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12 猫族の集落

「見えたぞ、ねこ。あそこが猫族の集落だ」


 女騎士アリエルが遠くのある一点を指差した。

 アリエルのあとをククリと手をつないで歩くわたしは、女騎士の指差すその先に目を向ける。


「あっ! なにかある!」


 遠くのほう、森のなかのすこし拓けた場所。

 そこにはうっすらと、けれどもたしかに集落の影が見えた。

 目をこらしてみれば、大小さまざまな遊牧民が使うテント、――ゲルに似た住まいが設営されているのが遠目にもわかる。


「私の案内はここまでだ」


 アリエルが短く言葉を発した。


「え? アリエルは集落のなかまで一緒に行かないの?」

「ああ、特に用もないしな。それにもうここからなら迷いようが無いだろう。あとはお前たちだけで行くといい」

「そう、分かった。……ねぇアリエル」


 居住まいを正してアリエルに向き直る。


「ここまで、色々……ありがとうございました」

「アリエル、ありがと」


 深々と頭を下げた。

 わたしと手を繋いだククリも一緒になって頭を下げる。

 マリーとベル、二匹の猫たちも、「ニャッ」と短く鳴いてアリエルに向かって前足をあげた。


「なに、もともと詫び代わりだ。お前たちが感謝をすることなど、なにもない」


 アリエルは鷹揚(おうよう)に手を振る。


「そうだ、ねこ。お前はそのうち、冒険者ギルドに行ってみるつもりなのだったな?」

「うん、そのつもり。ギルドでわたしの魔法属性をね、調べてもらいたいんだー」

「そうか。ならギルドについたら私の名をだせ。これでも私は冒険者ギルドに顔が効く。多少なりと融通を効かせてくれるだろう」


 ホント至れり尽くせりだ。

 アリエルには感謝してもしきれない。


「ではな」


 短くそういってアリエルは身を翻し、歩き出す。

 アリエルの凜とした背中が離れていく。

 後ろ姿が小さくなっていく。


 わたしは去っていく女騎士のその背中に向かって声をあげた。


「――ねえ、アリエル!」


 アリエルが振り返る。


「最後に、……最後にひとつだけ教えてもらっていいかな! これが最後だから」

「……よかろう。言ってみろ」


 振り返ったアリエルがわたしの目を見据える。

 わたしは女騎士の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。


「アリエルは……アリエルはッ、そんな凄い力を持っていて! 怖く、……怖くなったことはないの?」


 わたしは思い出す。


 血に赤く染まった両の手――

 物言わぬ骸となって倒れ伏す男たち――


 暫しの沈黙のあとにアリエルが口を開いた。


「……わたしのこの力は、護るための力だ。なにかを壊すための力ではない。――ならば、なにを怖れる必要があろうか!」


 凜とした声が響く。

 その力強い言葉がわたしの胸を打った。


「……うん。うんッ! そう……そうだねッ!」


 アリエルが身を翻す。


「アリエルッ! また!」

「ああ、また」


 高潔な騎士の後ろ姿が遠くなる。

 こんどこそ振り返らずに、氷の女騎士アリエルは歩き去って行った。


「…………護るための、力」


 忘れないように、わたしはつぶやく。

 その大切な言葉を胸のなかの一番奥にしっかりとしまい込む。


(……でも、でもねアリエル)


 アリエルとの初めての邂逅(かいこう)の日――


 わたしは早とちりをしたあの女騎士さまに、その護るための力で殺されそうになったことは言わないでおいた。

 誰にも間違いはある。

 野暮な突っ込みはなしなのだ。




 わたしたちは猫族の集落に向かって歩を進める。

 いつもなら自然と前から順にマリー、ベル、ククリ、わたしという並びに落ち着くのだけれども、いまばかりはククリが先頭に立ってわたしたち一行を率いていた。


「ねこさま……はやく、はやく」


 愛らしい猫耳がキョロキョロと忙しなく動き、尻尾がピンと立つ。

 先に立つククリが何度も何度もわたしたちを振り返る。

 口にした言葉とその振る舞いで、わたしたちを早く早くと急き立てるのだ。


「もうククリったら、集落は逃げやしないわよー」


 その可愛い姿に苦笑しつつも歩みをはやめる。

 マリーとベルも溜息まじりにうしろを付いてくる。


 ――ククリが駆けだした。


 ついにわたしたちは、猫族の集落へと辿り着いたのだ。


 近づいてくるわたしたち一行を、遠くから(いぶか)しそうに見つめる男がいる。

 見張りの男だ。

 見張りの男はククリの姿を認めて驚愕に目を開く。


「ククリッ!」


 見張りの男がククリに駆け寄った。

 男は猫族らしく、見れば頭部に猫の耳がヒョコッと生えている。


(……おぉ、猫耳オヤジだ)


 可愛い……くはないな。

 うん、まったく可愛くない。

 せっかくの猫耳なのに、なんかこう、非常に残念な感じがぬぐえない。

 正直、猫耳がもったいない。


「ククリ! お前、今までどうしていたんだ!?」


 見張りの男がククリの肩に手を置いた。


「みんな探したんだぞ! まさか調査隊について行ったんじゃないかって」


 見張りの猫耳オヤジは真剣な、でも何処かホッとしたような表情だ。


「……ん。お父さんについて行った」

「んなッ!? やっぱりか! っと、まったくお前は!」


 猫耳オヤジがククリの肩をゆらす。

 ククリがすこし顔を顰める。


「……痛い。オヤジ、肩が痛い」

「お、おう、すまねぇ」


 掴んだ手を離した。

 自分が取り乱していたことに気付いた見張りの男が、すこし落ち着きをを取り戻す。


「それでククリ! そんで調査隊は? アイツらも一緒に帰って来てるのか?」

「それは……」


 ククリが口ごもった。

 そんなククリの様子に気づかないまま、見張りの男は次々と言葉を投げかける。


「それでアイツらはどこだ? ボウイは? うちのバカ息子も一緒にかえってきてんだろ? それともククリだけ一足先に戻ってきたのか?」

「それは……」

「ん、おう、それは?」


 ククリはキュッと唇を結んで下唇を噛む。


 見張りの男とククリ。

 ふたりの間にしばしの静寂が訪れた。

 ククリが硬く結んでいたその唇をほどき、見張りの男の目を見据えて告げる。


「調査隊は、全滅した」

「…………は?」

「ボウイも、わたしのお父さんも、みんな死んだ」

「……ちょ……ま、まて」


 見張りの男がうろたえる。

 ククリは見張りの男の顔をしっかりと見据えたまま、同じ言葉を繰り返す。


「調査隊は、全滅した」

「ま、待てって……うそ」

「……本当のこと。森の深くで魔物に襲われて……みんな殺された」

「まてって……うそをつくなって……まて」

「……みんな殺された」

「だから、ちょっと待てっていってるだろ!!」


 見張りの男が叫ぶ。

 けれども直後に、フラリとその体を揺らした。

 ククリは目を伏せて、追い討ちをかけるように無慈悲な言葉を紡ぐ。


「調査隊は、……全滅した」


 男が両手で顔を覆った。


「……嘘だろ? ……みんな、死んだっていうのか? ボウイも? みんな?」


 ククリはもう何も言わなかった。

 男は崩れ落ち、地に手をつく。

 けれども男は、しばし茫然としたあと、はたと何かに気づいた様子で顔を上げた。


「そ、そうだ、ククリ! みんな死んだってんなら、何でお前はここにいる? ひとりで森を抜けて戻ってきたとでもいうのか!」


 男は僅かな期待にすがる。


「……猫神様(ねこがみさま)に、助けてもらった」

「はぁ? 猫神様だって? そんな冗談を軽々しく言うもんじゃない! そ、そうだ……そうに違いない。ちょ、調査隊が全滅したって言うのも、本当は全部冗談なんだろう?」


 見張りの男がククリの小さな体にすがり付いた。

 ククリは首を振る。


「冗談じゃない。全部、……全部、本当のこと」

「ッ!? ほ、本当なわけがないだろう!! だいいち証拠だって何もないじゃないか!」

「……証拠なら、ある」


 ククリはそう言って、こちらを指差した。

 指差した先にいるのはマリーにベル、そしてわたしだ。

 見張りの男が訝しげわたしたちの方を振り向く。


「なにをいってるんだククリ? その嬢ちゃんたちがなんの証……」


 見張りの男の目が細まる。

 一拍ののち、男はなにかに気づいたかのように目を挙動不審に泳がせ始めた。


「証拠……しょ、しょう、こ……しょ、しょ」


 男はまだ自分の見たものが信じられないという風だ。

 そんな様子をみせる男にククリが念を押す。


「オヤジ、ちゃんとみる。猫の神核(しんかく)ある」

「…………しんかく……ねこのしんか……あわ、あわわッ……あわ……」


 マリーとベルが前足をあげた。

 わたしも二匹につられて小さく手をあげる。

 猫たちは見張りの男を一瞥(いちべつ)し、つまらなそうな声色で「ニャ」と短く鳴いた。


「……ど、どもー。ねこですー」


 とりあえず挨拶をしておいた。

 いきなり修羅場に放り込まれたわたしの場違い感がすごい。

 それでも男はそんな場違いなわたしを前にして、なにか恐れ多いものを目にしたかのように、何度もパチパチと目を(しばたた)かせる。


「ね、……ねこがみ――ッ、猫神様(ねこがみさま)――!?」


 見張りの男が固まった。

 目を剥き、ピンと背を真っ直ぐに伸ばす。


「……あ、あのぉ。はじめましてー」

「――――ヒィッ!?」


 声をかけた。

 次の瞬間、男は白目を剥きあわわと泡を吹いて倒れた。




「もうッ! ひとの顔をみて気を失うなんて、失礼しちゃうー」


 わたしは泡を吹いて倒れた見張りの男を、そばの樹の根元に寝かしつけた。

 役に立たなくなった見張りの男を残して集落のなかへとすすむ。


 ククリを先頭に、わたしたち一行は集落を奥へ奥へとすすむ。

 おもったよりも広い集落だ。

 わたしは物珍しげに集落のあちらこちらを見回す。

 遠目からでは分からなかったことだけど、地面に設営されたゲルのようなテントは、猫族の住まいとしては利用されておらず、主に厩舎や家畜小屋、倉庫なんかに利用されているみたいだ。


 なら猫族の住まいはどこにあるかというと――


(ふあぁ……)


 視線を上げた先。

 そこには種々様々(しゅしゅさまざま)、多種多様な趣向をこらされた住居が樹の上に建てられていた。


「……なんだか、ファンタジーの世界に迷い込んだみたいねぇ」


 思わずつぶやきが口に出る。

 いわゆるツリーハウスである。

 見たところ標準的なもので三十平米そこそこ。

 木造の小さな建物に、小さなバルコニー。

 玄関にはドアノックとランタンが備え付けられていて、どの建物も意匠にこっている。


 猫族の集落には、そんなツリーハウスがいくつも建てられていた。

 樹と樹の間には吊り橋や階段が渡され、わざわざ一度地面に降りなくても家同士の往き来ができるようにされている。

 奥行きだけでなく高さも使った立体的なその構造は、とっても立派なものだった。


 わたしはそんな猫族の集落を見上げて、感嘆の声を漏らす。


「……はあぁ、すごいねぇ」


 なんか浪漫(ロマン)だ。

 ツリーハウスってこう、浪漫だよね。

 呆けたように樹上の集落を見上げていると、わたしと同じく呆けたようにこちらを見下ろす猫耳の女性と目があった。

 また猫耳さんだ。


(……し、しかもこの猫耳さんはッ!?)


 今度はさきほどの見張りの男性とちがって若い女性だ

 ひょこひょこと動く猫耳と挙動不審な動作が愛らしい。

 猫ぐるいの本能がうずく。


「ど、どもー」


 わたしはその樹上の可愛らしい猫耳女性に向けて頭を下げた。

 すると女性は「はっ」と驚いたように目を見開き、次に高速で目をキョドらせてからフラフラとよろめいた。


「あ、あのぉ……」

「ヒィッ――」


 女性は泡を食ったようにして一目散に駆けていった。

 わたしへの返事はもちろんなかった。

 まったく失礼なことだ。

 だけどまぁよい。

 その可愛い猫耳に免じて許そう。

 かわいいは正義なのだ。


 二匹の猫とわたしはククリに率いられ、なおも集落を奥に進む。

 途中何人かの猫耳さんと出会ったのだけど、わたしたちに気づいたあとの猫耳さんたちの反応は、一様に泡を吹いて倒れるか、一目散に駆け去るかのどちらかだった。

 駆け去るのはともかく、泡を吹いて倒れるって……

 そんなにわたしの見た目はアレなんだろうか。

 考えると、……あ、涙が。




 ククリが一本の樹のまえで足を止めた。


 ククリが足を止めたその樹の中腹には、大きくもなく小さくもなく、ここまで見たものと大して変わらない標準的なサイズのツリーハウスが見えた。

 バルコニーには家事に勤しむ女性の姿がみえる。


 女性はククリと似た衣装を着ていた。

 大地や若い草花の色をした部族衣装に、ニッカポッカのような裾広がりのまん丸いズボンだ。


 その女性の年の頃は、二十も半ばを過ぎた頃だろうか。

 栗色の頭に猫耳を生やした優しげな女性だ。

 すこしククリと似た顔の胸の大きな猫耳美人さんだ。


(ふぇぇ……きれいな人だなぁ……)


 だけどその女性の表情は精彩を欠き、顔色はいまひとつ冴えない。

 ため息をひとつ吐いては、重いからだを引きずるように緩慢な動作で洗濯物を干していた。

 心配ごとでもあるんだろうか。


 わたしはそんな猫耳さんを見上げて、いまは亡き祖父がお酒に呑まれるたびに言い聞かせてくれた教えを思い出した。


『ねこよ。女は草臥(くたび)れている方がエロい』


 わたしは目の前の女性の様子をみて、成る程これが祖父がわたしに伝えたかったことかと今更ながらに納得した。


 隣をみるとあふれ出しそうな感情を噛み締めるように堪えるククリがいた。

 ククリは女性を見上げる。


(……ククリは凄いな)


 こんな小さい頃からこんなマニアックなエロさが理解出来るのか。

 わたしはすっかり感心してしまった。

 ククリは声をあげた。


「ッ、お母さんっ!!」


 女性は声のした方を振り返る。

 そこにククリの姿を見つけた女性は、手に持った洗濯物をバルコニーに落とした。


「……ッ!?」


 女性は目を見開き両の手で口を覆ったあと、ククリに向かって駆け出した。


「ククリッ!」

「お母さん!」


 ククリは女性の胸に飛び込み、そんなククリを女性は(しか)と抱き止める。


「お母さんッ、お母さんッ!」

「ククリ! この子はもう、いったい……いったい何処に行っていたの」


 ククリにお母さんと呼ばれた女性は、その瞳から涙を溢れさせククリを強く抱きしめた。


 美しい光景だ。

 その尊い光景を目の前にしたわたしは、自分のことが恥ずかしくなって両手で顔を覆った。

 なにがマニアックなエロさだ。

 どうやらわたしはやっぱり、猫耳が関わると相当ダメな人間になるみたいだ。




「どうぞ、お上がりくださいな」


 ククリの母親はそう言ってわたしたちを家に通した。


 そしていま、わたしはククリの母親からお茶をご馳走になっている。

 マリーとベルはなんの遠慮もなしに、ククリの家のあらゆる箇所を物色している。

 まるっきりロールプレイングゲームの勇者みたいな遠慮のなさだ。


(ま、まさか、見つけたものをガメたりはしないでしょうね……)


 ちょっと不安になってきた。

 わたしは二匹の猫たちの挙動を見守る。

 あ、いまマリーが洗い立ての洗濯物に飛び込んだ。

 ベルも!


「マリー、ベル、やめなさい。いきなり人の家のものを物色するなんて失礼でしょー」


 わたしは二匹の猫を制する。

 けれども二匹がわたしの言葉を聞いてくれるはずがない。

 当然のようにガン無視だ。


「うふふ、いいんですよ、ねこ様」


 ククリの母親が柔らかく微笑む。


「す、すみません。うちの猫が……」


 優しそうな女性だ。

 ゆったりとした動作に柔らかな物腰。

 そして猫耳に猫しっぽ――


 もしかしてあれかな?

 聖女さまか何かじゃないのかな、この女のひと。


 聖女さまは名を『マチェテ』さんというらしい。

 この名前を聞き出すまでに、また一悶着あったんだけど割愛だ。

 ともかく何でみんな、わたしを見て泡を吹くのか。

 ほんと失礼しちゃう。


「ねこ様、お茶のほうは、お口にあいませんでしたかしら?」

「あ。い、いただきます。すみません」


 出されたお茶に口をつけるのを忘れていた。

 せっかく猫耳聖女さまが丹精こめていれてくだすったお茶だ。

 飲まねばバチが当たるかもしれない。

 いや、当たるに違いない。


 わたしは恐縮しながらも出されたお茶をひと口、口に含んだ。

 するとジャスミン茶に似た爽快な味わいが口いっぱいに広がった。


「あ、美味しい」


 思わずわたしはそうこぼす。

 わたしは猫耳聖女さま――マチェテに、このお茶は何のお茶か尋ねてみた。

 するとマチェテは、このお茶は森に自生するチュノキという樹木の茶だと教えてくれた。


 なんでも葉を()んで、蒸して、()って、乾かして作るのだそうで、お茶作りは猫族の集落の女性にとって大切な仕事のひとつになっているらしい。


(んー、ほんとにおいしい)


 この世界に来てから水以外の飲み物をはじめて飲んだ。

 このお茶は今後も飲みたいな。

 出来ればあとで、ちゃんとした作り方を教わりたい。


「ありがとうございます。……よかったわ、お気に召していただけたみたいで」


 マチェテが大きな胸を撫で下ろす。


「お代わりもありますから、必要なら仰って下さいね。あ、御茶請けもどうぞ」


 マチェテはそういってわたしの方にズズいと御茶請けを差し出した。


「お茶請け……いただき」


 ククリがお茶請けに手を伸ばす。

 するとマチェテがククリの手のひらを素早く(つね)りあげた。


「いたい。お母さん、いたい」

「こぉら、ククリ。猫神様へのお供え物に手を出さないの」


 お、お供え物?


「い、いいんですよマチェテさん! ククリにも食べさせてあげてください」

「ねこさまも、こう言ってる」

「……んもうッ、この子ってば」


 やっぱりこういうのはみんなで食べた方が美味しいよね。




 わたしは美味しいお茶とお供え物をいただき、人心地つこうとした。

 人間お腹にものを入れると気が緩むのだ。


「あの、ねこ様」

「はい?」

「ククリを連れて来てくださって、本当にありがとうございます」


 マチェテが丁寧に、心の籠もった感謝を述べる。


「い、いいんですよー。っていうかむしろククリには、わたしのほうが助けてもらっているくらいで……」

「だったらいいのですけど」


 頃合いを見計らっていたのか、マチェテが口を開く。


「それでねこ様、この子のほかに、この子の父親のことはご存――」


 ――――コン、コンコン


 室内にノックの音が響いた。

 マチェテは言葉を遮られたかたちだ。

 ノックの主は、なかからの返答も待たずにドアを開け放つ。


「お尋ねしたい。こちらに猫神様は御坐(おわ)しますでしょうか」

「え、ええ。御坐(おわ)しますけれど……」

「失礼。あ、ヒァッ、ヒ、ヒィッ――こ、こここ、こちらが猫神様でいらっしゃられ、あらせられらられますね。わ、私は族長の使いの者ででで」

「落ち着く」


 ククリの言葉に使いの人が深呼吸する。

 この人もか……

 ホントなんなのよまったく、失礼しちゃう!


 使いの人が落ち着きを取り戻した。


「……ふぅ。お、お手間をお掛けしました。コホン! それで、みなさま方、族長がお呼びになっています。恐縮ですが、ご同行をお願いできますでしょうか」


 わたしはやっぱりまだ人心地つくことは出来なさそうだ、と小さく嘆息した。

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