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31 狐耳少女コルト

 「妾は狗狐(イヌ)族、族長が孫娘、コルトじゃ! そこな娘、妾を猫族族長ライナロック殿の屋敷まで案内せい」


 そういって、目の前の銀髪狐耳少女は胸を張った。


 小さな女の子が膨らみのない胸をはって、「畏れ入ったか」と鼻を鳴らす様は、実に可愛い。

 私はホクホクとした気持ちで、少女を眺める。

 すると、少女の後ろに控えていた従者らしき女が、コルトに声を掛けた。


 「……コルト、初対面の方に、そんな態度で接してはいけません。大好きな族長、お祖父様の顔に、泥を塗ってしまいますよ」


 こちらの従者も、狐耳の女性だ。

 年の頃は二十といったところか。

 コルトと名乗った銀髪の少女とは異なり、こちらは凛とした居住まいの、美しい金髪の女性だ。


 「おっと、これはいかん。お祖父様も、人には丁寧に接しよ、といっておったのじゃ」


 そう言って少女は、居丈高な振る舞いを正して私に向き直り、改めていった。


 「すまんの、娘。妾をライナロック殿の屋敷まで、案内してくれんか? 妾は狗狐族を代表して、ライナロック殿に、大切な話を伝えに来たのじゃ」


 私は狐耳少女コルトに応える。


 「はい、いいですよ。それで後ろの女性は?」


 私がそう問うと、コルトの背後に控える女性が応えた。


 「これは失礼。申し遅れました。私はベレッタ。見ての通り狗狐族で、コルト様の従者をしております」


 私は、コルトとベレッタを眺める。


 コルトはまだ小さな女の子だ。

 ククリと同じくらいの年齢だろうか。

 艶々と銀に輝く髪で、頭頂部からピンと立った、狐の大きな耳が生えている。

 その服装は、神主服に似た古風な出で立ちで、その愛らしい姿とのミスマッチが、何だかとても可愛らしい。

 コルトのフサフサの狐尻尾をみていると、衝動的にモフりたい気持ちが湧き出てくるが、ここは我慢だ。

 我慢だ、私。


 対して金髪の狐耳娘ベレッタは、巫女服の様な出で立ちだ。

 ベレッタの凛とした佇まいに、清廉な雰囲気の巫女服がよく似合っている。

 ベレッタは立ち居振る舞いも隙がなく、戦いに関してかなりの使い手である事が伺える。


 コルトもベレッタも、背に大きな薙刀を抱えていた。さながら、銀ギツネと金キツネだな。


 私はそんな二人に応えていった。


 「族長さんの家なら、ここを真っ直ぐに行った所ですよ。一本道だから、案内なしでも迷わず辿り着けると思います」


 私がそう応えると、ベレッタは「そうか、ありがとう」と、軽く頭を下げて歩き出した。

 ……私が指差す方向とは、全く見当違いな方に向かって。

 そんなベレッタを、コルトが呼び止める。


 「これこれ、ベレッタ。どっちへ行くのじゃ。全くお前はという奴は……」

 「す、すみません」


 ベレッタは見た目とは違って、ちょっと、おっちょこちょいなんだろうか。


 「……えっと。やっぱり族長さんの家まで、一緒に行きましょうか?」


 私は二人を、ライナロック宅まで連れて行く事にした。


 「…………す、すみません」


 金髪狐耳娘のベレッタは、そう言って恐縮した。




 「遠い所をよう参られた、コルト殿。さ、其方に腰を下されよ。従者殿も、さ」


 ライナロックはそう言って、コルトとベレッタを迎え入れた。

 コルトはライナロックの勧めに応じ、床にちょこんと正座をする。

 ベレッタが、そのコルトの背後に控えた?


 「後ほど、歓待の宴を催そう。だがその前に、話を聞かせて貰えますかな。着いて早々で、悪いとは思うがの」


 ライナロックにコルトが応じる。


 「いや、宴は結構なのじゃ。いまは魔物暴走(スタンピート)の後。集落の内情くらいは凡そ見当がつくのじゃ」

 「……うむ、そうさの。なら、御言葉に甘えて宴は設けぬが、話のあとに、温かい湯と食事を用意しよう。それで、長旅の疲れを取って下され」

 「これは、かたじけないのじゃ」


 そう言って、コルトは笑顔を浮かべてた。




 「それでは早速、話をしたいと思うのじゃが、……ライナロック殿、人払いを頼めるかの?」


 銀髪の狐耳少女は、そう言ってチラと私を流し見る。

 そんなコルトに、ライナロックが応じる。


 「ふむ。それは、ねこ様の事かの? 成る程、狗狐族のコルト殿には、分かりにくいかもしれんが、そこに座すねこ様は、我等猫族の守神、猫神様じゃ。同席して、なんら問題はない」


 その言葉を聞いたコルトとベレッタが、目を見開き、慌てふためく。


 「……な!? 神獣様じゃと?! 猫神様?! はわ、はわわわ」


 そう慌てながら、銀と金の狐娘達は、頭を深く下げ平伏する。


 「さ、先はご無礼をしたのじゃ。ま、まことに、まことに畏れ多いことを……。これ、この通りなのじゃ。平に、平に……」


 私はそんな二人の頭を上げさせ、宥めるのに難儀した。




 落ち着きを取り戻したコルトは、ライナロックに話し掛けた。


 「猫族の使いの者から、聞いておるのじゃ。猫神の森の奥で、龍神様が蹲られていると。猫族は、大森林の異変を調査しておったのじゃな?」

 「うむ、その通りじゃ」


 ライナロックが相槌を打つ。

 続けてコルトが口を開いた。


 「猫族が森を調査しておったように、狗狐族も調査をしておった。森の外側を、じゃ。そして分かったことがある。……大森林の平和を乱す諸悪の根源。それは、ガルボナード帝国なのじゃ!」

 「……詳しく、聞かせて貰えますかの」


 コルトは頷き、ことの経緯を話した。

 コルトの話の内容はこうだ。

 狗狐族は、大森林の異変を感じ取った狗狐神のお告げを受け、帝国に間者を放ったのだそうだ。

 そうして放った狗狐族の間者は、とんでもない話を持ち帰った。


 ガルボナード帝国では今、既存の魔法体系とは全く異なる新しい魔法、魔導式なる魔術が生み出され、隆盛しようとしている。

 魔導式は魔法とは異なり、属性による使用者との相性などはなく、知識さえ習得し、それを実行する魔力さえあれば、誰でも画一的な魔導が行使できる未知の技術、とのことだ。

 ガルボナード帝国は、軍の教練に魔導式を正式に採用、その力を着実に伸ばし、虎視眈々とディズイニル王国への侵略を目論んでいる、と。


 魔導式の考案者は、帝国の若き天才、ロモ・サルタード。

 ロモは魔導式を生み出し、帝国軍部の中枢を我がものとし、思うがままに、帝国を操るに至っていると言う。


 「……魔導式か。して、それがどうやって、大森林と繋がるのじゃ?」

 「うむ。それはこうなのじゃ」


 ロモは帝国を乗っ取った後、数名の屈強な軍人を引き連れ、自ら大森林を訪れた。

 大森林を訪れたロモは、先ずはじめに狗狐神の森へと赴き、狗狐神と対峙した。

 ロモは未知の技術、魔導式の力により、狗狐神を邪に染めようとしたのだ。

 しかし、大森林の守神三柱の中で、最も術に秀でるのは狗狐神である。

 狗狐神は、ロモの悪しき魔導を退け、大森林から帝国の侵入者を追い払った。


 「そうして、ロモを追い払った狗狐神様は、我等狗狐族に、ガルボナード帝国を調べよ、とのお告げをなされたのじゃ」

 「なんと、狗狐神の森でその様な事が……」


 コルトは話を続ける。

 狗狐神に退けられ、帝国に戻ったロモは、偏執的な執念を燃やし、神獣を邪に堕とす魔導式の研究に没頭、これを完成させる。

 再び大森林を訪れたロモは、次は三柱の中で最も術に疎い龍神の元を訪れ、これを呪う事に成功したのだ。


 「何という不遜な事をッ!」


 ダンと床を叩き、ライナロックが吠える。

 ライナロックは深い息を吐き、落ち着きを取り戻した後、コルトに問いかけた。


 「龍神様を、元に戻す方法はないのかの?」

 「……分からんのじゃ。守神の中で最も術に長けた狗狐神様なら、何らかの術を持ち得ていたかもしれんのじゃが、……狗狐神様はもう、龍神様に滅ぼされてしもうたのじゃ」


 そう言って、コルトは項垂れる。

 コルトの背後に控えるベレッタも、ギリと歯を鳴らして耳を伏せた。

 部族の守神たる神獣を失うという気持ちは、生半可なものではないのだろう。

 守神は、部族の心の拠り所なのだ。


 コルトは続けて語った。


 「帝国は今も、大森林で暗躍を続けておる。神獣様の加護を失った森の奥で、凶悪な魔物の棲家を焼き討ちにし、子を攫い、殺し、魔物の暴走を煽っておるのじゃ」

 「帝国の狙いは、……魔物暴走かの」

 「そう思うのじゃ。狗狐族の会合でも、そう結論付けられたのじゃ」


 ライナロックは、コルトに言う。


 「よう、分かり申した。狗狐族の貴重な情報を伝えて下さり、感謝致す」

 「なに、我ら狗狐族と猫族は、同じ大森林に住まう仲間なのじゃ。力を合わせてこの苦難を乗り越えるのじゃ」


 そう言い合い、二つの部族の手が結ばれた。

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