25 フォレストドレイク
マチェテと私は息を合わせて、森龍フォレストドレイクに向かって飛び出した。
「マチェテ、龍の攻撃は私が受け止めるわ。マチェテはその間に、攻撃をお願い!」
「分かったわ!」
私の提案を、マチェテが了承する。
「森龍の尾は危険よ。尾の届かない、龍の頭の周辺で戦いましょう!」
そういうマチェテの言葉に従い、私は森龍の頭の周辺に位置取りをする。
森龍はそんな私達へに向けて、その捻れた羊の様な角を突き上げて、攻撃を仕掛けてきた。
私は前に出て、森龍の巨大な角を、身体全体で押し返す様に抑え込む。
勢いよく突き上げられた森龍の角が私にぶつかるや否や、身体の芯を震わせる様な重い衝撃が私を襲う。
「ぐっ…おおおおォォ!」
私は声を上げ、力を振り絞り、森龍の突き上げを全力で食い止めた。
「今よッ! マチェテ!」
「ええッ!」
マチェテは、背後から跳躍をして私を追い越し、森龍の頭上から、その大きな首を目掛けて剣鉈を振るった。
ガッと音を立てて、剣鉈が森龍に叩き込まれる。
だがマチェテの剣鉈は、森龍の分厚い鱗を斬り裂くには至らない。
「チィッ、……硬いわね! 刃が通らない!」
そう零すマチェテに向けて、森龍は膨れた筋肉で、はち切れんばかりの、重厚なその前脚を振り上げる。
強靭な龍の爪が唸りを上げて、マチェテ目掛けて振り下ろされる。
「ッ?! させない!」
私は森龍とマチェテの間に割って入り、龍の逞しい前脚を受け止めた。
私は、身体の奥に骨まで響くその重い衝撃に、吹き飛ばされそうになる。しかし私は大地を踏みしめ、その衝撃を何とか堪えた。
「ぐうぅぅッ、……マチェテ!」
マチェテは身体を低くして、森龍の顎下に素早く潜り込んだ。そして身体を跳ね起こし、その勢いのままで、龍の喉元を目掛けて剣鉈の刃を突き立てた。
剣鉈と森龍の鱗がぶつかり合い、音を立てる。
しかしそのダマスカス鋼製の剣鉈の刃は、またしても森龍の分厚い鱗に阻まれ、弾かれてしまう。
マチェテと私は一旦引いて、森龍フォレストドレイクから距離を置いた。
「……出し惜しみしている場合じゃないわね」
そう言ってマチェテは、懐から虎の子の魔石を取り出す。
マチェテがその魔石を砕くと、魔石は黒い煙へと昇華され、マチェテの身体に吸収された。
「ー上天に鎮座せし雷公 虚妄の世に出でまし 吾れを纏わんー」
マチェテは詠唱をする。
意識を集中させ、一拍の後に魔法を発動させた。
「……電撃帯電!」
マチェテの身体全体から、激しく明滅する迅雷が生じる。
その雷はバチバチと音を奏でながらマチェテの身体を覆っていく。
雷が身体を覆うにつれ、マチェテの身体能力が一時的に跳ね上がる。
私はそんなマチェテに、言葉を投げかける。
「何それ、それ何?! マチェテ、それ初めてみた! かっこいいね!」
「うふふ。カッコいいでしょう? さ、ねこちゃん! もう一度森龍にアタックよ!」
そう軽口を叩きあい、私達は再び森龍へと襲い掛かる。
森龍はまたもや、その捻れた角を突き上げて、私達を迎撃してきた。
「何回だって、止めて、……やる!」
私はそう言って、再び森龍の突き上げを抑え込む。
私が森龍の突き上げを止めると、マチェテは最初の攻防の時と同じように、跳躍をして背後から私を追い越し、もう一度森龍の首を目掛けて雷を纏う剣鉈を叩きつけた。
インパクトの瞬間、マチェテを覆う雷が音を鳴らして激しく明滅する。
「グルアァッ!!」
森龍が悲鳴を上げる。
森龍はマチェテの剣鉈に、自慢の分厚い鱗を斬り裂かれ、剥き出しにされたその身を目掛けて、雷を叩き込まれたのだ。
「追撃ッ!」
マチェテは着地と同時にそう声を上げながら、森龍へと襲い掛かる。
その両の手の剣鉈が、森龍の硬い鱗を次々と斬り裂き、激しい雷が傷口を焼いていく。
森龍は声にならない悲鳴を上げながら、後ろに下がった。
ここは攻め時だ!
そう思った私は、マチェテに加わり、森龍へと私の指に生えた鋭い鉤爪を振るう。
鉤爪は、一旦は森龍の頑丈な鱗に阻まれるも、私が思い切り力を込めるとその鱗を引き裂き、身を穿った。
森龍の目が、赤く血走る。
怒り心頭に発したようで、その口からは荒い息が漏れる。
森龍は突如として上体を起こし、苛烈な攻撃を続ける私達に対して覆い被さるように倒れこんできた。
「ッ!? 躱すのよ、ねこちゃん!」
マチェテがそう言って森龍から離れる。
私は攻撃をすることに気を取られ、回避行動に移るのが遅れた。
このタイミングではもう躱せない。
私は覚悟を決め、頭上から迫り来る森龍を受け止めようと、両手を構えた。
森龍の、まるで山の様な巨体が、私に降ってくる。
「ぐぁ、このぉッ!」
森龍を受け止めた私の身体が、軋む様な悲鳴を上げた。私は全身に力を込める。
「あぅぅ!」
しかし私は、森龍を受け止めきれず、押し潰された。
森龍は、私をプレスした巨体をのっそりと起こし、凶悪な牙を私に見せ付ける様にして口を開く。
その龍の牙で、私の身体を噛み千切ろうと迫ってくる。
森龍に押し潰された直後の私は、ダメージが抜けておらず、森龍の牙から逃れられない。足元がフラフラしている。
「……ぅう!」
ヤバいッ!
これはヤバいッ!!
こんな牙で噛まれたら、本当に死ぬッ!!
「ッ、ねこちゃんッ!!」
マチェテが悲鳴の様な声を上げる。
私が絶体絶命の状況に、目を瞑ったその時ーー
「ニ゛ャアアアッ!!」
鳴き声をあげて、白猫マリーと黒猫ベルが、森龍の横っ面に勢いよく体当たりを仕掛けた。
森龍の頭が横にぶれる。
「ッえ?! マリー?? ベル?!」
私は一瞬だけ出来た隙を見逃さず、森龍の牙から逃れながら、マリーとベルを見遣った。
二匹の猫は私を助けてくれた後、一目散に戦いの場を離れ、駆けていく。
「ありがとう! マリー、ベル!」
私は安全な場所まで駆けていく、二匹の猫の背中に声をかけた。
「今のはヒヤッとしたわ、ねこちゃん。……さすがに森龍。一筋縄ではいかないわね」
森龍から少し距離をおいた私に、マチェテがそう言って話し掛けてくる。
「ええ、でも負ける訳にはいかない!」
私達がここで森龍を食い止めないと、森龍はこの後、猫族の集落を襲う事になるだろう。
そんな事になっては、集落はひとたまりも無い。
私の言葉に、マチェテが頷く。
私も、視線をマチェテに合わせて頷き返し、再び私達二人は、森龍に向かって戦いを挑みかけた。