27 覚醒
森龍に、何度も地面に叩きつけられたマチェテは、一度その身をピクリと震わせ、そして動かなくなった。
「……マチェテーーーーッ!!!」
私は叫んだ。
マチェテが動いていない。
マチェテが……
私は目頭が熱くなる。
制御出来ない感情が、私から溢れ出す。
途端に私の脳裏に、様々な姿のマチェテが思い浮かんだ。
微笑みながら私を見守るマチェテ。
呆れた顔で私を叱るマチェテ。
厳しい表情で私に訓練をつけるマチェテ。
慈愛の瞳で私を抱き寄せるマチェテ。
ーー私を愛してくれた、マチェテ。
……マチェテ。
……マチェテ。
……マチェテ。
……マチェテッ!!
私の中で何かが弾けた。
胸が焼けるように熱い。
私の胸の聖核が、白銀の光を発し輝き出す。
私を満たす白銀の力が、この小さな身体には収まり切らないとばかりに、溢れ出す!
「……あ、……ぁあ…」
私の黄金の瞳が見開かれる。
その黒の髪が白銀色に染まり、頭頂から縦に長い猫の耳が生まれてくる。
胸元から首回りにかけてを、まるで獅子のたてがみの様な白銀の飾り毛が覆ってゆく。
両の手も白銀の被毛を生やし、先端に備わった鋼鉄をも穿つ鉤爪が、その強靭さを益々増してゆく。
私の胸の聖核が、その輝きを更に激しくし、視界一面を白銀に染め上げていく!
「ウニャアァァァーーッ!」
背後の森から、猫の猛る声が聞こえた。
私は、二匹の猫に視線を移す。
そこでは白と黒の猫たちが、荒ぶる吠え声を上げていた。
白猫マリーの胸が白い光を放ち、その姿を美しい白の神獣へと変えていく。
黒猫ベルの胸が黒い闇に覆われ、その姿を荘厳な黒の神獣へと変えていく。
白と黒と白銀の、光と影と輝きは、融けて混ざり合い、一層その輝きを強く増していく。互いに共鳴しあい、その静謐な美しさを増し、漏れ出た波動が森を覆っていく。
大森林を、聖核の力が覆いはじめる。
広大な大森林に、猫神の聖なる力が、遍く拡がり渡る!
ーー大森林の各所に、聖なる力が染み渡る。淀んだ空気は浄化され、森が澄んだ静謐さを取り戻す。
ーー恐慌を来たしていた魔物達が、その瞳に、落ち着きの色を取り戻し始める。
ーー猫族や、狗狐族、龍族、大森林の獣族が、聖なる力を身に浴び、その発露に心を震わせる。
ーーーーそして、猫神の森の奥深く。
大破壊の爪痕に蹲る一匹の大きな龍が、その閉ざした瞳をゆっくりと一度開け、想いを巡らせるように瞬かせた後、再び眠りについた。
輝きが終息していく。
私は、自身に生じた変化も差し置き、マチェテに向かって飛び出した。
そんな私に、黒の神獣ベルが続く。
私は一足飛びで、マチェテの元にたどり着いた。
私はマチェテの元に屈み込む。
……何という酷い有り様だろう。
全身が腫れ上がり、肺は潰れ、腕は在らぬ方に折れ曲がり、脚は皮一枚を残して千切れている。
私は縋るような想いで、マチェテに呼びかけた。
「マチェテ! マチェテ、目を開けてッ!」
マチェテは、何も反応を返さない。
「お願いッ! お願いよ、マチェテ! こんな、……こんなッ!」
私はマチェテに縋り付く。
その身体を抱き起こし、抱きしめる。
そして、気付いてしまった。
マチェテが既に、息をしていない事に。
マチェテのその心臓が、既に脈打つことを止めてしまったと言う事実に。
「……マチェ、テ。……ぅう、うわああー!」
私は声を上げて泣いた。
「いやだ! こんなのは、こんなのは嫌だッ! マチェテ、目を開けてッ! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だッ!」
私はマチェテの遺体に取り縋り、声を上げて泣く。
そんな私の隣に黒の神獣ベルが座り、マチェテの亡骸と、咽び泣く私を見下ろした。
「……うえぇ、マチェテ、マチェテぇ」
泣き噦る私を、ベルが咥え上げ、ポイと放り投げた。
それでも尚も泣き続ける私を余所に、ベルがマチェテの遺体を、胸に抱え込む。
香箱座りのような姿勢をとり、ベルは何やら意識を集中し始める。
すると、ベルの胸の聖核が輝き出し、その輝きがマチェテとベルを包み込んだ。
「……ぅえええ。……ベル、何をしてるの? ぐすっ」
私は、鼻を啜りながら、ベルに問いかける。
ベルは私の問いかけに応えず、意識をマチェテに集中させた。
「グゥルオオォォーーッ!」
私達の様子を、警戒しながら眺めていた森龍フォレストドレイクが、様子見をやめ、雄叫びを上げた。
その捻れた角をベルと私に向け、突進してくる。
「……おまえ! おまえがッ!」
私は、森龍と相対しようと身構える。
「ギニャアアァァーーッ!」
突如、猫の唸り声が上がる。
森龍がベルと私に攻撃を仕掛けるよりも早く、白の神獣マリーがグルルと唸りながら、森龍の横腹目掛けて襲い掛かったのだ。
マリーは、その強靭な鉤爪を森龍の背の棘に引っ掛けて、森龍を地面に引き摺り倒し、「シャー!」と声をあげながら森龍の首筋に咬みついた。
しかし、森龍も負けじとマリーに前脚を伸ばし、咬みつきから逃れようとする。
マリーと森龍は、互いに唸り声を上げながら激しく揉み合い、私達から離れて行く。
私がマリーのそのあまりの迫力に、呆気に取られたその時ーー
「……ッ、ゴホッ」
ベルの、大きな身体に抱え込まれたマチェテの遺体から、咳き込む様な声が聞こえた。