「やめよっか。」
自覚したその日。
それは、希望から絶望へと落とされる日。
ーーーーー
バレンタインまであと三日。
連日の騒めきに併せて、バレンタインが近づくにつれてその騒めきが大きくなっていく、そんな春間近の寒い日。
「ねえ、色葉?今年は何作るの?」
「え?えっと………普通に生チョコかな?」
いつも通りの登下校の道。
雛乃と色葉は歩行者専用道路を歩きながら、そう話していた。
「やったぁ!色葉の生チョコ超美味しいんだよねっ!」
「………でも、生チョコって難しいから。」
「いや。あの完成度はプロ並だよ。」
どや顔で色葉を見つめる雛乃は、目をキラキラと輝かせていた。
色葉はやや引き気味に恐る恐るコクリと頷いた。
「そういう雛乃は?」
「私はねぇー………ケーキポップ!可愛くしてるから期待してて!」
「うん。分かった。」
「へえ。今年はケーキポップか。」
「「?!」」
突然、雛乃と色葉の背後からそう声が聞こえてきた。
二人はびっくりして後ろを振り返る。
否、振り返ろうとした。
色葉は両手で目をふさがれ、雛乃は頭の上に顎を乗せられ頭が動かせない。
「り、りっくん?!」
「玲樹くん………でしょ。」
「クスクス……せーかい」
「へえ、よく分かったね雛乃。」
後ろからやってきたのは玲樹と涼だった。
二人とも悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべてそこに立っていた。
たまたま一緒になった四人は、そのまま学校に向かうことにした。
「チョコ、くれるの?色葉。」
「うん。今私が書いてるのがバレンタイン前後のお話だから。それに、生チョコの材料ちょっと余りそうだし。」
「あ、うん………そっか。」
「い、色葉……ちょっとダイレクト過ぎ……」という雛乃のツッコミが色葉に刺さる。
でも、色葉はそんなの蚊の痛み、という風にスルーした。
正直言って、色葉はそこまで喋るタイプではないので、それを知っている三人は特に気にしない。
大きな話題がなければ色葉に話を振ることもない。
ということで、何事もなく四人は学校に到着したのであった。
「じゃあね、二人とも。」
「バイバーイ!色葉!また後でっ。」
「じゃあね!涼。」
「じゃ」
階段から一番近いD組の前で四人は別れ、涼と色葉はそのまま教室へ。雛乃はC組、玲樹は一番遠いA組の教室へ消えていった。
そんな四人の姿を、複数人の視線が見ていたとは気づかずに…………。
そして、事件が起こったのはその日の昼休み。
色葉と雛乃が食堂にやってきた時のこと。
「今日何にする~?」
「余ってるやつでいいよ。」
カウンターに行く道すがら、そんなことを話していた二人の耳にこんな会話が届いてきた。
「心美は今回のバレンタインどーするのっ?」
「もちろん!本命ただ一人にあげるわっ!」
「心美って彼氏いるんでしょぉ?誰だれッ?!」
色葉達の学年のボス格である三木野心美とその仲間たちが大声で話していた。
通称【ココミ軍団】と呼ばれる十名ほどのグループはかなりの影響力を持っていて、ココミ軍団に逆らえば学校では生きていけないと呼ばれるほど。色葉のように人見知りだったり目立つのが苦手な人たちにとっては脅威でしかない存在だった。
「嫌なのがいるね…………」
「静かにしとこ。」
雛乃も彼女たちは苦手なので、二人は静かに後ろで列に並んでいた。
だが、彼女たちの声は大きいので嫌でも話の内容が聞こえてくるわけで。
「えーーっ?教えてもいいけどぉ、誰にも言わないでねぇ」
「うんっ、もちろん!」
「早くっ!」
「えへへぇ、秘密だよぉ?」
ただでさえ心美はぶりっ子で甲高い声。
勿体ぶりながら話す口調と組み合わされば、かなりの嫌気がさす。
それなのに、次に紡がれた言葉で色葉の顔が一瞬にして完璧な鉄仮面となった。
「あのねっ……………佐瓦くんなのっ!!!」
ピシリと固まった色葉の表情が、まさにモアイのようで。
雛乃の顔も、色葉につられたかのようにピシリと固まった。
数分前までの明るい会話はどこへやら。二人を纏う雰囲気は完璧に凍り付いていた。
「えっ、嘘っ!?すっごぉ~いッ!!」
「さすが心美だねっ!」
「玲樹くんかっこいいもんねぇっ!」
「玲樹君と釣り合うのは心美くらいじゃないのかなっ?」
「えへへぇ、でしょでしょぉ?」
ピシリ、ピシリとその強度を増す色葉モアイ像。
雛乃はその隣で、真っ青な顔をしてあわあわと慌てていた。
そんな二人の様子に気づいるのか気づいていないのか、心美達はその声をますます高くさせる。
(…………恋愛小説王道敵キャラ設定「ぶりっ子女王様」……ほんとにいたよ。)
イライラを募らせる色葉。
そして、それを煽るかのように心美達は話を続ける。
「じゃあ、心美は玲樹君に何あげるのぉ?」
「あのねぇ…………生チョコ!生チョコ作ってみよぉかなぁって思ってっ………」
「きゃあっ!おっとなぁ!」
「味見させてよぉ~」
「だぁ~めッ!食べれるのは………玲樹君だけなんだからっ♪」
そこまで聞いてから、色葉はとうとう耐え切れずに彼女たちを抜かしてカウンターへ小走りで向かった。
「ちょ、待ってよっ」という焦り声の雛乃と、「くすくす………逃げちゃったぁ………」という小さな笑い声が色葉の耳に届く。
脇目も降らず、セット定食を貰って空いている机へ座る。
数十秒ほど遅れてやってきた雛乃は、少し息を切らしながら色葉の前の席に座った。
「だ、大丈夫?色葉。」
「うん。大丈夫だよ。」
「ほ、ほんとに?明らかにやば……」
「大丈夫だよ。」
あまりにも機械質な声に、雛乃もたじたじになる。
ここまで不機嫌な色葉を雛乃は見たことがなかった。
ロボットのように手を動かす色葉の頭の中では、いろんな感情がぐるぐると渦巻いていた。
(こんな心、ホントに知らない。あー……最悪。)
雛乃は、そんな色葉を見つめて心配そうにご飯を食べ始めた。
ーーーーー
「おーい色葉?どーしたの?」
近頃の習慣になっていた二人一緒の下校でも、色葉は不機嫌だった。
雛乃に言ってみれば、いつもよりもかなり不機嫌らしい。
「何でもないよ?」
「いや、なんかあるでしょ。絶対。」
「何もないよ?」
「……………ほんと?」
「うん。」
先ほどからこれの繰り返しである。
しかも、まだ学校付近のため、玲樹は未だ"表"のままである。
これも色葉のイライラを増加させていた。
「じゃあさ。俺の目見ながらでも、それ言える?」
「……………。」
突然低くなった玲樹の声に、一瞬、機械と化した色葉の歩幅が乱れる。
でも、立ち止まった玲樹を振り返り、色葉はこう告げた。
「…………玲樹くん、三木野さんと付き合ってるんでしょ。」
「…………は?」
「知ってるから。今日、聞いた。」
「……何それ。」
だからさ………
やめたほうがいいよね。
ニセモノごっこ。
一目散に駅へと向かった色葉を、玲樹は追いかけることができなかった。
王道系ですみません(´;ω;`)