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01 プロローグ

「いったい、何だって言うのよッ!?」


 鬱蒼と生い茂る木々の合間を縫って、わたしは走る。


 昼だというのに辺りはどんよりと薄暗い。

 ここは見上げる空を鬱蒼と茂った木々が覆いかくす深い森。

 所々、わずかに開けた木々の合間から微かに陽が差すことで、辛うじて地表の草花も茂る事を許される。

 そんな深い深い太古の森だ。


 その薄暗い森を走り抜けるひとつの影――


 その人影は紺のセーラー服を身に纏ったわたしだ。

 わたしは両脇に一匹ずつ猫を抱えたまま、足場の悪い森を必死になって駆け抜ける。


 いったいどうしてこんな状況になっているのかは、皆目見当もつかない。

 ただ、今はそんな事をゆっくりと考えている暇なんてない。


 とにかく……とにかく今は、あの化け物から逃げないと!


「――ッ、キャッ!?」


 来た道を確認をしようと後ろを振り向いたとき、木の根に足を取られた。


「あうぅッ!」


 転んだ拍子に二匹の猫を宙に放り出してしまう。


 足場の悪い森のなかだ。

 ここまで逃げてくる間にも、もうすでに何度も転倒している。

 転んで身体をぶつけた箇所がズキズキと痛む。


 けど今はそんな痛みなんかより、投げ出してしまった二匹の猫のほうが心配だ。


「マリー! ベル!」


 思わず二匹の名を叫んだ。

 でも何ということはない。

 さすがにマリーもベルも猫だけあって、見事に空中で身を捻り軽やかに地面に着地していた。


「……よかったぁ」


 わたしはほっと胸を撫で下ろす。


「マリーもベルも、怪我はない?」


 問いかけるわたしに、二匹の猫が応える。


「ニャー」

「ウナー」


 心配してにじり寄るわたしを、二対の円らな瞳が見返してくる。

 かわいい、……とてもかわいい瞳だ。

 わたしに宿る猫ぐるいの血が騒ぐ。


 ――っと、いけない。

 そんなことより二匹の怪我の確認しないと。


「ちょっと足みせてね」


 猫たちの体をチェック。

 よかった……二匹ともどこも怪我をしたりはしていないようだ。


 ……ガサ……ガサ……


 ほっとしたのもつかの間、背後から草木を揺らす音がわたしの耳に届いた。

 反射的に後ろを振り返る。


 まさか――あの化け物が追い掛けて来たの!?

 わたしは完全に腰が引けている。


(……あいつ、……あいつは)


 腰を落とした姿勢のままで、わたしは辺りを注意深く探る。

 振り返ったさきに、やつの気配はない。

 どうやらあの化け物は、追い掛けて来なかったみたいだ。


「……ふぅ」


 安心して二匹の猫に視線を戻す。


(――――え?)


 わたしは、その光景をみて背筋が凍り付いた。


「……あ」


 二匹の猫の背後、そこにある大木。


 ……おっきな樹だ。

 わたしは声をあげることも出来ずにその樹を見上げる。


 見上げた樹――

 樹齢千年と言われても信じてしまうほどの大木――


「……あ、……あぁ」


 その大木には、大木に負けないほどの、大きな大きな蛇が巻き付いていた。




 大木に全身を絡みつけた黒い蛇が、ヌラヌラと光る赤い舌をだす。

 チロチロと獲物を威嚇するように舌をゆらす。


「ッ、なっ、なんで……どうして追いかけてくるのッ……」


 脚がガクガクと震える。

 逃げなくちゃいけないのに、体がまったく言うことを聞かない。

 頭もしっちゃかめっちゃかだ。


 とにかくすぐに逃げないといけない。

 でも、逃げるってどうするんだっけ?

 ああ、こういうときは叫んで助けを呼べばいいんだっけ?

 ……でも誰に助けを求めればいいの?


 まさしく蛇に睨まれた蛙だ。

 結局わたしはどうすることも出来なくなって、その場にへたり込んだ。




 しかし、本当に大きな蛇だ。

 わたしは頭のなかのどこか冷静な部分で考える。


「……あ、あはは……」


 引き攣った笑みがこぼれた。

 あまりにも常識外れなこの状況に、もう恐怖が麻痺してしまっているのかもしれない。


 その大きな蛇は胴周りだけで、直径何十センチにもなる丸太ほどの太さがあった。

 全長なんて、一体どれくらいになるんだろう。

 ……ちょっと想像がつかない。


 大きな蛇は赤い舌をチロチロと出し入れして舌舐めずりをする。

 黒々としてざらついた質感のその鱗は、夜の帳が下りたあとは、完全に闇と同化するのだろう。


 わたしはこんな蛇は、いままで見た事も聞いた事もない。

 南米のあたりにアナコンダとかいう大蛇がいるみたいだけど、この蛇はそんなものよりもきっとずっと大きい。


 いったい全体この化け物は何なの!?

 さっぱりわからない。

 だけど、この蛇がなんであろうと、わたしなんて何の苦もなくペロリと丸呑みにしてしまえるだろう事だけは確かだ。


 わたしは蛇を茫然と眺める。

 すると蛇は、薄暗い森の中でもギラリと光るその双眸を二匹の猫たちに向けた。

 その猫たちは、先ほどわたしが転んだ拍子に放り投げてしまった猫たちだ。

 わたしの、命より大切な猫たちだ。


「……う、うぁ」


 蛇と猫たちとの距離は、わたしとのそれよりもずっと近い。

 この蛇はわたしよりも先に、まず二匹の猫を食べてしまうつもりなのだ。

 猫たちも固まってしまって動けないようにみえる。




「シャーッ!」


 蛇が威嚇音を発した。


 ――そうはさせない。


 わたしは蛇を睨みつける。


 絶対に……絶対に、わたしの猫は食べさせない。


 何があっても、そんなことは許さないッ!!


 へたり込んでいたわたしは、震える脚に力を込めて立ち上がった。


 まだ脚は震えている。

 しかし先程と違って、ガクガクと震えながらも脚は動く。


「うッ、うわあああ! このヘビ野郎ーーッ!!」


 わたしは、わけのわからない叫び声を上げながら、二匹の猫を助けるべく、目の前の大きな蛇に向かって駆け出した。

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