両思いの気持ち
頑張って書いちゃいます!
人は苦手だ。
最初は警戒しながら接し、いい人だと分かれば急に優しくなり親しくなる。
でも、そんな相手でも簡単に裏切る。
そんな思いは、もう嫌だ。
ちょっと違うだけで傷つけられる感情なんて隠してしまって、静かに暮らしていたい。
それが、私の人生。
二月。
この時期は、女子達がそわそわとチョコレートを用意したりと忙しい時期。
ただ…………例外である少女がここに一人………。
「ね、雛乃。」
「ん?」
「チョコって、作らなきゃだめなの?」
「……………へ?!」
二時限目と三時限目の間の十分休み。
光ヶ丘中高一貫校の高等部二年生、菜河色葉は、小学校来の幼馴染である親友の溝手雛乃に素っ頓狂な声を上げさせた。
雛乃と色葉は別々のクラスで、雛乃は授業が終わって一分以内に色葉のクラスにやってきたのだが、開口一番色葉が放ったのが冒頭の言葉である。
「い、色葉?今更?今更それ聞いちゃうの?」
「うん。だって、私毎年雛乃にしかチョコあげてないし。」
「な、何があったらそんな問いができるの………………一体私の色葉に何があったのよっ!」
「???…………なんか、今年はすごいたくさんの人から『チョコくださいっ!』って言われて…………。」
「なっ…………………わ、私の色葉に近づく輩はどこのどいつよっ!……りっくん!!!!」
色葉が小さく微笑んで、雛乃に言う。
雛乃はあからさまに感情をあらわにして怒る。そして、ロッカーに荷物を取りに来た小学校・中学校時代と同級生で雛乃の幼馴染の津島涼に突っかかった。
「まさか、私の色葉をたぶらかそうとした輩にりっくんが入ってるわけじゃないよね?!」
「……………いきなり来たな。んなわけあるかよ。ってかその呼び方やめろ。」
雛乃は教室内に入らない程度に涼に迫る。
やや軽蔑を含めた非難のような目を向けて、【D組の影の首領】と呼ばれる涼は自分の席に戻っていった。
その後ろ姿を静かに見つめてから、色葉は雛乃に向き直った。
「大丈夫だよ、雛乃。私なら心配しないで。」
「ダぁーメッ!!雛乃はわかってないの、自分の可愛さが!!」
雛乃はこう言ってはいるが、そう言う雛乃も校内ではかなりのアイドル的存在だ。
肩で切りそろえられたこげ茶色のミディアムヘアに大きな瞳。
白い肌に長い手足。加えて明るくて人当たりがよく、学級委員を二年務めている。
でも、本人は自覚していないが色葉もまた同じ。
校則で一つ結びにはしているが、本来は腰辺りまである艶やかな黒髪と小さな顔に大きな瞳。
全体的に小柄な身長に真っ白な肌に長い手足。やや人見知りだがそこに萌えを感じる男子がいるのだろう。
「とりあえず、色葉は気を付けてね?特に、怪しい男にはついていっちゃだめ!!」
「う、うん。」
雛乃がびしっという効果音が付きそうな勢いで色葉を指す。
さされた本人は、やや戸惑いつつも小さくうなずいた。
ーーーーー
本鈴三分前。
たわいない話をしていた二人だが、突然色葉が真面目な顔で雛乃に問いかけた。
「ねぇ、雛乃…………【両思いの気持ち】って、どんなの?」
だが、その問いかけは呟きに等しく、
「……………ふぇ?…ご、ごめん、もっかい言ってくれる?」
雛乃は一回で聞き取れなかった。
色葉はもう一度雛乃に伝えようとするが、本鈴二分前。「着席チャイム」を心がけるこの中学では二分前には席に着席していなければならない。しかも、雛乃は学級委員。率先して着席チャイムをしなければならない。
雛乃は色葉に謝りつつ、隣のクラスへ戻っていく。
ややがっくりと肩を下しながら、色葉も自分の席へ戻っていった。
お昼休み。
色葉はいつも通り、二階にある図書室へ向かう。
いつもならついていく雛乃は、珍しく三階に留まり、涼を呼び出していた。
「………で?用件はなに?」
「………………りっくんに協力してほしいことがあるの。」
面倒くさそうに涼は言うが、対して雛乃は心底真面目に、真顔で涼に言った。
「はあ?何を?」
「……………今こそ、あの二人をくっつける時が来たのよ!!!」
「?!」
だが、雛乃の言葉と、端正な顔に浮かんだ微笑を見て表情を変えた。
涼の口元も意地悪くにやりと細まり、雛乃のほうを改めて向いた。
「へぇ…………それで、作戦は?」
悪魔と化した二人は、渡り廊下の先の四棟三階の踊り場で不気味な笑い声をあげる。
雛乃はにっこりと笑い、"作戦"を告げた。
「三時限目と四時限目の間の休みで、色葉が私に『両思いの気持ちってなにかな?』って、そりゃあまあ可愛らしく聞いてきたのよ!」
「変態化してきたな、雛乃。」
「うるさい!……………まあ、それはおいといてさ。
色葉のお願いなら、私は喜んで引き受けたいのよ。だから、十年間、私達がもどかしく見守っていた二人をついでにくっつけちゃおう!って思って!」
「ふうん……………それで、どうするの?」
「とりあえず、今日の下校時間、私がそれとなく提案させて、色葉に誘わせるの!それから、うまく取り計らうのが私たちの役目!!!」
「あー……分かったから落ち着こうな。人が来たら面倒。」
目を生き生きと輝かせ、涼の注意喚起を無視して雛乃は高らかに叫んだ。
「その名も!!【そろそろあの二人、くっつけちゃいますか作戦】!!!!!」
ーーーーー
「ねえねえ色葉!」
「なに?雛乃。」
「休憩の時に言ってたやつ、いいこと思いついたんだ!」
ピクリ。
色葉の肩が一瞬跳ねた。
「あのね、実際に疑似恋愛してみたらいいんだよ!」
「……………へ?」
色葉が訝しげな表情で素っ頓狂な声を上げる。
が、ぐっじょぶ!と親指を立ててグーサインをし、雛乃はにっこりと満面の笑顔を浮かべる。
のんびりと歩みを進め、雛乃は駅までゆっくりと向かっていく。
「だってさ、他の人にインタビューするのもいいけど、自分でその気持ち感じたほうがいいと思うんだぁ。」
「…………でも、私付き合うとか……無理だよ…………それに、今の私に恋なんて必要ない。」
「大丈夫!知り合いに頼めばいいでしょ?」
「…………じゃあ涼に頼む。」
「それはダメ!!!」
ぶくっ、と膨れてから、雛乃はにやりと笑って言った。
「だからぁ………"レイ"に頼めばいいでしょ?」
その単語に、彼女のポーカーフェイスが剥がれ落ちた。
レイ………佐瓦玲樹。
色葉と雛乃の幼馴染で、現在はA組にいる同級生でかなりの人気者の男子だ。
数秒で復興した無表情で、色葉は雛乃に問いかけた。
「なんで………玲樹くんなの?別に他の人でも…………」
「だって、色葉人見知りだし。知り合いなら大丈夫でしょ?」
「そういう問題じゃない。それに玲樹くんには……………」
「ん?レイには……なに?」
「………………………何でもない。」
にっこりと微笑み、色葉の反論を一蹴する雛乃。
そして、色葉はむぐっ………と口をつぐみ、黙り込んでしまった。
だが、その表情を見てさすがに「まずい」と思った雛乃は、フォローをする。
「あ、あのね?私としては色葉の"仕事"に協力したいの。でも、私じゃよく分からないから………それに、実際に体験したほうが書きやすいんだって、前言ってたから………でも、いやなら別にいいんだよ?単なる提案だからさ。」
「………………………大丈夫。ありがとう、雛乃。」
無表情に笑顔を浮かべると、色葉は定期を使って構内に入る。
雛乃は、少し不安げな表情を浮かべながら色葉の後を追いかけた。
ーーーーー
次の日。
ギュッ、
色葉は、二つクラスを挟んだA組の教室の前にいた。
掴んでいる袖は、玲樹のものだった。
「…………佐瓦くん。ちょっといい。」
「………………ん~?いいよー?戸屋野ー、ちょい先行っててー!」
「おけおけ~!」
明るくクラスメイトに声をかけると、玲樹は色葉に小さく笑いかけた。
そんな玲樹を見ずに出来るだけ表情を殺し、色葉は袖を掴んだまま玲樹を引っ張って人気のない階段付近に向かった。
玲樹は黙って後をついてくる。
人の騒めきがやや小さくなったことに気づくと、色葉は口を開いた。
「少し、協力してほしいことがあるんだけど。」
「……………なにを?」
低くなった声をスルーして、色葉はここでようやく玲樹の目を見つめた。
真っ直ぐに見つめる彼女の視線に、玲樹は表情を固めた。
「…………偽物ごっこ。」
これは、そんな木枯らしの吹く冬の、二人の静かなカクシゴトのお話。