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自作小説倶楽部 第13冊/2016年下半期(第73-78集)  作者: 自作小説倶楽部
第73集(2016年7月)/「天の川」&「灯(カンテラ)」
6/43

05 柳橋美湖 著  灯 『北ノ町の物語 灯火』

【あらすじ】

 東京にある会社のOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。

 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わしがt 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。

    26 灯火

.

 ご機嫌いかが、鈴木クロエです。

 お爺様は、デジカメで写真を撮る割には、従兄の浩さんや私をモデルにしてスケッチをしたことはさほど多くはありません。出入の弁護士・瀬名さんがおっしゃるには、「先生は彫刻家がプロであるように、モデルもプロであることを要求していらっしゃるんだ」とのことです。

 とはいえプロのモデルさん以外に家族・友人のスケッチが少ないかといえばそうでもなく、まず画学生時代のスケッチは家族・友人がやたらに多いですね。婚約者だったお婆様のヌードは圧倒的な数で、スケッチブック二十冊を超えていました。

 絵画を描く場合陰影は重要で照明効果のいかんではまったく別個の作品になるといっても過言ではありません。お爺様は彫刻をはじめる際、モデルを五方向からスケッチブックに描きます。それが設計図となり、素材となる大理石や木を彫りつつ、何度も描き直してゆき、だいたいの形が仕上がるのです。

 さて、海の日がかかった週末のことです。

 日中の陽炎の名残りで熱帯夜になっている東京・隅田川の川縁で花火が次々とあがる最中をくぐり抜ける夜行列車に乗り、逃げ出すように北ノ町へ行きました。

 丘の上に建てられた牧師館を改装したコテージのようなお爺様のお屋敷二階にある母の部屋に荷物を下ろし、お手伝いにきてくださる近所の小母様が準備してくださった、コンチネンタル風の朝食を口にしたあと、珍しくお爺様が私をモデルにした絵を描いてくださいました。

 白いバルコニーのむこう側には漁師町と小さな港。そこから青い水平線にむかってクルザーがでて行くのがみえます。そのバルコニーの窓のところに古びた椅子を持ってきた、お行儀よく座る私です。

 朝顔が開いたような真鍮製拡声器がついたレコード・プレーヤーは木製でぜんまい仕掛け。そこにセルロイドのレコードを仕掛けて聴かせてくださいました。ちょっとノイズが入っているかなり昔のレコード。レコード針とか今は生産されていないだろうから、よほど大事にしていることが理解できます。

「クロエ、おまえのお婆様の歌だ」

「え、歌手だったの?」

「歌手とはいっても、クラッシク、声楽ってやつだ。あくまでも学業のついでだったがね」

「オペラ歌手を辞めたのは結婚のため?」

「まあ、そういうことだな」

 従兄の浩さんのピアノがプロ級な理由が分かった感じがします。これは遺伝なんだと。

 父と母の結婚は駆け落ちも同然。けれどもそのころにお婆様は他界したとのことだから、当然まだお会いしたことがありません。曲名は「カチューシャ」表と裏に日本語バージョンとロシア語バージョンがそれぞれあった。甘く伸びやかで素敵でした。

「レコードになったのはそれ一枚だったんだが、地方ラジオで何回もリクエストされたものだ」

 そんなふうに、とても自慢げにお婆様を褒めていました。

 お爺様は、日中、私を軽く一枚スケッチして、夜にもう一枚描きました。一枚めは彫刻用に、二枚めは記念にですって。

 陽が落ちるとご近所の子供たちでしょうか、浜辺のほうから花火をする音がしていました。夕食後の一階居間の天井には燭台があって、

 それをつけるとコントラストがはっきりした感じになりました。季節の果物は、パイナップル、青りんご、桃。さらに夾竹桃の花を添えてバスケットに収め、膝に抱いて椅子に腰掛けました。

 お爺様が私をモデルに描くとき、必ずといっていいほどリボンをつけたブラウスにロングスカート、パンプスといった格好になってしまいます。

 そこでふと、お爺様のスケッチブックには浩さんや瀬名さんが描かれていることを思い出しました。男性ものの裸をメール・ヌードといいますが、けっこうありました。

 スケッチブックに木炭を定着させるスプレー式の糊フィキサー・チーフをかけ、そこから照明を白熱球に変えたお爺様は、モノクロ写真に着彩する要領で薄い色から、薬指をつかって水でといだ梅皿の水彩絵の具を塗って行き、布やドライヤーをつかって、手早く仕上げました。

 お爺様はやはりプロです。紙の白地をうまくつかって、照明を効果的に表現していました。

 立ったもの、座ったもの、寝かせたものと、照明アングルを変えて、スケッチブック十冊分くらいありました。

「女性モデルは話がつきやすいのだが、男性モデルは少ない。理想的プロポーションをもった者は概してブルーカラーに多く業界に少ない。しかし幸いなことに儂の身近におるのでな……」

 浩さんや瀬名さんを描いたスケッチブックの絵には、槍をもったもの、弓をひいたもの、縄梯子をのぼったもの、さらには馬に乗ったものまでありました。

 アルバムを開くと女学生時代のお婆様、画学生時代の画廊マダムが並んで撮影されている写真もありました。

 山間部の廃校校舎にありそうな木造二階の建物だった。

「音楽スタジオだ。お婆様のレコードはそこで録音したんだ。それを祝ってマダムが駆け付けて祝いの花束をくれたんだ」

 なるほど花束を持っている。

 あの、お爺様、お爺様……。私のヌードは描いて下さらないの? なんなのだろうこのジェラシーは。

「照れる」お爺様が私を描きあげたときにポツリといいわけしました。ちょっと頬が赤い。

 え?

 by Kuroe.

【シリーズ主要登場人物】

●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。

●鈴木三郎/御爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。

●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。

●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。

●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。

●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。

●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

●白鳥玲央/寝台列車で出会った謎めいた青年。

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