交錯する感情
「涼。」
「………ん?なに?」
その日の放課後。
いつも一緒に帰っている二人は、今日も一緒に電車に乗っていた。
この時間帯の電車は、帰宅ラッシュ前の静けさのようで、席に座るのも楽だった。
「涼の仕業……というか、どうせ溝手の計画だろ。絶対。」
「なんのこと。」
「………即答かよ。」
ジト目で本を読む涼を睨みながら、玲樹は口を横一文字に結ぶ。
不満げに呟く玲樹の目元は、言葉や声と反してほんのりと赤く染まっている。
すると、涼は横目で玲樹を見つめ小さく笑った。
「別に、面白そうだし。雛乃の計画に参加するメリットもある。」
「何が!?」
完璧に悪魔と化した親友を玲樹は呆然と見つめる。
「レイこそ。下心は持たないほうがいい。ただでさえ…………な。」
「下心なんか持ってないし。大丈夫ですよー。」
「ほんとか?」
ぷっ、と見せつけるように笑うと、再び涼は本の内容へと視線を落とした。
バックの中から黒ぶちメガネとスマホを取り出すと、玲樹も家の近くの最寄駅まで、時間を過ごすことにした。
でも、玲樹の頭の中には、あの休み時間での色葉との会話がリピートしていた。
『偽物ごっこ………ってなに?』
『…………両思いの気持ちが知りたいから。少しの間だけカレカノごっこをしてもらいたいの。』
『なんで、両思いの気持ちが知りたいの?』
『お話の材料にするから。』
高校に入ってから、というよりか今の学校に入ってから、玲樹と色葉はあまり話すことがなくなった。
同じクラスになったこともこの四年間全くなく、どことなく疎遠になっていたのだ。
それは、あったら挨拶くらいはするのだが、ちゃんとした会話らしい会話はほとんどしていない。
ぼんやりとした記憶の中、スマホの画面から目を離して、向かい側の車窓の景色を見つめる。
夕焼けに照らされた白い雲は真っ赤に日焼けしていて、山は真っ黒になっている。
(…結局、よく分かんない。色葉は…………どんな気持ちで俺に頼んだんだ?)
黙って夕焼けの景色を見つめる玲樹の姿を、涼は少し不安げな視線で見ていた。
ーーーーー
「………………おはよ。色葉。」
「………おはよう。」
次の日の朝。
電車の中でばったり会った色葉と玲樹は、
玲樹→少し笑って
色葉→やや警戒気味で
互いに挨拶をした。
朝はどうやらちょうど満員電車に当たってしまったようで、二人がばったり車内であったのはまさに奇跡といえるだろう。しかも、色葉の身長は165cm前後、玲樹は175cm前後。人に押されれば自然とドアの方まで寄せられ、玲樹が色葉に覆いかぶさる体勢になるわけで。
普通なら女子はキュンキュンするシチュエーションだが、色葉は一味違う。
平然とするどころか、無心で窓の外を眺める色葉。
その様子を、玲樹はやや複雑な瞳で見つめていた。
しばらくして、学校近くの最寄り駅に着いた。
人の波に流されながら、二人は駅から出る。
「ねぇ、色葉?」
「…………なに?」
「昨日言ってた『偽物ごっこ』………何か、ルールとかある?」
「…ルール?」
心底意外、という表情で色葉は横を歩く玲樹を見上げる。
少し考えるような顔を浮かべてから、色葉は言った。
「……学校の人に知られないこと。期限はバレンタイン前後まで………とか?」
「………それくらいでいいの?」
お互いに驚いた表情を浮かべると、道端に立ち止まった。
ずれてきた通学カバンの黒い革紐を肩にかけなおすと、色葉はもう一度呟いた。
「じゃあ……………両思いの気持ちが確認できたら、すぐに元の関係に戻る。」
「……………ふうん。」
一瞬、玲樹の顔ががっくりと残念がるような表情に変わる。
だが、すぐにいつもの笑顔に戻ると、玲樹は頷いた。
「了解!」
今度は色葉の顔がさみしそうに変わったが、無表情でコクリと頷き返した。
そして、学校までの道のりを静かに向かった。
「ねぇ、色葉?………デート、してみる?」
「……え?」
桜の花びらが遠く感じる、そんな冬の日。
ーーーーー
数日後のとある日。
色葉と玲樹がいつも使用している駅の前にある二匹の猫像の前に、私服姿の玲樹の姿があった。
黒縁眼鏡をかけた玲樹は、こげ茶のマフラーを巻き、黒色のニットにジーンズを着て像の近くに腰かけていた。
片手にはスマホ。周りの人達は、ちらちらと玲樹を見ながら駅へと向かう。
「玲樹くん。」
「………遅かったね……って……っ?!」
そんな玲樹に声をかける、少女が一人……………。
サラサラの黒髪にぱっちりの大きな目。
白ニットのワンピースの上に藍色のコートを羽織るその少女は、玲樹に小さく微笑んで言った。
「ごめん。遅れた。」
その少女………つまり色葉は、玲樹のもとに駆け寄って真っ直ぐに玲樹の目を見つめる。
見つめられている玲樹は、斜め上に視線を追いやって、ぼそぼそと呟いた。
「…………大丈夫だから。」
すーはー、と深呼吸すると、玲樹はまたいつもの笑顔で言った。
「じゃあ、行こっか!」
「…………うん。」
そう頷くと、色葉は駅に向かった玲樹の背中を追いかけるように構内へと向かった。