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30 続・猫族の集落

 私たちは、猫族族長ライナロックの家に集合した。


 この場に居る面々は、ライナロック、マチェテ、ククリ、私の以上、四名だ。だけど私は、今回皆が集まった趣旨を聞いていない。


 「それで族長さん。今日はどういうご用件なんですか?」


 私はライナロックに尋ねた。


 「いや、それがの。儂にもわからんのじゃ」

 「はい? 族長さんが、皆に集まれと声を掛けたんですよね?」


 私は首を傾げながら言う。


 「みなを集めたのは、儂ではない。マリー様とベル様じゃよ」

 「え? そうなの? でも、肝心のマリーとベルの姿がないみたいだけど」

 「うむ。……居られませぬの」


 うーむ、私の可愛い猫達はどうしたんだろう。

 私が思案していると、マチェテが声を出した。


 「居ないものは仕方ないですし、待ちましょうか」

 「ん、待つ」

 「そうじゃの」


 マチェテの提案に、ククリもライナロックも、そう言って賛同した。




 私は、マリーとベルを待っている間、暇潰しがてらライナロックに話題を振る。


 「族長さん、集落の復興の調子はどうですか?」

 「ふーむ、まだまだこれからと言うところかの」

 「……酷い数の魔物でしたからね」


 ライナロックと私はそう言い合い、溜息をつく。

 嘆息する私たちに、マチェテが話し掛ける


 「過去に類を見ない大災害だったもの。王国の方にもかなりの被害が出たそうよ」


 なんでも、マチェテの話によると、大森林から溢れた魔物の群れは、勢いをそのままにディズイニル王国にまで、その魔手を伸ばしたそうだ。


 これに対して王国は、まず冒険者ギルドに、魔物達の暴走を鎮圧するよう依頼した。

 依頼を受けたギルドは、大勢の冒険者を大森林に差し向けて事に当たらせたが、次から次へと湧いて出る魔物の群れを相手に、冒険者は返り討ちに会い敗走、鎮圧は失敗した。

 この事態を重くみた王国側は、王都を守護する近衛騎士団と、王国領土北方でガルボナード帝国との戦線を維持する第五騎士団を除く、第一から第四までの全ての騎士団を、魔物暴走(スタンピート)の鎮圧に当たらせたらしい。


 「はぁー、大変だったんですねぇ」

 「ホントにねぇ。森は森で大変だったし、魔物暴走はもう二度と勘弁ね」


 私はククリを膝に乗せて、その柔らかな尻尾を撫で回しながら、マチェテと話し合う。

 ククリは、私に撫ぜられて嫌そうだ。


 「……いや、王国にとって真に大変じゃったのは、ここからじゃ」


 マチェテと私の話を、ライナロックが引き継ぐ。


 「まだ、何かあるんですか……」

 「うむ。王国は騎士団のその大半を、王国の南方のこんな辺鄙な森で起きた、魔物暴走の鎮圧に割いたじゃろ?」

 「ええ、そうね」


 マチェテがライナロックの話に、相槌を打つ。


 「その隙を突いて、王国の北方から、帝国がその全軍をもって王国に南進を始めたんじゃよ」

 「ええぇ?! 王国、踏んだり蹴ったりじゃないですか」


 南は魔物暴走、北はガルボナード帝国……

 まさに前門の虎、後門の狼と言うやつだ。


 「ほんにのう。その事態に王国は、魔物の鎮圧に当たらせていた騎士団の一部と近衛騎士団とを、北方で帝国を食い止めていた、第五騎士団の援護に差し向けたんじゃが……」


 一旦、ライナロックは言葉を区切る。


 「……結局、騎士団が帝国の軍を追い払った頃には、それまでずっと膠着していた王国と帝国との戦線は、随分南に、王国側に下げられたそうじゃよ」

 「……となると、ガルボナード帝国は、念願の肥沃な大地を王国から奪い取った事になるのね」


 マチェテがそう呟き、ライナロックに問う。


 「何だか、帝国軍南下のタイミングが上手すぎる気がするわね。全軍で進軍をするなんて、相当な事前準備が必要になるだろうのに、魔物暴走が起きてから進軍までの間がなさ過ぎる……」

 「やはり、マチェテもそう思うかの……」


 ライナロックとマチェテは、そう言って難しい顔をする。

 ククリは私の膝で、うつらうつらと舟を漕いでいた。




 「ニャー」

 「ゴニ」


 部屋の入り口から、猫の鳴く声が聞こえた。

 白猫マリーと黒猫ベルが、遅れ馳せながら、ライナロック宅へとやって来たのだ。

 私はマリーとベルに文句を言う。


 「もう、遅いわよ。人を呼びつけておいて、待たせるなんて」


 二匹の猫は、私の苦情を何食わぬ顔で無視した。


 「して、猫神様方。本日はどの様なご用件で、我々を集められたのですかな?」


 ライナロックが、マリーとベルにそう問いかける。

 その問いかけに二匹が答えた。


 「ニャッ」

 「ゴマニ」

 「……全ての事の起こりを話す、ですとな?」


 相変わらず、私にはマリーとベルが何を話しているのか分からない。

 ていうか猫族の人は、こんな「ニャ」とか「ゴマ」とか鳴かれただけなのに、本当によく意味が分かるな。


 私は寝ているククリを起こし、二匹の猫達の言葉を翻訳してもらいながら、話を聞いた。

 マリーとベルの話はこうだ。



 大森林には、太古から森を守護する守神がいた。

 猫神(ネコガミ)狗狐神(イヌガミ)龍神(リュウガミ)の三柱だ。

 守神たちはその在わする場所を、猫神の森、狗狐神の森、龍神の森として神域とし、互いに不可侵、不干渉ながらも、その及ぼす力の重なり合いで間接的に協力し合い、大森林を治めていた。


 しかし今から数年前のある時、その不可侵が崩された。

 龍神が前触れ無く唐突に、暴走を始めたのだ。


 狂える龍神は、狗狐神の森に座す狗狐神を強襲、これを殺害せしめ、狗狐神の聖核ごとその力を己に取り込んだ。


 次に龍神は、猫神の森にやって来た。

 龍神の狙いは、猫神だ。

 龍神は常の在りようではなかった。

 守神たる龍神からは、邪な邪気が発せられており、聖核は邪気に蝕まれていた。

 猫神からみた邪気に塗れた龍神のその姿は、何かに踠き苦しみ、猫神に救いを求めるかの様だった。


 猫神と龍神との戦いが始まった。

 龍神の尾が猫神の身体を強かに叩き、その余波が山を砕いた。

 猫神の鉤爪が龍神の鱗を穿ち、それだけに留まらぬ衝撃が、大地に峡谷のような爪痕を残した。


 猫と龍。

 二柱の神獣の争いは、七日七晩に渡った。

 永劫に続くかのように思われたニ柱の争い。

 しかしその争いは八日目の夜、決着が着く。

 龍神の爪が、遂に猫神の聖核に届き、その核を三つに砕いた。

 猫神は、暴走し荒ぶる龍神の荒れ狂う力の前に、敗北を喫したのだ。


 猫神は残る最後の力を振り絞り、聖核に宿る奇跡の力の一端、『次元跳躍』を行使して異界に遁走。

 辿り着いた異界にて、猫神は三匹の分体を生み出した。


 三匹の分体、その仔猫達は、母なる先代猫神から聖核の奇跡の力を授かった。

 従たる白い仔猫は『次元跳躍』の力を。

 従たる黒い仔猫は『復元』の力を。

 そして、主たる白銀の仔猫は、全てを超越する力、猫の聖核の根源たる力を分け与えられた。


 先代猫神は、三匹の仔猫達に後を託し、力尽きた。

 仔猫たちが、先代猫神すら到達しえなかった、猫神の力の根源、その境地に至り、狂える龍の神をその苦しみから解き放つ事を願いながら、息絶えたのだ。


 「ナニャ」

 「ゴロニャ」


 白猫マリーと黒猫ベルは鳴く。

 自分たちは、ねこの覚醒を待っていた、と。

 主たる白銀の仔猫、シールの聖核をその身に宿した我らが主、ねこの覚醒を。


 「ニャ」

 「ミャ」


 龍神を放っておけば、大森林は滅ぶ。

 龍の神は猫神の森の最奥、大破壊の爪跡に蹲って眠る。

 苦しみに堪えるその神は、その身が完全に邪に堕ちたとき、再び動き出すのだろう。

 マリーとベルは、狂える龍神を止めたいと鳴いた。

 マリーとベルは、その蒼の瞳と紅の瞳で私を見据え、鳴いた。


 私は考える。

 私の愛する二匹の猫達が、それを望むのだ。

 私に否やはあるまい。

 それに私だって猫族の集落を、延いては大森林を守りたいのだ。

 私は真摯な顔つきで、猫達の視線に応える。


 「……うん。龍神を止めよう」


 私は二匹の猫に頷いて、力強くそう言葉を返した。




 ライナロックの家で、マリーやベル達と話した翌日。

 私は猫族の集落を、長い長い木材を担いで歩いていた。


 そんな私に背後から、声が掛けられる。


 「これ、そこな女。猫族が族長、ライナロック殿の屋敷は何処にあるのじゃ?」


 はて?

 聞き慣れない声だな。

 私はその声に振り返る。

 私が振り返った拍子に、肩に担いだ木材が、声の主の頭上を掠めた。


 「わわっ!? 危ないのう! 気をつけるのじゃ!」

 「ご、ご、ごめんなさいッ」


 私は謝りながら声の主を見る。

 見ない顔だ。

 どうやら猫族ではない様だが、頭には獣耳を生やしている。

 従者を一人連れた、ちょうどククリと同じ年頃の可愛らしい少女だ。


 少女は私を見て口を開いた。


 「……まあよい。さて、自己紹介がまだじゃったな。妾はコルト。狗狐族が族長の孫娘、コルトとは妾のことじゃ!」


 そう言って狐耳の少女、コルトは胸を張った。

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