。


 そのような結果を見た俺は、既に気味悪く感じていたのだが、その気味悪さが数倍に膨らんで不気味さを覚えるようになった。


 これは大問題だと感じるようになった。


 「国民のために」などというキザで大それたことではなく、「自分のために」真相を突き止める必要があると強く思った。


 しかし、ネット検索をしても、かかるような結果になってしまうのに、どのような方法で真相の調査をすればよいのだろうか?


 ただし、真相の調査や究明の前に確かめるべきことがある。それは、俺のデスクトップPC以外の端末でも同じ結果になるかどうかだ。考えにくいが「単なるエラー」ということもあり得る。


 俺はパソコンを自作しても、ネットには詳しくないので、検索などで、どのようなエラーが生じ得るのかを承知していない。


 そこで、まず、俺が外出する時に使用するポケットWIFIとタブレットの組み合わせで試してみた。


 やはり、デスクトップPCでアクセスを試みて表示されなかった記事は、タブレットでも表示されなかった。


 Googleで「コンブロ+NGワード」をキーワードにして検索すると、サイトへのリンクは表示されるものの、実際にリンクをクリックすると、「アクセスできません」と表示されてしまいアクセス不能だった。


 ダメ押しの確認として小学校時代からの友人である武田という男に聞いてみることにした。今日は土曜日だから、どうせゴルフだろうか?


「あ、武田、久しぶりやな」


ちなみに、俺は大阪出身の44歳の男性サラリーマンだ。だから、ときどき、大阪弁が混じってしまう。それでも、標準語で話すように努力してはいる。


「お前の方から電話してくるとは珍しいな。今、ゴルフ場やねん。お客様とまわっているねん。ほんで、何や?」


「だったら、手短に言うわ。事情は説明しないけど、確認だけしてくれるか?」


「何の確認や?」


「うん、Googleからな『コンブロ+NGワード』をキーワードに検索して、一番上に表示されるリンクのページが表示されるかどうかを確認してほしいねん」


「なんや知らんけど、次のホールに行かなあかんから、サッとやったるわ・・・えーと、『今日のディベート』とかいうページか?」


「あっ、それそれ、ほんで?」


「アクセスできないと表示されるで。ほやから、なんやのんこれ?」


「いや、今のところは、たいしたことないねん。こんど一緒に飲むときとかに説明するわ。忙しいやろ、ほなな。」


「まあ、ええわ、ほな、そういうことで。またな」


 この武田という友人と俺の間の会話は、いつも、このように淡白で用件だけだ。


 彼とは半年に1回ほど、東京とか大阪とかで飲むのだが、現在は共通の話題がないので学生時代の話ばかりになり、マンネリで少しつまらない。しかし、今は、そのようなことはどうでもいい。


 それはともかく、どうやら、どの端末でも検索結果は同じことになるらしい。


 まあ、それで当たり前ではあるのだが。


 しかし、これだけ多くのページが「内容が不健全」として表示されないかアクセス不能になっているというのに、世の中はやけに静かだ。


 MSNやYahooなどのゲートウェイページのニュースを読んでも、アクセス不能のニュースなど見られない。


 テレビの情報番組やニュース番組も同じことで、アクセス不能や表示不能について何も報じない。


 それって、奇妙過ぎないか?


 俺の友人は、さっきの武田を筆頭にノルマの達成や出世競争に明け暮れる連中ばかりで、ブログなんかには何ら興味も示さない。


 というか、俺の友人たちの場合、この世にブログなど1ページもなくても困らないだろう。自分の会社のサイトが無事なら後は何でもいいとでも言いそうな奴らだ。


 それに彼らは、企業べったり、体制側べったりの人間たちであり、言論の自由などには全く無頓着だ。


 ともかく、彼らの関心事は自身の出世や子供の進学とかだけなのだ。


 そんなことでは、この事態のことを相談しても仕方がないだろう。なにせ、彼らは進学にせよ、就職にせよ、サラリーマン人生にせよ、順風満帆なので、自身の権利といったことをあまり考えたことがないようだ。


 しかし、俺は彼らとは違う。少年時代や青年時代に差別を受ける境遇にあったため、自身の権利を侵害されそうなことには敏感に反応してしまうのだ。


 だから、今回のように「表現の自由」という権利が侵害されている疑いに直面すると気になって仕方がないのだ。


 それに、「思想・信条の自由」とか「人権の尊重」といった、人にとって重要なワードがNGワードとは並大抵のことではない。


 土曜日という休日の午後のことなので、俺は、1時間ほど思案してみた。そして、あるアイデアを思い付いた。


 アクセス可能なブロガーのページをしらみつぶしに当たるというのはどうだろう?


 犬も歩けば棒に当たるだ、ひとつ、やってみよう!


 で、俺はそのようにした。そのあげくに、棒に当たった。


 それは、女性と思われる人物の気に入ったレストランや喫茶店を紹介するページなのだが、気になる点が1つあった。


 そのページには現政権や現体制を称賛する記述がいくらなんでも多過ぎるように思えるのだ。


 そこで、俺は、そのページを隅から隅まで閲覧することにした。


 すると、行きつけの喫茶店を紹介する記事にページの大半が割かれており、詳しい地図まで掲載されている。


 しかも、自分がその喫茶店を利用する時間帯まで詳しく述べてあるのだ。他にも、気になる点が多々あったので、その女性と思われる人物に会ってみようと思った。


 そこで、「いいね」ボタンを「9回」クリックした。


 明日は12月の「9日」なのだ。俺のシグナルが届けばよいのだが・・・


「いいね」ボタンを9回もクリックしなくても、コンブロでは「コメント」や「メッセージ」を送る機能を用意している。


しかし、俺はその直感として「いいね」をクリックした方が良いと思った。今は、ネットが非正常な状態になっているので、もう少し事情が見えるようになるまで、ネットで意があるメッセージやコメントを送受信する行為は最小限にした方が賢明だと何故だか思ったのだった。


俺が例のブロガーに発信した情報はもう1つあった。俺は、自身のブログにこのように書き込んだ。


『ブログを見ていて雰囲気の良さそうな喫茶店の記事を見つけたので、明日あたり行ってみよう。あのような落ち着いた雰囲気の喫茶店なら、なかなか読み切れない「コンブロ攻略! 基本編」なる書籍もじっくりと読めそうな気がする。シフォンケーキが美味しそうだ、3時のおやつにしよう』


 あのブロガーがこの記事を読んでくれたなら、何か反応してくれると思った。俺は、夕飯の支度と酒の肴の準備に1時間ほど費やしてから、あのブロガーのブログをもう一度読んでみた。


 すると、このような書き込みがあった。


 『シフォンケーキも美味しそうなのに、まだ一度も食べたことがなかったな。そうだ、明日のおやつはシフォンケーキで決まりね』


 おお、読んでくれたのだ。明日と書いたからには、「いいね」9回の意味も理解してくれたに違いない。


 また、俺が「3時のおやつに」と書いたので、あのブロガーはあの喫茶店に3時頃に来てくれると思った。「コンブロ攻略! 基本編」という書籍を目印にする合図も理解してもらえたと思う。


 そして、翌日の日曜日、12月9日。


 そのブロガーに会おうと思った理由は「気になった」以外にもう一つある。そのブロガーが紹介する喫茶店が、たまたま、俺の住む町田市の市内にあり、自宅から近いからだ。


 実のところ、現政権を褒め殺しにするかのようなブログは他にもあったのだが、当然のこととして、自宅から一番近そうなブロガーを選んだのだった。


 そして、俺は、今、ルミネ町田店の店内にある有隣堂という書店にいる。ルミネ町田店はJR町田駅のすぐ前にあり、有隣堂はルミネの7階にある。


 まあまあ大きな書店だ。今は午後の2時半あたりだ。例のコンブロ攻略本を購入してからでも午後3時には十分に間に合うはずだ。例の喫茶店は、JR町田駅の北へと5分くらい歩けば到着するはずだ。


 その攻略本はすぐに見つかり、その本に手を伸ばそうとすると・・・誰かの手とぶつかった。それは女性の手だった。


「あ、失礼しました」


 その女性は当然のことを言ってくれた、だから、俺も、


「いえ、こちらこそ。」


そして、俺がその本に再び手を伸ばそうとすると、その女性の手にまた触れてしまった。だから、俺は、その女性に当然のことを聞いた。


「この本を買われるのですか?」


「ええ、人と会うのに必要なのです」


「え、そうなのですか? 実は私も同じ理由で必要なのですよ!」


「あれっ、ひょっとして、あなたは、『マニアが鼻で笑うオーディオ日記』というブログの方ではないですか?」


「ええ、そうですけど、すると、あなたは『いたずらなグルメ』の方?」


「そうです! まあ、それは奇遇ですね。手間が省けましたわ」


「あはは、そうですね。で、この本、買われますか?」


「いいえ、もう要りませんわ」


「そうですか、なら、私も要りません」


今回の件とは全く無関係の話なのだが、その女性の美しさには正直なところ面を食らった。ネットのことばかりが気になり、美しい女性など期待していなかった。だから、意表を突かれて、その女性に見とれてしまった。


 すると、その女性が「やはりね」とか言いそうな笑顔で言った。


「ひょっとして、私のこと、綺麗とか思っていませんか?」


「やはり、ジロジロ目線を感じましたか。恐れ入ったな。そのとおりです」


「大丈夫ですよ、みなさん、そのようにおっしゃいますから」


「失礼ながら、褒め言葉は100パーセント頂戴しておくタイプですか?」


「ええ、そのほうが心の健康にいいでしょ?」


「ふふっ、まあそうですよね」


 いきなり面白い女性だ。でも何故だか嫌味がなく好感が持てる。


「それでは、本も不要になったことだし、例の喫茶店に行きましょうか?」


「ええ、でも、その前に、念のためにお聞きしたいのですが」


「なんでしょうか?」


「あなたは現政権が好きですか? イエスかノーだけで結構です」


「ノーです」


「ああ、それは良かったわ。それなら話になりますね。では、喫茶店に移動しましょうか?」


「はい、もちろん」


「自己紹介は歩きながら、ということで・・・」


「わかりました。じゃあ、早速行きましょう」


 俺と彼女は喫茶店へと歩きながら互いに自己紹介をした。


 まず、俺だが、俺の名前は長谷川隆はせがわ・たかし。もちろん男性だ。年齢は44歳でカーオーディオの製造、輸入、販売をする中堅家電メーカーの出納課に勤務している。


 そして、彼女だが、名前は木田益美きだ・ますみといい、JR町田駅の近くでスナックを営んでいる。クラブに近い形式のスナックらしい。バイトながら、女の子を20人も雇っているというから、きっと、大きな店なのだろう。そう言われると、若いのに貫禄みたいなものをしっかりと感じる。年齢は30歳という。


 俺たち2人は例の喫茶店に到着した。


 俺は、メニューのプライスの高さに多少驚いた。


「あれっ、ブレンドコーヒーが700円もするんだ!」


「ブログに値段も書いておいたのですがね」


「そこまでは見なかったなあ」


「これだけの店ですからね、スタバと同じというわけには」


「そらあ、そうですよね。どうも私は貧乏性で」


「大丈夫ですよ、700円のコーヒーを普段から飲んでいる人なんて一握りしかいませんよ。それで、早速ですけど、NGワードのことです。長谷川さんは気付かれましたか?」


「ええ、Googleで『コンブロ+NGワード』と入力して検索してみたのですが」


 俺は自分の目で見たことの全てを彼女に説明した。「人権の尊重」や「昭和天皇の戦争責任」をはじめとするNGワードも伝えた。すると、彼女は微笑みながら俺の言ったことに反応してくれた。


「うふふ、「戦争責任」ですか、いかにも男目線ですわね」


「では、木田さんが見つけたNGワードは?」


「男女雇用機会均等、パワハラ、育児休暇とか待機児童でしたね」


「えへへ、それは、いかにも女性目線ですよね」


「別に波風など立たないワードなのに、単独で使用するとNGになるのですよね」


「そうなのですよね」


「あっ、そうそう、私のブログがきっかけでお会いするのは長谷川さんが初めてではないのですよ。長谷川さんの他にも一昨日の3人と昨日の2人を合わせて5名の方にお会いしました」


「えっ、そうなのですか? じゃあ、私は気付くのが遅い方なのですね」


「いえ、別にそういうことでは・・・


それで、その5名の方についてお話をしたいのですけどね、それが・・・何と言うか・・・とにかく面白い人たちで・・・ 


5人とも理系の男性なのですけどね、皆さん、いかにもオタクという感じで、最初のうちは話が難しすぎて何を言われているのか全然分からなかったのですよ。で、一昨日の金曜日に会った3人なのですけど、やはり午後の3時頃にこの喫茶店で落ち合ったのですよね。それで、落ち合うためのサインは決めてあったのですけど、意外にすんなりと会うことができて、向こう側は3人がすぐに揃ったのですね。


それで、今回のネットの異変について知っている情報を交換し合っていたのですが、向こうの話し方が専門的すぎて、私にはさっぱり分からなかったのですよ・・・


それからしばらくして、私がおトイレで席を外して戻ってくると、3人ともフィギュアが趣味とかで、たいそう盛り上がっていて、その楽しそうな様子を見て私もやっとくつろいで・・・


それで、話がわからないことを素直に伝えたら、それからは、とっても懇切丁寧に『ネットの異変の原因として考えられること』を教えてくれたのですね。で、その内容なのですが、今のところは不明なことばかりで『政府が情報の統制をしているらしい』ということしか分かっていませんけどね。


昨日会った2人も似たような人たちで、似たような理解でした。で、不思議なことに、お会いした5人ともフィギュア集めが趣味なのですよね。ガンダムとかのフィギュアですね。偶然だとは思うのですけどね、みんな、初対面のはずなのに、似た者同士でね・・・


でも、期待できそうな人たちなのですよ。皆さん30歳台なのですが、なにせ、出身大学が御立派で、5人の内の2人が京大、1人が阪大、1人が名大、あと1人が北大なのですよ。旧帝国大学が勢揃いですよね。東大出がいないだけ気が楽ですけどね、えへへ。


それで、その内の1人がね、システムエンジニアリングにとても詳しい人みたいで、今、とあるサイトへのハッキングを試みているそうです。それが次の土曜日までには何とかなりそうだって仰っていましたね。それに成功したら事情が少しは見えてきそうなので、次の日曜日にその人の家で集まることになっているのですよ、横浜にお住いの方ですけどね」


 彼女は、俺が聞いているのかどうかなど気にも留めず、承知していることを一気に話してくれた。


 まだ事情に暗い俺は、取り敢えず、相槌みたいな反応をした。


「ハッキングですか、たいそう際どいことをする人ですね。」


「ええ、確かに際どいですわね、それで、いきなりで恐縮ですが、長谷川さんも参加しませんか? 一応、忘年会をするという名目で連絡を取り合うことにしているのですけど」


 俺は思ったよりも早い展開に戸惑いながらもイエスの返事をした。


「そちらさえ宜しければ、もちろん参加させて頂きます。」


「じゃあ、決まりですね」


「で、どのような方法で連絡を取り合っているのですか?」


「LINEですわ」


 俺と益美は、しばらく、その後の連絡について打ち合わせをした。彼女からは、LINEでは具体的な内容に触れないように言われた。もちろん、俺も既にそのように心得ていた。


 この後、俺は、気になることを聞いてみた。


「ところで、スナックをしておられるのなら、お客さんからも情報が入るのでしょ?」


「お客さんは女の子目当てで来る方たちですからね、あまりそのような話は出ないのですよね。女の子たちも今回の事には無頓着なようです。でも、昨日、ゴルフを御一緒したお客さんが少し関心を寄せ始めていましてね・・・それで、ここが済んだら、そのお客さんと会うことにしているのですよ」


「今回の件で会うのですか?」


「ええ、そうです。昨日の午後、そのお客さんとコースをまわっていると、その方のお友達から電話が入って、それで今回の異変に気が付いたそうです。あ、長谷川さんと同い年のお客さんなのですよ」


 えっ! 午後にゴルフコースをまわっていた? 途中で友人から電話が入った? それで今回の異変に気付いた? 俺と同い年?


 思い当たり過ぎた俺は、そこのところを確認することにした。


「そのお客さんって、大手の製薬会社に勤めていませんか?」


「えっ、どうしてそれを?」


「その人、武田という名前でしょ?」


「ええっ! お知り合いなのですか?」


「その『お友達からの電話』というのは、たぶん、私からの電話ですよ。3時過ぎくらいだったでしょ?」


「ええそうです。それにしても奇遇ですねえ!」


「ははは、そうですね。武田の奴、『お客様とまわっている』とか言っていたのに、こんな美人とまわっていたのですね」


「うふ、美人は他にも2人いましたよ。私の店の女の子たちです」


「やはり、製薬会社みたいに年俸が高いと、いい目にあえるのですね。それで、何をしに行くのですか?」


「国会議事堂の前を見に行くのです。報道されていませんが連日デモをしているとかで・・・武田さんが東京で泊まっているところからは国会議事堂の前がしっかりと見えるそうですよ。だから、来てみろと言われましてね」


 そう言えば、武田の会社の本社ビルは有楽町にある。あそこからなら日比谷公園をはさんで国会議事堂の前が見えるかもしれない。キャピトル東急に泊まっているとしたら、もっと良く見えるはずだが、あそこはレートが高いから、たぶん違うホテルだろう。


 とにかく、俺は、話を続けた。


「国会議事堂に直接行けばいいのに」


「それが、ずいぶんと物々しいみたいなのですよ。逮捕者がたくさん出ているそうね。武田さんは巻き添えになりたくないとおっしゃってね。あ、そうだ、よろしかったら御一緒しませんか?」


「え、いいのですか?」


「だって、お友達なのでしょ?」


「ええ、小学校時代からの友人です」


「じゃあ、決まりですね。早速行きましょうよ!」


「俺のこと、あいつに連絡しなくてもいいのですか?」


「だって、長谷川さんは、『お客様とまわっている』って、武田さんに嘘をつかれたのでしょ。今度は武田さんを驚かせてあげましょうよ」


「あは、それは、いいですね!」


 そのようなわけで、俺たちは、早速、その喫茶店を出た。


 すると、益美という女性は明後日の方向へと歩き出した。


「町田駅はあっちですよ!」


「あの大きな通りの方がタクシーを拾いやすいのですよ」


「えっ、タクシーで行くのですか?」


「もちろんですわ。私、500メートル以上、歩かないことにしているのですよ」


「どうしてですか?」


「和牛って、1メートル歩くと売値が1万円下がるのですってね。運動した分、霜降りの具合が悪くなるからだそうですよ。だから私も歩かないのです」


「???」


「ふふっ、ただの冗談ですよ、突っ込みどころですよ。そこで真面目になられると、困るなあ、もう!」


 どうやら、益美は悪戯な性格の女性と思われたが、ともかくも、二人は、広い道路に出てタクシーを拾い、そして目的地へと向かった。


=続く=


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