14 雷猫マチェテ
「……も、もうダメ」
ガクリと膝をつき、地面に突っ伏す。
はあはあと荒い息を吐いて首を垂れる。
「お、お願いよ……マチェテ。少し、……休ませ、て」
思わず泣き言が口をついた。
ちらりと隣に目を向けると、うつ伏せになったククリがまるで死人のように倒れている。
「…………ちょ、ク、ククリ? ……大丈夫?」
ククリは突いても話しかけてもピクリとも反応を返さない。
(…………えっと)
これ、本当に死んでるんじゃないでしょうね?
わりと本気で不安に駆られる。
「はいはい、ふたりとも! はやく起きるッ。まだ休憩の時間じゃないわよー!」
ククリの猫耳がピクリと震えた。
あ、良かった。
死んでなかった。
「さあさあ、起きる起きる! それとも寝技の訓練をご所望なのかしらー?」
ククリはふるふると体を震わせて上体を起こした。
死んださかなのような瞳でマチェテを見上げる。
なんだかすっかりやつれてしまって、いつもの可愛いククリじゃないみたい。
でもそれはなにもククリだけじゃない。
わたしだって同じようにガタガタと体を震わせながらマチェテを見上げる。
――――マチェテは鬼だ。
聖女さまなんて最初からどこにもいなかったんだ。
いるのは恐ろしい鬼……それはもう恐ろしい鬼軍曹だけ。
「はいはい! 立ったらさっさと走る! また蹴飛ばされたいのー?」
「ヒッ、ヒイィ……」
悲鳴を漏らしながら、疲労にガクガクと震える足で走り出す。
そのわたしのうしろにヨロヨロと体を揺らせながらククリが続いた。
いったいどうしてこうなったんだろう?
わたしはマチェテに戦いかたを教わり始めた最初の日のことを振り返る――
「それじゃあねこ様。訓練をはじめるまえに確認ね」
「……は、はい」
マチェテが集落一の戦士……
思わぬ展開に戸惑いを隠せない。
ワタワタとしてまだ頭のついていかないわたしに、当のマチェテが問いかける。
「ねこ様は『やさしめ』と『きびしめ』のどちらをご所望かしら?」
とにかくいまは訓練だ。
戸惑う気持ちはまだあるけれど、しっかりと気持ちを切り替えていかなきゃいけない。
「え、えっと……」
わたしは考える。
集落一の戦士、というのが本当だとしても先生をするのはあくまでマチェテ。
言ってしまえばわたしの聖女さまだ。
どう考えてもその訓練は手ぬるいものになるに決まっている。
でもそれではいけないのだ。
わたしの望む訓練はもっとハードなもの。
わたしのこの恐ろしい力を使いこなすためにも、これから行われる訓練は生半可なものじゃいけない。
「それで、どうするの、ねこ様?」
「は、はい。『きびしめ』……よりも、もっときびしめに。一番実践的な訓練でお願いします!」
マチェテがキョトンとした。
わたしはマチェテの瞳をまっすぐにみつめる。
「……えっと、ねこ様?」
「はい」
「人攫いとの一件、私も族長から話は聞いています」
「……はい」
「とはいっても、あせっても仕方のないことなのよ?」
「…………でも――」
わたしは語った。
返り血に真っ赤に染まった両の手。
男たちの化け物をみるような瞳。
拭いきれない自分自身への怯え。
この恐ろしい力を、愛するものたちに向けてしまうかもしれない恐怖。
胸の奥に沈み、澱んだ想いをひとつひとつ吐き出すように語った。
マチェテは黙ってうつむき、わたしの話にしっかりと耳を傾けてくれた。
「わたしは! わたしは怖いんです、自分がッ! わ、わたしは――」
「もういいわ……了解よ」
マチェテが大きく息を吐き出して、顔を上げた。
「わかりました、ねこ様」
「……マチェテさん」
「それじゃあ、本当にきびしく、実践的にいくわよ? 覚悟はいいかしら?」
「ッ、はい!」
マチェテはわたしの瞳を射貫くように真っ直ぐに見据えた。
強い決意でマチェテの瞳を見返す。
「それじゃあ、ねこ様。……構えて」
「うぇ……? は、はい」
促されるまま胸のまえに両手を構える。
その構えは素人そのものだ。
「――――いくわよッ! ハッ!」
かけ声とともにマチェテが襲いかかって来た。
その表情にはいつもの優しげな雰囲気は微塵も感じられない。
雷猫マチェテは、自身のその背中側、腰の辺りに引っさげた刃渡り六十センチ程の二本の剣鉈に手を掛ける。
それはダマスカス鋼で鍛造された剣鉈だ。
その剣鉈は柄から刃先まで連続して綺麗に湾曲していて、刃先にいたるほど幅広になる。
金属の柄と金属の刀身は継ぎ目なく一体化しており、柄までのすべてがダマスカス鋼で出来ている。
刃の部分にはダマスカス鋼特有の美しい木目調の紋様が浮き出ていて、柄には細かな彫りが施されていた。
マチェテは手に掛けたその二本の特徴的な剣鉈を引き抜いた。
わたしに素早く斬りかかって来る
「わ、わ! マチェテさん。ちょっと、ま、待って!」
驚いてマチェテを制止しようと叫ぶけれども、マチェテは止まらない。
「もっと集中! 貴女さまの覚悟はそんなものなの?」
「わッ、うわッ!?」
「ほらほら、ちゃんと躱さないと! どんどん速くしていくわよッ!」
振るわれるマチェテの剣鉈が、ギアをあげるように少しずつその剣速を増していく。
「――あぶ、あぶなッ!? あぶない!」
マチェテの剣鉈は上下左右、あらゆる角度から変幻自在に襲いかかってくる。
あわを食いながらわたしはその攻撃を必死の形相でなんとか躱し続ける。
「――ッ、ちょッ、止まって!」
「なるほど……流石は猫神様ね。動きはそんなに無駄ばかりなのに、よくそうも躱し続けられるものねぇ」
感心した様子をみせるマチェテではあるけれど、わたしに攻撃を加える手はその間もずっと止まらない。
(し、死ぬ――当たったら、死んじゃうッ!)
必死の思いで攻撃を避け続ける。
すると不意にマチェテの姿がわたしの眼前から消えた。
「ッ!? どこッ!?」
マチェテはその肢体を流れるように回転させながら屈み込み、その脚を伸ばしてわたしの足元を払いにかかった。
「――ハッ!」
「うわッ!?」
足を払われたわたしは転倒こそ免れたものの、思わずたたらを踏む。
体勢を崩したわたしに向かって、マチェテはガラ空きの鳩尾にその拳を叩き込んだ。
屈んだ体勢から、全身のバネを使って跳ね起きての強烈な一撃だ。
「ッか、はぁッ……う、げえ」
女の子にあるまじき呻き声を上げ、わたしは両腕でお腹を抱えてその場に膝をつく。
そんなわたしを見下ろすかのようにして起き上がったマチェテは、小さくバックステップをしたあと大きく天に脚を振り上げ、地に膝をついたわたしの後頭部を目掛けて容赦のないかかと落としを叩き込んだ。
――――ガッ!
大きな打撃音が響く。
マチェテのかかと落としがわたしの脳天に炸裂した音だ。
後頭部にかかとを落とされたわたしは、額をしたたかに地面に打ち付ける。
「ッう、うぁ……」
「ほらほら、ねこ様! 早く、立って立って」
熾烈な攻撃を受けて目がチカチカする。
視界の端を星がチラチラと舞っている。
「立たないと、危ないわ、よッ!」
立ち上がれずにうずくまるわたしにマチェテがそう言い放つ。
発せられた気合いとともに、マチェテはわたしの顔面を目掛けて下から上にその脚を蹴り上げてきた。
「――う、ぁあッ!?」
地を転がり間一髪その蹴りを躱す。
フラつきながらなんとか起き上がると、すでにマチェテは真っ直ぐわたしに向かって襲い掛かってくるところだった。
「てぃッ!」
「――や、やめッ」
無茶苦茶に腕を振り回す。
マチェテは身体をくるりと回転させてわたしの腕を躱しながら距離を詰め、剣鉈の柄を用いたバックブローをわたしの下あご目掛けて叩き込もうとしてきた。
「ッ、いやっ!」
わたしは一瞬早く顎を引き柄の下あごへの直撃は逃れたものの、ダマスカス鋼製の剣鉈の柄にしたたかに顔を打たれた。
「ッ、あうぅッ……」
堪らず顔を手で押さえて後ろによろめく。
「ほらほら! ちゃんと目を開いて前をみるッ!」
「ま、待って……おね、お願いッ」
雷猫マチェテはさらにわたしに追撃を仕掛けてくる。
怒涛の攻撃で何度もわたしを打ち据える。
わたしは痛みに一瞬我を忘れた。
「ッ、このぉッ!」
つい頭がカーッとなって、襲い来るマチェテに目掛けて拳をふるってしまった。
(――――あッ)
フラッシュバックするあの光景。
マチェテの!
マチェテの頭が吹き飛んでしまう!
慌ててその拳を止めようとしたが、もう間に合わない。
(いやッ、いやっ! 殺したくないッ!!)
最悪の光景を想像し目を瞑る。
――――ドンッ!
重い音が辺りに鳴り響いた。
わたしは恐る恐る瞑っていた目を開く。
(…………あ)
するとそこには、わたしの拳を片手でしかと受け止め握りしめるマチェテの姿が映った。
普段通りの笑顔を浮かべた、優しげなマチェテだ。
「へぇ、なかなかの威力なのね。……これは鍛え甲斐があるわ」
そう言ってマチェテは笑いながら魔法を放つ。
「――紫電よ、放て―― 放電」
「ッ、あぅッ…………ぁ」
スタンガンで当てられたような電気ショックが握られた拳を伝い、体を貫く。
わたしは雷猫マチェテの放つ、雷属性初級低位魔法、放電をこの身に受け、その意識を手放した。
「じゃあ、水汲みいってきまーす!」
「ええ、お願いよ、ねこ様」
マチェテに師事し、その家で同居を始めてからのわたしの日常はこうだ。
朝は日の出とともに起きる。
まだ眠っているククリをよそ目に、わたしはマチェテの手伝いを始める。
集落に寝泊まりを始めてからわたしは、すっかり薄汚れてしまったセーラー服を脱ぎ、猫族の部族衣装に着替えた。
大地や草花の色をした柔らかな雰囲気の、ズボンの裾がまんまるく広がった可愛らしいあの衣装だ。
朝、わたしがまず最初にやることは水汲みだ。
水汲みはほんと大変だ。
猫族の住まいは樹の上にあるのだけれども、集落共通の井戸は当然地上にある為、水桶に水を汲んで樹の上まで戻って来なければならない。
しかも何往復も。
これがなかなか骨なのだ。
これまではククリが毎朝の水汲みを担当していたらしいのだが、最近は専らこれはわたしの仕事になっている。
(…………なんだか最近、わたしって)
二匹の猫たちに続いてククリにまで良いように使われてる気がしてならない。
けど、まあいいでしょう。
猫耳は正義。
かわいいは正義なのだ。
毎朝の水汲みでは、集落のおばさま方ともよく顔をあわせる。
わたしが集落に来た当初は遠目に見るだけで近寄って来なかったおばさま方も、今ではそんな様子は微塵もない。
毎朝おはようと声を掛けて来ては、わたしを井戸端会議に引き込もうとする。
わたしに人見知りする暇も与えてくれない。
『ねえみなさん。どうして前はわたしを避けていたんですか?』
ある日おばさま方にそう尋ねてみた。
『いやだって……ねぇ?』
おばさま方の言い分としては、当初は猫神様たるわたしを恐れ多い存在と認識してどうにも近寄り難く感じていたらしい。
『でもほら、ねこ様ってアレじゃないかい。……ねぇ?』
そんな彼女らは家事に失敗してワタワタするわたしの姿や、訓練でマチェテに叩きのめされてノビているわたしの姿をみて、この娘は実はそんな大それた存在じゃないのかなーなんて思い始めたらしい。
まったく失礼な話だ。
第一アレってなんだアレって。
それにおばさま方はわたしにはまったくと言っていいほど遠慮がなくなったというのに、いまだにマリーやベルのことは恭しく扱っている辺りが、ますます、より一層腹立たしい。
『ところで猫神様ってなんなんですか? わたし、猫の姿をしてないですよ』
またほかのある日、わたしはおばさま方にこう聞いてみた。
するとおばさま方は口々に応えてくれた。
『でもねこ様からは、猫神様の気配がするじゃないかい』
『猫神様は猫神様だよ』
『ねこ様のほらそこに、猫の神核があるじゃない。猫神様だよ、ねこ様は』
『そうそう姿形は関係ないよ。猫神様だわ』
やっぱりわたしには、その辺りどうにもよく分からないや。
水汲みと井戸端会議が終わったあとは朝食だ。
マチェテは毎朝、朝ご飯を作って待ってくれている。
このくらいの時間になるとククリが眠たそうなまぶたを擦りつつ「おはよ」と言いながら起きてくる。
寝起きのククリの可愛らしさは異常だ。
トロンとした目にペタッとしおれた猫耳。
まいにち毎朝、眼福である。
『さぁ、今日の訓練は――』
マリーとベルもくわえてみんなで朝食の席を囲んだあとは、お待ちかねの戦闘訓練の時間だ。
雷猫マチェテの施す訓練は熾烈だ。
いっそ異常といってもいいくらいかもしれない。
わたしはいつもマチェテに、足腰が立たなくなるほどボロボロになるまで叩きのめされる。
訓練の内容は組手主体で、マチェテ曰く――
『ねこ様は、元々土台となる身体能力はあるみたいだから、基礎訓練は飛ばしちゃいましょう。より実践的に、組手を中心にした訓練をしましょうね』
とのことだ。
わたしはそのあたりよく分かんないから、全部マチェテに任せた。
というかマチェテに逆らってはいけない。
逆らうとあとが怖い気がする。
マチェテは訓練では戦いかたを色々と教えてくれた。
とにかく実践的に、だ。
『ねこ様、突きが手打ちになっているわ。拳はこう、てのひらを上にして構えてから、腰、肩、腕、拳の順番に、ねじり込むように回転させて放つのよ』
『違うわ、ねこ様。その足蹴りは違う。それじゃあ、まるで球蹴りよ。下段を蹴るときはこう、脚を一度うえにグッと持ち上げてから、相手の膝辺りにズドンと撃ち下ろすの。衝撃が逃げないように、しっかり大地を使うのよ』
マチェテは口での説明だけじゃなく、わたしを相手に実地で実践してくれた。
いわく体で覚えなさい、と。
蹴るときは実際にわたしを蹴る。
殴るときは実際にわたしを殴るのだ。
わたしはそうやって手本を見せられるたびに、いっつもマチェテに叩きのめされ地に倒れ伏した。
『……お母さん。わたしも訓練つけて』
そんな恐ろしい訓練を数日続けたある日のこと。
ククリがわたしたちの元にやってきてそういった。
自分も訓練に混ざりたいと。
わたしはそんなククリを自殺希望者かと変な目で見つめた。
ククリは言った。
護られてばかりは嫌なのだ、と。
おそらくあのマンティコアに襲われた件が尾を引いているのだろう。
ククリにも思うところはあるのだ。
『ククリ……ククリはまだ九歳なんだから、いまは護られていてよい年頃なのよ?』
わたしはそう言ったが、ククリは頑として譲らなかった。
隣でマチェテは考え込んでいた。
『いいわよ。じゃあククリも一緒に参加しなさい』
結局マチェテはククリの訓練参加を許可した。
体を鍛えて、なにかのときには少しでもククリの生き残れる確率をあげたいのだろう。
その言葉を聞いて喜んだククリを待っていたのは、訓練中ひたすら全力で走り続けるだけ、という責め苦だった。
ククリはへろへろになっても走り続けた。
すこしでも走る速度を落とすと、マチェテの容赦ない叱責が飛んで来るからだ。
やはりマチェテは鬼だ。
この走り込みについては、マチェテいわく、ククリはまず基礎体力をつけないことにはなにも始められないから、ということらしい。
お日様が空の天辺に昇るころになると、マチェテはわたしにその日の訓練のおさらいを命じてから一足先に家にもどる。
昼食の準備をしてくれるのだ。
訓練中とは打って変わって優しい笑顔になったマチェテが「お昼が出来たわよー」と呼びにくるまで、わたしはその日の訓練の内容をおさらいする。
そうして家にもどれば昼食だ。
マチェテは料理も上手い。
『今日のもすっごくおいしいね、マチェテ!』
『お母さんの料理はおいしい』
『うふふ、ふたりともちゃんと噛んでゆっくり食べるのよー』
マチェテはいつも、わたしたちが必死になってご飯を食べる姿を嬉しそうに見つめる。
見つめられるとちょっと気恥ずかしいけど、やっぱり我慢できなくてパクパクと口いっぱいにご飯を頬張ってしまう。
だって沢山動いてお腹が減ったあとのマチェテの手料理は、最高に美味しいのだ。
我慢なんてできるはずがない。
夕方になるとつぎは家事なんかの手伝いだ。
手伝いというと聞こえはいいけど、実際にはマチェテに色んな家事を教わっている、というのが本当のところ。
ある日わたしがほつれてしまったあのセーラー服を四苦八苦しながら縫っていると、マチェテがわたしに代わって服を縫ってくれたうえに、こういってくれたのだ。
『ねこ様。なんだったらお裁縫を教えましょうか?』
それ以来マチェテは、裁縫に限らず家事全般をわたしに伝授してくれている。
ククリとわたしはマチェテが作る夕飯を食べ終えると、訓練の疲れを取るように直ぐに寝かしつけられてしまう。
けれどもマチェテは、わたしたちが眠ったあとも残った家事や内職なんかをしているようだ。
わたしはもう本当にマチェテには頭が上がらない。
『…………あらら? 珍しいなー』
ある日の夕方。
散歩を終えて帰ってくると、珍しくマチェテがテーブルに突っ伏して居眠りをしていた。
女手ひとつでククリとわたしの面倒を見る毎日に、流石に疲れが出たのだろう。
みれば目元にちょっとクマができている。
わたしはマチェテには本当に感謝をしている。
わたしは幼い頃に母と死別したけれど、もし仮に母親というものが今もわたしに居るのなら、こういう人だといいなと思った。
ほんとうに暖かいのだ、マチェテは。
お母さんみたいに。
『……ん、んぅ』
マチェテが寝言を漏らした。
わたしは毛布をもって居眠りするマチェテに近づいた。
そしてその肩に毛布を掛けて寝顔をひとしきり眺めたあと、自分の顔をマチェテの猫耳に埋めて背中からその大きな胸鷲掴みにして、おもむろに揉みしだいた。
『ぷはぁ!』
スーハーと大きく息をする。
この猫スメルがたまらない。
両の手にくるずっしりとした満足感はククリでは味わえない感触だ。
『――はぇ!? ッ、もう! フレムロック!』
マチェテはそう言って飛び起きた。
そこにわたしの姿を認めて顔を赤くする。
『は? あ、あれ? ねこ様?』
『うへ、うへへ……』
さては、フレムロックさん。
あなたいつも今わたしがやったみたいにして、マチェテの胸を触っていたな?
まったく怪しからん男である。
『ねぇマチェテ。いつもフレムロックさんにこんな風にされてたの?』
『――――ッゥ!? もうッ!』
直接口に出してマチェテに聞いてみたら、応えの代わりに頭に大きなタンコブを貰った。
猫族での集落の暮らしは楽しい。
そしてわたしはマチェテが大好きだ。
マチェテも、ククリやわたしを大切にしてくれる。
「うっし! 今日も訓練、がんばるぞー!」
わたしは声に出して気合いを入れる。
そうして訓練や家事をまじめに頑張って、大好きなマチェテに少しでも報いようと心に誓うのだった。