簡単には堕ちません
「ね、玲樹。」
「ん?どしたの?」
「……………入るの?」
「え、うん。」
電車に乗って二十分。
二人はとある遊園地のアトラクション前にいた。
「………やだよ。行きたくない。」
「だいじょーぶだって!」
顔を青ざめる色葉は、玲樹の後ろに隠れて小さく震える。
いつもの色葉とは大違いの姿だった。
玲樹は、よしよし…と色葉の頭を(本能的に)撫でるとにっこりと笑って言った。
いや………ただの笑顔ではなくかなり悪魔的な笑顔だったが。
「じゃ、行こっか!(にっこり 」
「いやああああ!!」
色葉の手を取ると、玲樹は彼女をお化け屋敷に引っ張り込んだ。
悲鳴に似た叫び声は、色葉が屋敷の中に消えるまで続いていた。
数十分後。
「………………大丈夫、色葉?」
「………………………。」
お化け屋敷から出てきた二人は、近くのベンチに座って休んでいた。
まだ一つ目のアトラクションだというのに、色葉は真っ青な顔でベンチに座っている。
それは、色葉はお化けが大の苦手だからだ。
「ごめんって。悪気はなかったんだけど、つい……………」
「もう…遊園地嫌いになりそう……………」
ほぼほぼ魂が抜けたような表情で色葉はそうつぶやく。
玲樹は、そんな色葉の姿を見ながら苦笑いが少し混じった笑顔を向ける。
自動販売機で買ってきたぶどうジュースを渡すと、色葉は小さめの黒いリュックサックから通常ノートの半分くらいの大きさの手帳を取り出して、ジュースを飲みながら何やら書き込み始めた。
「なに書いてるの?」
「…………情報?…………忘れないうちに書いておけば、後あと助かるから。」
「ふうん。」
青いその手帳はやや使い古された後があって、他のページにもたくさんのメモが残っている。
それはすべて、色葉が物語を書くときに使い、使ったものだった。
「色葉ってさ、」
「……ん?」
「ジェットコースターとかって行けるっけ?」
冬には珍しい、少し暖かいお昼時。
二人の幼馴染の安らぎの時間。
結局、色葉と玲樹の意見は半分ずつ採用され、お化け屋敷以外のアトラクションで二人は思いっきり楽しんだ。もちろんジェットコースターを完全制覇したせいか、色葉は数十分の休憩を要したが。
だが、玲樹はかなり楽しむことができたようで、終始笑顔を絶やさなかった。
そして、あっという間に時は過ぎ、夕焼けが目に染みる午後の終わり。
「ありがとう。いい情報収集が出来たよ。」
「あはは…………情報収集なんだ……」
何のためらいもなく色葉がそう玲樹に告げる。
玲樹は苦笑いしてそれに応じた。
駅から二人の家は丁度東側と西側に分かれている。
それに、色葉の家は駅から数分以内で必ずつく。そのため、二人は駅で別れることにした。
「ね……玲樹くん。」
「ん?なに?」
「……………レイくんには好きな人、いるの?」
その時。ふいに色葉がそう問いかけてきた。
ピクリ。
玲樹の動きが止まる。
「………………なんで、そう思うの?」
「なんとなく。彼女さんがいたら、この契約は迷惑だろうから。」
沈黙を破り、玲樹は仄かに笑い答えを出した。
「………いるよ。」
「……やっぱり。」
その答えに、色葉は肯定の言葉を返答した。
驚いたのは玲樹の方だった。
「え………なんで、"やっぱり"?」
「…えーと…なんとなく、かな?」
色葉には珍しいあやふやな回答に玲樹は首をかしげる。
だが、少し疑問に思っただけですぐにそれを振り払った。
「それって、誰か教えてくれるとかない?」
「へ………?!」
「…………やっぱり、無理だよね。ごめん…また明日。」
玲樹の答えにやや落ち込んだような表情を浮かべ、色葉は手を振って駅前の広場から出ようとする。
ひらひらと小さく振られた手は、下にゆっくりと落ちる前に玲樹に止められた。
取られた手を静かに引っ張られ、色葉の身体は後ろに倒れる。
でも、途中でぽふっ、という布の擦れる音と共に何かに当たって降下が止まる。
色葉の瞳がぱっちりと大きく見開かれる。
「……………………ヒント。」
そんな小さな声が色葉の耳に届いてきた、ような気がした。
瞬間。
二人を纏う時間だけが、三秒だけ、止まった。
『はあああああああああ!?』
その日の夜。
色葉のスマホからは雛乃の絶叫が大ボリュームで流れていた。
「……………雛乃、うるさい。」
『……はあ……はあ………ほんとに?……マジで………?』
ぷくっと頬を膨らませながら非難すると、雛乃はそれをスルーして取りあえず問いただしてくる。
色葉は大きくはあっ、とため息をついて言った。
「そう…ってさっきから言ってる。雛乃しつこいよ?」
『いやホントごめん。…………でも、ホント意外過ぎて………wwww』
「??そうなの?でも、玲樹くんって好きな人いるって…………」
『あー…それはねー………関係ないというか関係あるというか………』
「…………どういうこと?」
眉根を寄せて、色葉は雛乃に聞く。
笑い声の絶えなかった雛乃の声がその問いによって消える。
雛乃は少し悩むような間をあけて、こう言った。
『んー…………まあそのうち分かるよ。バレンタイン、あげるんでしょ?』
「うん。久々に。」
『その時に分かるよー!私も色葉のチョコ、楽しみにしてるね!』
「わ、分かった…………じゃあ、また明日。」
『うん、また明日~!』
ガチャン、ツーツー
通話終了の合図と画像を見て、色葉はそのままベッドに倒れこんだ。
ぼふっという音が静かに去っていく。
そして幾度も瞬きを繰り返す。
脳裏に浮かぶのは、玲樹の顔。
(なんで、レイくんの顔が出てくるんだろ…………)
ぼんやりとした考えは、ますます色葉の思考を溶かしていく。
ーどういうこと?
ーレイくんは、単なる幼馴染
ーあの時の感情は……単なる子供の一時の流れによるもの
ー人を信じたら、どうせ何にもならない
ーじゃあ、雛乃は?
ー涼は?
ー……レイくんは?
ー信じてみる?
ー信じてどうするの?
ー裏切られたら?
ー………いいじゃん。たまには。少しくらいは…さ。
ーじゃあ、この感情は………なに?
ー数年前に、捨て去ったはず。
ー実は削除しきれてなかったんじゃないの?
ーふうん。
ーそっか。
ーそれなら分かったよ。この感情の名前
ードキドキして、君の顔が思い浮かぶ
ーそう
ーそれは
" 恋 "
でしょ?