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16 ライノクレス

「あいつだ! あの蟲の魔物が集落を襲って来やがったんだ!」


 見張りの猫族が叫んだ。

 その男が指差す先には、黒光りする分厚い甲殻を身に纏った一匹の蟲の化け物がいた。

 化け物の周りには膝をつき疲労困憊している集落の戦士たちの姿もみえる。

 化け物が集落の奥まで入り込むのを戦士たちが阻止していたのだ。

 猫族の戦士たちの大半はすでに傷だらけだ。

 それに対して魔物は無傷、――全くの無傷である。


「……ライノクレス」


 猫族族長ライナロックが魔物を油断なく見据えつつも呟いた。

 信じられんという風に。


「なぜあのような凶悪な魔物が、このような場所に……」


 わたしはライナロックの隣に並んだ。

 ライナロックの背には大剣が背負われている。

 その大剣は老齢ながら大柄で偉丈夫なライナロックの背丈を超えるほどの大きさだ。


「ライノクレス、ですか?」


 目に映るあの化け物のことだろうか。


「うむ。あやつはライノクレス。森の奥深くを住処にする、見ての通りの蟲の魔物じゃ」

「……強いんですか?」

「……強い。ギルドの討伐等級はA級。まさに化け物よ」

「どうしてそんな魔物がここに?」


 たしかこの集落の辺りには強力な魔物は出没しなかった筈だ。


「分からぬ。あのような化け物、こんな浅い森での目撃は聞いたこともない。……じゃがこのところ森の魔物どもが活性化しておることが、何かしら関係しておるのかもしれん」

「活性化?」

「うむ。なぜ活性化しているのか、その原因はまだ判らぬのですがな」

「調べてはいないんですか?」

「……原因を探りに出した調査隊の最期は、ねこ様も知っての通りじゃ」


(……ああ、あれか)


 マンティコアに襲われていた猫族の調査隊。

 あの調査隊の目的は、そういうことだったのか。

 魔物に蹂躙された猫族の様子を思い出して陰鬱な気持ちになる。

 

(っと、そういえば……)


 たしかアリエルも大森林で魔物が活性化しているって言ってたわね。

 もしかすると大森林でなにかが起きているのかもしれない。

 けれどもいまは、目の前の怪物への対処が先だ。


「しかしなんじゃな。言うても詮のないことかもしれぬが、マチェテのヤツめが出払ったタイミングでの襲撃とはの。……いやはや間の悪いもんじゃ」

「……ええ、ほんとに」

「とにかく今は、儂等だけであの魔物を止めねばならん。ねこ様、ご協力頂けますかな?」

「もちろんです」


 言われるまでもない。

 この集落を襲う魔物はわたしが倒す。

 わたしにとってもこの猫族の集落はもう、大切な場所になっているのだ。


 目を向けた視線の先にいる化け物――ライノクレスを観察する。


(鑑定……)


 種族名:角甲虫(ライノクレス)

 レベル:35

 体力:1102/1207 魔力:165/165

 物攻:611 物防:1004 魔攻:113 魔防:358

 敏捷:126 技術:121

 スキル:斬りつけLv2 突撃Lv4

 固有スキル:突撃強化


 ……強い。

 物理特化で防御重視の魔物らしい。


 こいつは見た目は甲虫(カブトムシ)の魔物だ。

 けれども蟲のくせに、その大きさは地球の動物に例えると(サイ)ほどもあるんじゃないだろうか。

 重そうに節足を動かすその仕草からは動き自体は速くないことが伺える。

 けれどもステータスにも現れているように、とにかく硬くて力が強そうだ。


 いまはその甲虫の魔物は、地上に設営された家畜用テントを突き崩して、なかの家畜を襲っている。

 まだこちらに注意を向けてきてはいない。


 ライナロックは見張りの男性に声をかける。


「お主は、傷付いた戦士を連れて下がるのじゃ」

「そんなッ!? 族長ッ、俺も戦うぞ!」

「いいや、お主は集落のみなの避難を手伝って参れ。重傷者、女子供を優先にな」

「俺も戦うと言っているッ! それに族長を残して先にひとりだけ逃げる訳に行くかッ!」


 見張りの男は唾を飛ばしながら叫んだ。

 ライナロックは落ち着いた声色で、男を宥めるように話す。


「……あの魔物に生半(なまなか)な腕で挑めば、死ぬだけじゃぞ」

「グッ、……そ、それは」

「それにのぉ、なにも逃げろとは言っておらん。さきに行って女子供を護ってこいと言っておるんじゃ」


 上手いことをいうもんだ。

 見張りの男は口をぐっと噤んで黙り込んだ。

 ライナロックは疲労した他の戦士たちにも避難するよう声を張り上げる。


「……分かった。死ぬんじゃねーぞ、族長」


 見張りの男が噛んだ唇をほどいた。

 傷ついた集落の戦士たちをつれて、この場を離れていく。


「あ、あのッ――」


 去って行く見張りの男に声をかける。

 男は首から上だけをこちらに向けて振り返る。


「あのッ! マリーとベルと、あとククリのこともよろしくお願いします!」

「……おう、任せてくれッ!」


 見張りの男は(しか)と頷いた。

 戦士たちを連れて戦いの場を後にしていく。

 わたしはその姿を見送ったあと、ライナロックの顔を見た。

 ライナロックはやはり油断なく甲虫の化け物を見据えている。


「随分と好かれてるんですね」


 先ほどの男からは、体を張ってでも族長を守るという気概を感じた。


「まぁの……集落の者はみな儂の子も同然よ。先の男とてな、幼いころに子守りをしてやったこともあるんじゃて」


 ライナロックはカカカと快活に笑う。

 わたしもつられてふふふと微笑む。


「で、族長さんは戦えるんですか?」


 ライナロックが心外なとばかりに目を丸くした。

 次いで不敵な笑みを浮かべる。


「当たり前じゃわい。儂をなんじゃと思うておられる」


 何って、猫耳資源ムダ遣いのゴツいお爺さんだよねぇ。

 でもそんな風に思っていることは内緒だ。


「飛び出していきよったフレムロックやマチェテが戻ってくるまでは、儂が矢面に立って外敵からこの集落を護っておったのですぞ?」


 へえ、そうなんだ。

 ならライナロックに気を使いながら戦う必要はなさそうだ。


(っと、こっちの戦力は……)


 固有名:ライナロック

 種族名:猫族

 レベル:29

 体力:720/732 魔力:287/287

 物攻:343 物防:292 魔攻:143 魔防:142

 敏捷:296 技術:358

 スキル:大剣Lv5 体術Lv2 土魔法Lv2

 固有スキル:猫語 集中


 固有名:ねこ

 種族名:猫神

 レベル:24

 体力:828/837 魔力:93/93

 物攻:488 物防:408 魔攻:19 魔防:99

 敏捷:469 技術:81

 スキル:殴打Lv1

 固有スキル:鑑定 魔力視 加速


 ……厳しい戦いになりそうだ。

 どうやってこの硬い魔物の防御をぶち抜くか。

 勝負の鍵はそこにあるかもしれない。


 わたしはゴクリと喉を鳴らしたあと、半身になって腕を上げ、身構える。

 ライナロックはそんなわたしにチラリと目を向けたあと、表情を引き締め直した。


「ライノクレスの頭角と胸角、あと前肢は鋭い刃物のようになっておる。気を付けなされ」


 無言で頷く。


「……では、いきますぞッ!」

「――はいッ」


 わたしとライナロックは息を合わせて、甲虫の魔物に向けて共に駆け出した。




 わたしたちは左右二手に別れて甲虫の魔物に襲いかかった。

 魔物が悠然とこちらを振り向く。

 ライナロックより先に魔物まで辿り着いたわたしは、飛びかかり拳を上段から弧を描くようにして振り回しながら魔物を殴りつけた。

 重いハンマーのような拳が甲虫の分厚い頭殻を叩く。


 ――――ゴオォン……


(ッ!?)


 釣り鐘を叩くような重い音が鳴り響く。

 わたしの拳に分厚い鉄を全力で叩いたかのような衝撃が走る。


「――ッ、(いっつ)ぅ……」


 痛みに顔を顰める。

 けれども直ぐに気を取り直して甲虫への追撃を仕掛ける。

 戦闘中は気を抜いてはダメなのだ。


 ――――ゴォン、ゴオオォン……


 甲虫を振りかぶって殴りつける。

 全力で蹴りつける。

 そのたびに釣鐘を突いたかのような重い音が辺りに木霊する。

 みれば反対側ではライナロックが大剣を何度も甲虫の背にぶつけている。

 けれどもわたしたちのどちらの攻撃も、甲虫に目立ったダメージを与えられていない。


(ッ、なんて、硬さなのッ!?)


 防御をかなぐり捨てて何度も殴りつける。

 けれどもダメージが通せない。

 躍起になったわたしは、腰を入れた全力の殴打をお見舞いしようと強く大地を踏み出した。


(――あッ!?)


 やばい!

 攻撃に夢中になりすぎた。

 甲虫が研ぎ澄まされた刃のような前肢を振り上げている。

 反応が遅れた。


「――ッ、くぅッ!」


 躱しきれない。

 覚悟を決めて体を硬くする。

 鋭い刃がわたしに向かって振り下ろされる。


 ――――ガキンッ!


「ッ、族長さん!?」


 いつのまにかライナロックが、甲虫とわたしの間に割り込んでいた。

 頭上から振り下ろされた甲虫の刃を大剣で受け止める。


「ぬぅ、……ふんっ!」


 ライナロックは腹の底から息を吐き出して甲虫の刃をはじき返した。


「いったん下がりますぞぃッ!」


 言葉に従い後退して、甲虫の魔物ライノクレスから距離を置く。


「ありがとう、族長さん!」

「なんの、なんの! しかしこれはまた硬い相手ですのぉ……」

「ええ、ほんとに……」


 何度も分厚い甲殻を殴りつけた拳がジンジンと痛む。

 拳の骨は……大丈夫、逝ってないみたいだ。


「闇雲に攻撃を仕掛けても此奴(こやつ)の甲殻には歯が立ちませぬの……さりとて、どうしたものか」

「ほんとまるで分厚い鉄を叩いたみたい。たぶん族長さんの大剣も、ダメージ通ってないですよねぇ」

「……ふむ。しからば――(ふし)でも狙ってみますかの」


 そう言うなりライナロックが飛び出した。

 ライナロックは素早い足捌きで甲虫の魔物の背後に回り込む。

 背後のその場で大きく身体を捻り、構えた大剣を下段に構える。


「ぬぅ、……はッ!」


 ライナロックは魔物が振り返るよりも早く身体の捻りを一気に解放して、甲虫の後肢(こうし)の関節目掛けて、全力で大剣を撃ち込んだ。


 ――――ガッ!


 これまでとは異なる衝撃音がなり、ライナロックの大剣が甲虫の後肢、その節に突き刺さる。


「キィ、ギュィィッ!?」

「ねこ様ッ! フォローをお願いしますぞぃッ!」


 甲虫は堪らず軋むような悲鳴を上げてライナロックのほうを振り向こうとする。

 けれどもわたしがそうはさせない。


「てええぃやぁッ!!」


 体を反転させようとする甲虫の頭殻を力任せにぶん殴る。

 がんがんと全力で殴りつけてはライナロックへの振り向きを阻止する。


 その間にもライナロックはまるで樵が斧を振るうかのごとく、何度も何度も大剣を甲虫の節に撃ち込んでいく。


「――これでッ、どうじゃッ!」


 ガッと一際大きな衝撃音がなり、再び大剣が関節に振るわれた。


「ギギィッ、キュギュィィッ!!」


 ライナロックは遂には甲虫の後肢、その節から先を見事に斬り飛ばしてみせた。

 甲虫の魔物もこれには堪らず、残る全ての節足をバタバタと暴れさせ悲鳴を上げた。


「ねこ様ッ、いったん離脱じゃ!」

「はいッ!」


 ライナロックとわたしは再び甲虫から距離をとった。

 顔を合わせ、確かな手応えに頷きあう。


「すごい、族長さんッ!」

「カカカッ! みましたかいのッ!」

「ええ! このまま全部の脚を斬り落としてやりましょうよ!」

「おうとも、ねこ様よ! なぁに儂に掛かればその程度のこと造作もありはせぬわ!」


 ライナロックが調子に乗って鼻を高くした。

 アゴをツンと上に向けて得意げな顔だ。

 でも実際にすごい。

 あんな硬い化け物相手に、勝ち筋が見えてきた。


 ――――ブウウウゥゥゥン……

 

 けれどもそのとき甲虫の魔物に異変が起きた。

 何かを高速で震わせる音が聞こえてくる。


「なッ、なにこの音ッ!?」


 音の発生源は甲虫の魔物ライノクレスだ。

 ライノクレスはその黒光りする前翅を広げ、なかの羽とともにブルブルと震わせ始めたのだ。


 ブウウウゥゥィィィ――――


 音の感じが変わった。

 それに伴って前翅の震えは益々(ますます)速くなる。

 最早その震えは目にも止まらぬほどの速さだ。


 ライノクレスの巨体が重さを失ったかのようにフッと宙に浮かび上がった。


「……えッ?」


 直後、魔物は物凄い速度で爆発的に飛び出した。

 地を這うような低空飛行だ。

 黒い巨弾が鋭利な角を向けて一直線にライナロックに向かって突っ込んでいく。


「ぞ、族長さ――」


 ライナロックは甲虫の挙動に虚を突かれた。

 まったく回避行動が取れないでいる。


(――やばい、やばい、やばい、やばいッ!!)


 このままではライナロックは甲虫の角に刺し貫かれる。

 死んでしまう。

 そんなことになったら死んでしまう。

 ライナロックが死ぬ――


(――ダメよッ、絶対にダメッ!!)


 そんなことは許さないッ!

 絶対に護りきる!

 けどどうすればいいッ?

 どうすればこの局面を打開出来るッ?


 ふと閃いた。


 ――――体当たりだ。


 体当たりしかない。

 わたしの全身全霊の体当たりをぶつけて、甲虫の突撃を押し返すんだ。


 わたしは自身の閃きを信じて矢のように飛び出した。

 斜め横から割り込むように、ライナロックへと突き進む甲虫の射線上に飛び出した。


 ――――キイィィィン!


 甲高い飛翔音がわたしの耳朶(じだ)を震わせる。

 大地を力強く蹴り飛ばしながら、わたしは弾丸の速度で甲虫に向けて駆ける。

 全力を込めた体当たりで甲虫を迎え撃つ!


 固まっていたライナロックが眼前の光景に目を大きく見開いた。

 襲い来る衝撃に備えてわたしはギリッと歯を強く食いしばる。


 ――――ドガアァァアアンッ!


 もの凄い衝撃が森一帯を揺らした。

 土煙がもうもうと舞う。

 甲虫の突撃とわたしの体当たりが激しくぶつかり合い――


(…………あっ)


 わたしの体当たりは打ち負かされ、甲虫の魔物の突撃に大きく弾き飛ばされて無残に宙に舞った。

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