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29 続・猫族の集落

 「おう、ねこ様。ちっと悪いんだが、ここらの木材を移動させておいてくんねぇか?」


 そう言って、私に声をかけるこの人は、ガットさん。

 猫族の集落で唯一の何でも屋さんだ。

 今は特に集落の復興の為に、忙しそうに駆けずり回っている。


 「あ、はい。いいですよー。何処に運べばいいですか?」


 私は、何でも屋さんから復興屋さんに、一時ジョブチェンジをしたガットさんに返答する。


 「すまねぇな、ねこ様。こっちの木材は……」



 猫族の集落は、大森林で発生した未曾有の災害、魔物暴走(スタンピート)の被害を受け、今はまだその傷痕を、集落の至る場所に生々しく残している。

 しかしそんな集落は、族長ライナロックに率いられ、急速にその傷痕から復興しようとしていた。


 私は木材を担ぎあげる。


 「ねこさま、わたしも運ぶの手伝う」


 ククリはそう言って、その華奢な身体の倍ほどもある木材を、持ち上げようとする。


 「……ん、ッと、と」

 「あ、ほら。ククリはこっちの小さいのにしておいたら?」


 私は、身の丈に合わない、重い木材を持ち上げようとして、フラつくククリを支えた。



 ーー朝露に濡れる早朝。


 だが集落では、そんな朝の静寂を打ち破る活気に満ちた声が、其処彼処で上がっている。

 猫族は気勢を上げて、集落の復興に向けて動き出しているのだ。

 ククリと私はそんな朝の集落を、木材を担ぎながら連れ立って歩く。

 そうしてトコトコと歩く私たちに、集落のおば様方が声を掛けてきた。


 「おはよう、ねこ様、ククリ。お手伝いお疲れ様」

 「あ、はい。おはようございます」

 「おはよ」


 おば様方は集まって、朝食の炊き出しをしている様子だ。

 おば様方は、続けて私たちに話し掛ける。


 「二人とも、朝ご飯はちゃんと食べたのかい?」

 「はい、ちゃんと食べましたよ。量はちょっと少なめでしたけど」

 「ん。少なかった。でも我慢する」


 いま集落では、物資や人手が何かと足りていない。

 足りていない物は、まず第一に建材、次に食糧、最後に人手だ。


 だが人手不足については、放っておいてもその内、解消するだろう。

 今はまだ、集落には怪我人が多数いて、さすがに怪我を押してまで彼らに復興の為に働け、とは言えないけど、その内彼らも怪我を治して、復興に尽力してくれるだろう。


 建材と食糧の不足だが、これについても、どちらも森で確保できる。ここは大森林の中なのだ。

 だから、しばらく慎ましやかにしていれば、またその内、ククリも私も、お腹いっぱい食べられるようになるだろう。


 ……まぁ実は食糧については、血抜きをしていない不味いお肉が、沢山あるんだけどね。

 襲ってきた魔物が大勢いたし。

 でもどうせなら、ちゃんとした美味しい物が食べたいのだ。


 そんな事を考えていると、私のお腹が「クゥ」と小さく鳴き声を上げた。

 それを聞きつけたおば様方が、快活に笑う。


 「ははは。やっぱりお腹が空いてるんじゃないかい。ほら、これを食べておいき」


 おば様が椀に注いだ汁物を渡してくる。

 量は少ないながら、根菜とお肉が入ったそのお汁は、ホカホカと湯気を立て、美味しそうな香りが私の口腔を刺激する。


 「……でも、食べ物、足りないんでしょ?」


 私はそう言って遠慮する。


 「なに言ってんだい! ほら、こっちおいで! ねこ様が、頑張って魔物を退治してくれたお陰で、集落には一人の人死にも出なかったんだ。遠慮するこたないよ。さあ、ククリもおいで!」


 おば様方は口々にそうだ、そうだと、声を上げ、汁の入った椀を押し付けてくる。

 私たちは「ならちょっとだけ」と、遠慮なく炊き出しのご相伴に預かることにした。



 朝食の炊き出しを頂き、再び木材を担いで私たちは集落を歩く。

 そんな私たちに向かって、遠くから片手で杖をつき、片方の脚を引き摺りながら歩いてくる人の影が見える。


 「おかあさん」


 ククリがその人物の元へ、トテテと小走りで駆け寄る。

 歩いてきたのはマチェテだ。

 マチェテは、杖をついていない方のもう一方の手で、ククリの頭を撫ぜた。


 「……マチェテ、出歩いて大丈夫なの? 何なら手を貸そうか? ちょっと待ってて、直ぐにこの木材を片付けて来るから」


 私はマチェテの脚を気遣いながら、声を掛ける。

 マチェテは森龍との激闘のあと、……右脚が動かなくなった。

 森龍に振り回され、食い千切られたその右脚は、その後、黒猫ベルの不思議な力により繋がりはしたものの、元のように動かす事は出来なくなってしまったのだ。


 「いえ、大丈夫よ、ねこちゃん。リハビリがてら歩かないとね。ベル様が言うには、肉体的には脚はちゃんと元に戻っているらしいんだけど、どうにも動かせなくてねぇ」


 マチェテは、困ったわーとばかりに、軽い調子で右脚を掌で摩る。


 「……そう。何かあったら、遠慮なく言ってね」


 私は、そうマチェテに言葉を投げながら思う。

 肉体的には完治しているのなら、マチェテの右脚が動かない理由は、精神的なものだろうか。


 ……無理もない。

 あの森龍との死闘で、マチェテは文字通り、一度死んでいるのだ。死の恐怖を、骨の髄まで味わっている。

 それで、精神に何も異常を来たさない方がおかしい。

 となると、マチェテの脚は、一朝一夕で快復という訳にはいかないだろう。


 そう思って表情を暗くする私に、マチェテが軽い調子で声を掛けてくる。


 「……やあねぇ、何暗い顔してるの。私がこんな事くらいで、へこたれるとでも思ってるの?」


 ああ、駄目だな。

 私はこんな事でもマチェテに気を遣わせている。

 明るくしなきゃ。

 私は精一杯の笑顔を、マチェテに向けた。


 「そう、その笑顔よ、ねこちゃん。……あ、それで話は変わるけど、お昼を食べたら族長の家に集合してね」


 私はマチェテに応える。


 「え、うん、分かった。何の用事だろう?」

 「さぁ? 私も詳しくは聞いていないわ。族長に直接聞いてみましょう」


 そう言ってマチェテは、右脚を引き摺りながら去って行った。




 「こんにちわー」


 私はククリと連れ合い、猫族族長ライナロックの家を訪れた。

 見ればライナロックの家もボロボロだ。

 この家も以前は、屋敷と言う程ではないが、集落にある他の建家より大きく、立派な家だったのだが……


 「もしもーし、入りますよー」


 呼び掛けても誰からも返事がないため、私はそう言って、家の中にズカズカと上がり込もうとする。

 私は扉に手をかけた。


 ーーガチャ、ガチャ


 「む、開かない。……ていッ」


 建て付けが悪くなってしまっているのだろう。

 ライナロック宅の玄関扉は、押しても引いてもガチャガチャと音を立てるのみで、一向に開く様子がない。


 ーーガチャ、ガチャ、ガチャ


 「……この、このッ」


 ーーガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ


 「…………ふん、この私に喧嘩を売ろうって言うのね。玄関扉風情がいい度胸じゃない。いいわよ。その喧嘩、買ってあげようじゃない!」


 私は「格の違いを教えてあげるわ」と息巻いて、扉を開く腕に力を入れ込める。

 私の背後でククリも「ねこさま、負けるな」と応援してくれている。


 「……ッ、ふん! ……アッ?!」


 私は力を込めて扉を開いた。

 扉はガコッと言う音を立て、外れてしまった。


 「ヤ、ヤバ。あわわわ。ククリ、こ、これは見なかった事に……」

 「…………何をやっとるんじゃい、お主らは」


 慌てる私に、後ろから溜め息混じりにライナロックの声が聞こえてきた。

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