20 野盗
「お嬢ちゃんたち、王国には何をしに行くんだい?」
うだつの上がらなさそうなオジサンが御者台から荷台のわたしたちを振りかえる。
人好きのする柔和な笑顔で、歳の頃は四十ほどだろうか。
十人並みの容姿をしたひとの良さそうなそのオジサンは、大森林からディズイニル王国へと戻る冒険者パーティーのリーダーさんだ。
わたしたちは大森林から王国に帰るこのパーティーに便乗し、荷馬車に揺られて冒険者ギルドを目指している道中なのである。
「あ、はい。冒険者ギルドに用がありまして」
「ギルドに? 冒険者登録でもするのかい?」
「えっと……」
「やめといた方がいい。きみたちはまだ子供じゃないか。危ないよ」
「あ、いえ。とりあえずギルドで魔法適性を調べたいなぁって」
「あぁ、なるほど、そう言うことかい。これはオジサンの早合点だったみたいだね」
「ふふ、……でも心配してくれてありがとう、冒険者さん」
まぶしい陽の光に目を細める。
大きな白い雲が、青い空に浮かんだ綿菓子のようにぽっかりと浮かんでいる。
「でも魔法適性を調べるとなると……少し時間がかかるよ?」
「みたいですね。なん日くらいかかるものなんですか?」
「検査結果が出るまでには三、四日は掛かるねぇ。その間は泊まりがけになるだろうけど、宿に当てはあるのかい?」
「いえ、現地で宿屋さんを探そうかなぁと」
「ふむ。宿は少し良いところを取ったほうがいいと思うけど……お金はあるのかい?」
「あ、はい。少しだけなら路銀を持たせてもらっていますし、冒険者ギルドに着いたらコレを換金して貰おうかなって」
懐から魔石を取り出した。
ピンポン球ほどのサイズの、黒い水晶みたいな石だ。
これはマンティコアを倒したあとにドロップしてきた魔石である。
ククリの話によると結構高く売れるらしい。
「ニャッ!」
マリーがわたしの手から魔石をはたき落とした。
「あッ、こらマリー」
白猫のマリーはそのまま魔石をオモチャにして遊び始めた。
黒猫のベルは荷台の端で丸くなったままチラッとひと目だけその様子を流し見る。
ククリはベルと一緒に横になって寝息を立てている最中だ。
「もうマリーってば。なくさないでよー?」
「ははは、でも立派な魔石だね」
「そうですか?」
「換金したら半年はそれだけで暮らせそうだ。うん、それなら宿代も安心だね」
ひとの良さそうな冒険者のオジサンは、うんうんと納得したように頷いている。
「それに冒険者ギルドにもちょっとした知り合い、――というかツテがあるんです」
「ツテ?」
「ええ、アリエルっていう冒険者なの。金髪のお姫様みたいな騎士さまでねッ、氷の魔法を使うんですよ、こうギュイーンって!」
身振り手振りを交えて話す。
大きく手を振り回すわたしの様子が可笑しかったのか、オジサンは小さく吹き出した。
「……ぷっ。あはは、そりゃ凄いッ」
「あッ、笑わないで下さいよー」
「ふふふ、ごめんごめん。それってもしかして、氷騎士アリエル様のことかい?」
「そう、アリエルッ! おじさん知ってるんですか?」
「そりゃあ知ってるよ」
「やっぱり有名なんだぁ。ね、おじさん! アリエルはすっごい強いのよ!」
「そうだねぇ。なんてったってアリエル様は冒険者の頂点。S級冒険者の一角だ。お嬢ちゃんが憧れるのも分かるよ」
オジサンはまるでヒーローごっこをする子どもを眺めるように、微笑ましげな顔を向けてくる。
「むー、オジサン信じてないでしょ? 本当に知り合いなんだから!」
「ふふ、はいはい、そうだね」
「少しだけど、一緒に旅だってしたのよ!」
「そりゃあ凄い! ふふふ、いいかいお嬢ちゃん。冒険者って言うのはね――」
冒険者のオジサンは語る。
冒険者とは、冒険者ギルドに登録された人間のことだ。
その主な仕事は秘境探索、魔物討伐、要人警護、素材採取から人探しまで多岐に渡る。
要は戦う何でも屋さんとのこと。
冒険者のランクはS級を最上位にE級までの六段階。
E級 駆け出し冒険者
D級 平冒険者
C級 ベテラン冒険者
B級 一流冒険者
A級 各ギルド支部エース級冒険者
S級 人外、測定不能
その各々の熟練度はこのような感じになるらしい。
「アリエルはS級って言ってましたよ?」
「もちろんアリエル様はS級だよ。まあS級ともなると人外過ぎて、その実力の程はオジサンなんかじゃ到底分かんないんだけどね」
「へぇ、凄いんですねー」
「そりゃあそうさ! S級冒険者は大陸のギルド全体としても十人といないんだよ」
(……ほえー)
アリエルって凄かったんだなぁ。
ちょっとおっちょこちょいな印象だったけど。
「オジサンは何級の冒険者さんなんですか?」
「オジサンかい? オジサンはこう見えて、ベテランのC級冒険者だよ。王国までの道中、お嬢ちゃんたちをしっかり護ってあげるから、安心しなさい」
冒険者のオジサンは胸をドンと叩いた。
「……まずい、うえ」
ククリがベーッと舌をだす。
囓っているのは集落のおば様方が持たせてくれた、携帯食の干し肉だ。
可愛い顔をしかめながら硬いお肉をちょっとずつ囓る。
いまは夜営の最中。
わたしたちは美味しいとはお世辞にもいえない干し肉でお食事中なのである。
この干し肉は保存性を高めるために、塩分濃度の高いピックル液に漬け込んだあとで燻製にされたものだ。
保存性を第一に作られたこのお肉は、兎に角かたくて塩辛い。
それを少しずつ囓って千切って、口に含んでふやかして、モゴモゴさせながら食べるのだ。
ククリに倣ってわたしも干し肉の欠片を口に放り込んだ。
口をモゴモゴとさせる。
(……うえぇ)
まずい。
持たせてくれた集落のおば様方には申し訳ないけど、やっぱりこれは美味しくない。
「……はぁ。マチェテのお料理が食べたいなぁ」
出発してからまだ幾らも経っていないというのに、もうすでに集落が恋しくなってしまう。
というか具体的にはマチェテの料理が恋しい。
「お、その干し肉硬そうだねー」
火のついた薪を一本手に持ち、暗闇を照らしながら男が近づいてくる。
昼間のC級冒険者のオジサンだ。
オジサンの背中越しに彼のパーティーメンバーが見えた。
男女混成の五人パーティーでみんな和やかな顔をしてこちらを見ている。
笑顔で寄ってくるオジサンの手には、ふたつのスープが持たれていた。
「ほら、お嬢ちゃんたち、このスープでも飲みなさい」
「えっと……いいんですか?」
「もちろんだよ。子どもが遠慮するもんじゃない。さぁ」
「はい、ありがとうございます! ほらククリもお礼いって」
「ん……ありがとオヤジ」
「ははは、どういたしまして。その硬い干し肉もスープに浸して暫くすれば、柔らかくなって食べやすくなるよ」
なるほど、そうしてみようか。
スープに肉を浸すわたしを通り過ぎ、オジサンがマリーとベルに近づいていく。
「ほら、おチビちゃんたちにはコレだ」
なにかの生肉が差し出された。
干し肉に悪戦苦闘していたうちの猫たちは、生肉に嬉しそうに噛り付く。
「ンニャー」
「ゴロニー」
「ふふ、ほらもう一切れ食べるかい?」
本当にいい人だなー、このオジサン。
いただいたスープをズズッとすする。
薄い塩味の効いたスープにはコロコロっとしたお肉も入っていた。
「あ、お肉入ってる」
「うん。昼にうちのレンジャーが野ウサギを狩ったんだよ。美味しいだろう?」
動物性の出汁が効いたスープは、オジサンの言うとおりコクがあって美味しい。
少し底冷えのする夜に暖かいスープがありがたい。
「はぁ……暖まります。オジサンありがとう!」
「うまい。オヤジ、おかわり」
「こ、こらククリったらもうッ」
「ははは、なぁに構わないよ。たくさんあるんだ、お嬢さんももう一杯いるかい?」
(え、えっと……)
貰っちゃおうかなぁ。
ククリと一緒になっておずおずと空になったスープ皿を差し出した。
オジサンは笑いながらおかわりを装いに戻る。
ふたたび温かなスープを手にこちらまでやって来て、今度はわたしたちのそばに腰を下ろした。
「はい。おかわりどうぞ」
「ありがとうございますッ」
「どういたしまして。そういえば自己紹介がまだだったね。僕はガストン。昼に話した通りC級冒険者だ」
オジサンが冒険者カードを差し出した。
はじめて見るものだけど、名前と冒険者の等級が載っている。
へえ、冒険者カードってこんななんだ。
「わたしはねこです。こっちはククリ」
ペコリとお辞儀をした。
ククリもスープを置いてからわたしに並んでペコリと頭を下げる。
「それでお嬢ちゃんたち」
「はい、なんでしょう」
「お嬢ちゃんたちはギルドでの用事が済んだら、どうやって大森林へ帰るつもりなんだい?」
「えっと……いまみたいに王国から大森林に向かう冒険者の方を探して、そこに同行させて貰おうかなぁ、なんて思ってますけど」
「うん、それがいいよ。なんだったら僕が紹介してやってもいい。こう見えてもオジサン、結構冒険者に顔が広いからね」
親切なオジサンだなぁ。
良い冒険者パーティーに同行することができた幸運に感謝する。
でも行きはともかく帰りまで甘えるのは、なんだか悪い気がするかも。
「流石にそこまで甘えるわけには、……来た道を辿ればいいだけなので、最悪自分たちだけで歩いて帰ることも出来ますし」
冒険者の男ガストンが少し顔をしかめた。
嗜めるようにゆっくりと口をひらく。
「そりゃあ、やめておいた方がいい。危ないよ。野盗にでも襲われたらひとたまりもない」
「野盗……ですか?」
物騒な話だと思う。
けど日本じゃそんな野盗なんてものは基本的に存在しなかった。
あまり実感が湧いてこない。
「うん、野盗だ。もう少し王国に近づけば街道が見えてくるんだけど、いまは道なき道を進んでいるだろう」
「はい、そうですね」
道がないと荷馬車がゴトゴトと揺れて乗り心地が悪い。
早く街道まででたいものだ。
「……こう言うところは物騒なんだよ? 実際にこの辺りを根城にする厄介な野盗集団だっている。もしお嬢ちゃんたちだけでいるところをそんな輩に狙われたら――」
「ッ、ニャッ!」
「――ゴニ……」
猫たちの短い鳴き声がガストンの言葉を遮った。
「マリー、ベル。どうしたの?」
二匹の猫からの返答は無い。
けれども二匹は、なにやら注意深くあたりを探っている。
そんな猫たちの様子が気に掛かり、わたしも探るように周囲に意識を向けた。
(――――ッ!?)
大勢の人の気配がした。
(足音……微かに地面が揺れて……!?)
その気配はまだ遠い。
けれども既に囲まれつつある。
このまま手をこまねいていては手遅れになりかねない。
「オジサン! いますぐここを離れましょう!」
「ど、どうしたんだい急にッ」
「まわりに大勢のひとがいますッ、囲まれようとしています! ……その野盗かもしれない。いますぐここを離れましょう! はやくッ」
ガストンは懐疑そうな顔だ。
パーティーのレンジャーを振り返り、周囲の様子を尋ねる。
「やっぱり変な気配なんてないみたいだよ? お嬢ちゃんの勘違いじゃないかい?」
「ほんとですオジサンッ、信じて!」
「大丈夫、大丈夫! 大船に乗ったつもりで、オジサンたちに任せていなさい」
「……でもッ!」
「いいから、いいから。こうみえてオジサンたちはベテランの冒険者パーティーなんだ」
周囲の気配が次第にはっきりとしてくる。
それでもオジサンたちは呑気に構えて動こうとしない。
モタモタしているうちに逃げ道が閉ざされていく。
「もう、……間に合わない……」
わたしたちは完全に包囲されてしまった。
四方八方からたくさんの人影が姿を現し、ここに至ってようやくガストンは野盗の存在に気付いた。
「――ま、まさかッ!? 本当に囲まれているなんてッ!?」
人影が逃げ損ねたわたしたちを嘲笑する。
そのなかからひとりの気配が前に歩みでて、大声で威嚇してきた。
「おい、間抜けどもッ! 命が惜しけりゃ金と女を置いていきなッ!」
声に続いて幾人もの粗野な身なりの男たちが、物陰から姿をみせた。
見るからに乱暴者といった装いの男たちだ。
……総勢三十名ほどもいるだろうか。
男たちはみんな下卑た笑みを顔に貼り付け、舌舐めずりをしながらこちらを眺めている。
まるで品定めをされているようで不快な気分になる。
「――チッ」
小さく舌打ちをしてガストンを見遣った。
ここは協力して窮地をしのぐ場面だ。
「ククリッ、こっちに来て! マリーとベルもはやくッ」
一歩前に歩み出た。
集まってきたみんなを背中に護る。
「オジサンさん! どうしますかッ?」
ガストンはベテランの冒険者だ。
指示を仰いだほうがいい。
そう判断してガストンや彼のパーティーに目を向ける。
すると――
「あわ……あわわ……」
C級冒険者ガストンは青ざめた表情で野盗を眺め、震えながら腰を抜かしていた。
「おら聞こえてんのかッ! クソボケどもッ!」
野盗の頭領らしき男が叫ぶ。
わたしたちを舐め回すように下卑た視線で眺める。
「オジサンッ! ガストンさんッ!」
強く名前を呼ぶ。
すると腰を抜かしていたガストンがハッと我に返った。
ガストンは震えた脚で立ち上がり、及び腰ながらも決死の表情で野盗を睨む。
「……おッ、女も子どももやれない!」
「ああッ!? 聞こえねえなあ。もういっぺん言ってみろッ!」
「さ、最低限の食糧を残してそれ以外はすべて置いていくッ! 有り金も装備も全部だ! そ、それで勘弁してくれッ!」
なんとか交渉でこの場を乗り切ろうというのだろう。
ガストンは震える声を絞り出す。
野盗の頭領はそんな様をニヤニヤとした顔で眺めて、ギャハハと馬鹿笑いをした。
「駄目に決まってんだろッ。バカかお前は?」
「くッ、……頼むッ、この通りだ!」
ガストンが地に手をついて頭を下げた。
端からみると情けないその姿に、野盗どもが嘲笑を浴びせかける。
「ぷッ、なんだありゃあ! みっともねぇ! ぶははははッ」
「おう間抜け冒険者ぁ! 腰の剣は飾りですかあッ?」
「ギャハハハ! コイツ、土下座ぁ似合いすぎだろ!」
ガストンは震えながらも交渉を続ける。
「頼むッ! やれる物は全部やる! 見逃してくれッ!」
野盗の頭領が馬鹿笑いをやめた。
ゴミでも見るかのような酷薄な表情でガストンを見下す。
「しつけぇ……」
「見逃してくれッ! 頼むッ! ならせめてそこの子どもたちだけでも見逃してくれ! そうすれば私たちは抵抗しない! この子たちはまだ冒険者ですらないんだ!」
「いいからさっさと金と食糧と装備と女、……それとそこのガキどもをおいて消えろ!」
要求にわたしとククリが追加された。
野盗たちは元々なにひとつ見逃すつもりがなかったのだろう。
交渉の余地なんてはなから無かったのだ。
――ひと時の静寂。
ガストンが仲間の冒険者たちに目配せをして立ち上がった。
目配せを受けた冒険者たちも、覚悟を決めた表情で頷く。
「……お嬢ちゃんたち。きみたちは逃げなさい」
「で、でもそうしたらガストンさんたちはッ!?」
「僕たちのことは気にしないでいい。なんとかして隙を作るから、きみたちは逃げなさい! そして冒険者ギルドにこのことを伝えて欲しいッ」
耳打ちをするように小声で話すガストン。
わたしは困惑してしまう。
「気になりますよッ! ガストンさんたちはどうなるのッ?」
「……男は殺されると思う。でも女たちは慰み者にされても生かされるかもしれない。お嬢ちゃんたちはここから逃げて、女たちを救い出すようギルドに願い出て欲しい」
「そ、そんなッ――」
ガストンさんの黒い瞳にわたしの姿が映った。
決死の覚悟がみえる。
瞳のなかのわたしがわたしを見つめ返す。
「なあに、案外いい勝負になるかもしれない。いやもしかしたら、勝てるかもしれないよ? なんてったって僕たちはベテランのC級冒険者だ。なぁみんな!」
「おう、違いねぇ!」
「は、ははは……きっと勝てるさ」
そんなの無理だ。
数が違いすぎる。
なのにガストンさんやパーティーのみなさんは笑顔を向けてくる。
なんて人たちだろう。
こんな死を覚悟せざるを得ない状況にあって、尚も知り合ったばかりの子どもを案じることができるなんて――
道中連れ合っただけの、わたしたちみたいな子どもを身を呈して案じることができるなんて――
「もういいじゃねぇすか。お頭、殺しちまいやしょうぜ!」
「チッ、……この感じだと、どっちにしろ抵抗されそうだしなぁ。やっちまうか」
野盗どもの会話が耳に届いた。
わたしはガストンさんたちに背を向けて野盗へと歩みだす。
「ちょっ、きみッ! 逃げるんだッ」
「オヤジ……黙って見てる」
わたしの肩を掴もうとするガストンさんを、ククリが押しとどめた。
野盗の頭領を真っ直ぐに見据える。
「どうして、……どうして人の物を、命を奪おうとする!」
「なんだお前? ガキが、殺されてえのか?」
「お頭ぁ、ガキでも顔さえ良けりゃ使いもんにはなりますぜ!」
「ちげえねえ! アンアン喘げりゃそれでいいわな!」
「黒髪に黒い瞳か、ここらじゃあんまり見ねえなぁ。……ふん、ガキのくせに顔も別嬪だし」
汚らしい視線がわたしに集まる。
正直不快だ。
わたしは怒ってるんだから。
「……良し! お前は俺が一番に相手をしてやろうじゃねえか! ギャハハハ」
野盗たちはわたしを品定めして、馬鹿笑いをする。
その悍ましい視線に晒されて、背筋にゾワッと嫌悪感が走った。
「……ねこさま」
「大丈夫よククリ。少し下がっていて」
ククリを安心させるように優しく声を掛けた。
野盗どもを睨み付ける。
(――――鑑定)
固有名:ヤウト
種族名:人族
レベル:24
体力:698/744 魔力:214/222
物攻:652 物防:128 魔攻:130 魔防:118
敏捷:257 技術:151
スキル:両手斧Lv4 格闘Lv2 窃盗Lv1 隠蔽Lv1
固有スキル:恫喝
頭領のステータスを鑑定する。
レベルからするとB級冒険者くらいだろう。
残りの野盗どもはC級からE級までバラバラだ。
「おう、嬢ちゃん! 素っ裸になって腹踊りでもすりゃあ、ほかの奴らは見逃してやってもいいぜぇッ?」
「ぷッ、ぶぁはははッ! そんなつもりもねえクセに酷えですぜ、カシラぁッ!」
もうこれ以上は聞いていられない。
不愉快を通り越して、生理的嫌悪すら催してきた。
耳を塞ぎたくなるほどだ。
「もういいわ。……覚悟しなさい」
胸の奥に意識を集中する。
そこに眠る聖なる力を意識的に引き出していく。
「あ、ああぁ……」
胸が熱い。
黒の瞳が黄金色に染めあげられ、猫の瞳孔が金色の瞳を縦に引き裂く。
固有名:ねこ
種族名:猫神
レベル:52
体力:1458/1495 魔力:105/105
物攻:1252 物防:827 魔攻:56 魔防:373
敏捷:923 技術:220
スキル:鉤爪Lv7 殴打Lv5 体当たりLv3
固有スキル:鑑定 魔力視 加速
EXスキル:覚醒Lv1
膨れあがった両の手に備わった鉤爪が、月の光を鈍く反射した。
――――ザシュッ
鉤爪が逃げていく男の背を切り裂く。
「ぐわあぁッ」
悲鳴をあげて野盗の男がもんどり打って倒れた。
激しい痛みが男を襲っていることだろう。
でも急所は外してある。
別に死にやしない。
軽く腕を振って鉤爪についた汚らしい血を飛ばす。
「こ、この化け物がッ――」
追い詰められ、恐慌した野盗がなりふり構わずに襲いかかってきた。
複数人まとめて一斉にだ。
「ふん、誰が化け物よ、誰がッ」
失礼な言葉を吐いた男に向けて、軽く握った拳を優しく振り抜いた。
卵の殻すら割らないほどの細やかな力加減で、そっと。
「――あがッ」
アゴを砕かれた男が膝から崩れ落ちる。
返す刀でこんどは右側方から飛び掛かってくる男の腕をそっと裏拳で撫でた。
「――ギャッ」
グシャッと骨の砕ける音がする。
「ぎッ、ぎいいいいいいッ」
男は破壊された腕を押さえてその場にうずくまる。
「……うるさいわね」
絶叫する男の髪を掴んで頭を引き起こし、指でデコピンを放つ。
男は額を強打されたかのように海老反りに仰け反って、なんども地面をバウンドして吹き飛んでいった。
「――ひッ、ひぃぃッ」
一か八か反撃に転じようとしていた野盗どもが、再び背を向けて逃げ出した。
わたしは逃げた男のひとりにゆっくりと背中から追いつき、膨れあがった手のひらで後ろから頭を鷲掴みにする。
「ッ!? ひぃッ!? か、勘弁してくれぇ……」
「ふふふ……泣いてるの? 面白いわね、あなた」
「頼むぅ……勘弁してくれぇ……」
「本当に許してもらえると思っているのかしら?」
男の顔は涙と汗と涎でビシャビシャだ。
あまり長く頭を掴んでいたくはない。
鷲掴みにした頭を左右にブラすように、ほんの一瞬だけ高速で震わせた。
「あ、あば――」
脳を激しく揺らされた男は白目を剥き、泡を吹いて気を失った。
「ひゃッ、ひゃああああッ! ひあああああッッ!!」
男どもは散り散りになって逃げていく。
追いかけるのも億劫になったわたしは、その辺に転がっている小石をいくつも拾い上げた。
逃げる男どもの脚や肩を狙って、ひとつずつ丁寧に小石をぶつけてまわる。
「――ぎぃゃぼッ」
「――い゛でぁッ」
「――ゆ゛ゆるじでくれ゛ぇ……ぎゃぶぁッ」
次々と男たちが倒れていく。
倒れ伏した野盗どもはどいつもこいつも骨を砕かれ、四肢を撃ち抜かれ、苦痛に呻いている。
重傷だ。
けれども死んだものは、ひとりもいない。
野盗の始末はあらかた片付いた。
残るはひとり。
わたしはその最期のひとりのもとへ、ゆったりとした足取りで歩んでいく。
「ひッ、ひやぁッ」
「……あなたで最後よ。お頭さん」
月を背負い、野盗の頭領の目の前に立つ。
頭領は股間を小便で漏らして腰を抜かしている。
「ゆ、ゆゆ許してくれッ!」
「……なぜ許さないといけないのかしら?」
「あ、あああ有り金も食糧もッ! 装備もなんでも全部やるからッ! 許してくれッ!」
男は先ほどガストンがそうしたように、地に手をついて額を地面に擦りつけた。
「あら、お頭さん。差し出すものが足りないんじゃないかしら?」
「な、なにがだッ? なにが足りないッ? なんでも用意するから頼むッ」
「女と子どもよ。足りないのではないかしら? あなたたしかさっきは女と子どもも寄越せ、なんて言ってたわよねぇ?」
「こ、子どもはいない! けど女ならアジトになん人も攫ってる!」
「…………そう、女を攫ってるの……」
「な? やるから! 全部やるから、頼む、助けてくれよぉッ!」
分別もなく泣き散らす男に審判を下す。
「ダメね」
絶望に染められた男を目掛けて、死なない程度、少し強めに拳を振るった。
「……お嬢ちゃん。強かったんだなぁ」
冒険者ガストンが岩に腰を下ろした。
「えっと、そんなでもないですよぉ」
「そう謙遜しなくてもいいよ。……ちょっと怖いくらいだったよ、ははは」
「ん。ねこさまは変身すると、ちょっと性格かわる」
「そ、そんなことないわよッ」
向こうのほうでは野盗の頭領とその幹部と思わしき男たちが、ガストンの仲間たちに縛り上げられていく。
なんでも連行して王国の騎士団に突き出すのだそうだ。
けれども野盗の数が多過ぎる。
全員を連れて歩くことは出来ない。
連行しきれない残党は、その冒険者たちに息の根を止められた。
非情な世界だ。
わたしからはなにも言うまい。
「しかしまだ子どもだというのに、……本当に強い」
「えへへ、凄いでしょ! いっつも大変な訓練を頑張ってるんだから!」
「……ふふ、ああ、凄い。本当に凄かった」
二の腕を巻くって力こぶを作るわたしに、ガストンが優しく微笑みかける。
「ありがとうお嬢ちゃん。きみのおかげで、本当に助かった」
ガストンが頭を下げた。
けれどもその姿は、なんだか力なく項垂れているようにも見える。
「あ、頭を上げて下さい、ガストンさん!」
「本当にありがとう。きみはほんとうに凄かった。それに比べて僕と来たら……」
ガストンは力無く笑う。
「きみたちを護ってあげるなんて言いながら、結局は頭を下げることしかできない。ボンクラだよ僕は……」
もしかしてガストンは、自分のことを不甲斐なく思っているのだろうか。
野盗の群れを前に無力を晒したから?
戦う力が足りていなかったから?
けれどもわたしは、――それは違うと思う。
「ガストンさんも、凄く格好良かったですよ!」
「ははは、慰めてまでくれるなんて……お嬢ちゃんは強いうえに優しいんだなぁ」
「だって本当のことですもん! こう、女子どもは渡さんッて」
ガストンが頭を上げた。
「……本当に格好良かったですよ。強いとか弱いとかそんなことじゃなくて、ガストンさんは格好良かった」
「そ、そんなことッ――オジサンを揶揄うもんじゃない」
ガストンが慌て始めた。
なんだかこんなずっと年上の冒険者さんなのに可愛らしく思ってしまう。
わたしは改めて謝意を示す。
「わたしたちを護ろうとしてくれて、ありがとう」
そう言ってガストンに微笑みかけた。
「……うん。こちらこそ、ありがとう」
目の前の冒険者さんは照れて鼻の頭を掻きながら、赤い顔でソッポを向いた。
わたしたちは王国への道中を、街道沿いに進む。
荷馬車に揺られながら、きょうも青く高い空を見上げる。
「いい天気だなー」
白猫マリーはお気に入りの魔石を転がしてひとり遊びをしている。
黒猫ベルはわたしの独り言に耳をピクリとこちらに向けたてから大きな欠伸をした。
猫耳少女ククリはさっきからわたしのお腹を枕にしてグッスリとおねむの最中だ。
荷馬車がガタゴト――
どもまでも続くかのような街道を行く。
野盗をなん人か引き連れたわたしたちの進みは遅い。
ガストン以外の冒険者パーティーは、野盗のアジトに女性の救出に向かっている。
のんびり、のんびり。
暖かな陽射しの下をゆっくりと荷馬車が進む。
あー、牧歌的だ。
「……ん? あれはなにかな?」
御者台のガストンが呟いた。
王国のほうから大人数の武装した集団が、街道をこちら側に向けて歩いてくる。
どうやら冒険者の集団のようだ。
「よう! どうしたんだい、そんな大勢で?」
ガストンが冒険者集団に声を掛けた。
冒険者集団の先頭のひとりが兜のバイザーを上げてこちらを見遣る。
「お前たちは森から来たのか?」
「ああ、猫族の集落からの帰りなんだよ」
「……それなのに、知らんのか?」
「ん? なにをだい?」
問い返すガストン。
一拍おいてから、冒険者の男が教えてくれた。
「魔物だ! 魔物暴走が起きやがった!」
「――なッ、なんだって!?」
「やべえことになってる! 大森林から魔物どもが溢れやがったんだよ!」