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自作小説倶楽部 第13冊/2016年下半期(第73-78集)  作者: 自作小説倶楽部
第73集(2016年7月)/「天の川」&「灯(カンテラ)」
7/43

06 E.Grey 著  天の川 『源平館主人2、公設秘書・少佐』

あらすじ

東京オリンピックが開かれる少し前のこと。長野県を地盤にした代議士・東京のセンセイ。その公設秘書は切れ者で知られる佐伯祐だ。「センセイが大将なら佐伯は参謀だからさしずめ少佐だろう」ということで地元は「少佐」とあだ名した。東京-長野を往復中に起きた事件は婚約者三輪明菜の協力のもと佐伯が解決する。

    02 天の川

.

 岩石で囲った浴槽を東屋の屋根で覆ったような露天風呂。できればだが、二人風呂の縁に両手で頬杖をついて並び、天の川をながめたいものだと思ったのだが、私のロマンチックな願望は打ち砕かれてしまった。

 私は半ば卒倒しかけた婚約者の鼻血をタオルでふいてやる。

「佐伯くん、佐伯くん、戦術的撤退だ」

 佐伯は、眼鏡美少女系・ナイスバディーな私の裸に馴れて鼻血もださないくせに、滅多におめにかかれない、長い髪の子、短い髪の子、お尻が大きい子、小さい子。ぽっちゃりな子、細い子、いろいろいる素っ裸の幼馴染軍団に囲まれた佐伯は鼻血をチュルチュル噴射していた。

 幸せかね?

 しかしいつまでも混浴風呂でアホダラ漫才をやっているわけにはいかない。私は貧血で死にかかった佐伯をサルベージして男子脱衣場に放り込んだ。よほど佐伯が脱衣場で倒れていないか心配したのだが、そこまでヤワではないらしい。助平め。タオルで鼻血を拭き吹き浴衣に着替えた佐伯が廊下にでてきたときのこだった。

旅館の奥で銃声が響き渡った。

 帳場をちょっといじってフロント・カウンターにした脇には狸の置物がガラスケースに収められていた。さすがにソロバンはつかっていなかったが、レジは木製だった。杉板の床は、従業員総出で米糠を布袋に詰めて毎朝磨いているらしく、飴色の光沢があった。

 旅館従業員の男はTシャツにステテコ、女は着物、その上から背中に「源平館」と書かれた黒のハッピを羽織っていた。階段を昇ったり下ったり、銃声をきいた旅館従業員や泊り客たちは文字通り上へ下への大騒ぎになっていた。

 女中さんの一人をつかまえて事情をきくと、私室で源平旅館主人・津下吉秋が自殺したというのだ。私室というのは書斎で一階にある。ドアはロックされていて外からは入れない。しかし、いま私たちが入れたのは銃声を聞いた番頭さんが女将さんの許可をとってタックルをかけ、ぶち破ったからにほかならない。

 案の定、津下氏は赤いカーペットの上に血だまりをつくって突っ伏していた。右手には拳銃が握ってあった。

 津下幸枝。

 ほっそりとした色白うりざね顔をした源平館のオーナー夫人である女将がご主人を抱き寄せようとしたのだが、佐伯は無表情に、「お気持ちは察しますが、警察がくるまで現場を荒さないほうがいいでしょう」といった。

「あなたは?」夫人がきいた。すると番頭さんが、「東京の島本センセイのところで公設秘書をしている佐伯さんですよ。《少佐》っていったほうが早いでしょうけど」

 津下次郎というのが番頭さんの名前だ。ちょっと猫背で遠目にみると穴熊みたいな格好にみえた。

 夫人は挨拶をする前に失神し、番頭さんが背中をむいて倒れかけてきたのを支えて後頭部を敷居にぶつけるのを防いだ。

 佐伯は野次馬たちをシャットアウトして遠巻きに部屋の様子と遺体を観察していた。

 津下氏の手には北支南部十九式拳銃が握られていた。旧軍がつかっていたというドイツ・ルガー拳銃をコピーしたものだ。北支というのは旧日本軍が占領していた中国北部で生産されていたことを意味している。七連発ホルスター方式を採用した大戦末期のものだ。

「なんでまた、こんなものを所持していたんだ?」佐伯が私をみやった。

 主人の弟にあたる番頭さんにいわせると津下吉秋氏は大戦中、帝国陸軍少尉だったのだそうだ。ポツダム宣言受託後、国民党政府軍に投降した際、武器の一切を供出し捕虜収容所に入り、それから、引き揚げ船に乗って帰国してきたとのことだ。

「明菜クン、真田さんに連絡してくれたまえ」

 三十分ばかりして、役場近くの集落に駐在所を構える駐在さん・真田巡査部長が、診療所の先生と一緒にギコギコ自転車ペダルを漕いで駆けつけてきた。

「見事なる拳銃自殺!」

 長身ではあるがヒョロヒョロとした口髭の医師が、体温を測り遺体を裏返してみて服を脱がせ死斑の状態をみやってから時計をみた。それでちょっとためらってから、「一時間以内での死亡というところでしょう」といった。

「一時間?」

 佐伯は、医師が検死のため切り裂いたシャツの状態をみやった。それから遺体の肌に直接触れ、拳銃をもった手をみて何度も首をかしげてみせた。

 番頭さんはご亭主の死でショックを受けた女将は女中に預けて寝室に運ばせていた。

「佐伯さん、どうなさったんです?」医師同様に痩せているところまでは同じだがちょっと小柄な真田巡査部長がきいてきた。しかし、 佐伯はその問いには答えず後ろにいた番頭さんにきいた。

「あ、番頭さん、旅館の御主人は左利きでしたか?」

「どうしてそれを?」

「拳銃を持っている手は右手ですが、親指の爪を観察すると、左手の爪のほうが大きい。つまりご主人は右効きで怪我をしたというわけでもないのに、左手をつかって拳銃トリガーを引いたわけです。なぜか? 答えは一つしかないですよね」

「つまり他殺というわけですな」初老の巡査部長がきいた。

 蒸せる夏の夜の出来事だった。

 私と佐伯は空気を吸いに一度外へでた。

 漆黒の空には天の川がみえた。

 (つづく)

//登場人物//

.

【主要登場人物】

佐伯祐(さえき・ゆう)佐伯祐(さえき・ゆう)……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。

三輪明菜(みわ・あきな)三輪明菜(みわ・あきな)……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。

●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。

●真田巡査部長……村の駐在。

.

【事件関係者】

●津下吉秋……源平館主人。

●津下夫人……吉秋夫人、源平館の女将。

●津下次郎……吉秋の弟、番頭。

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