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自作小説倶楽部 第13冊/2016年下半期(第73-78集)  作者: 自作小説倶楽部
第76集(2016年10月)/「米」&「笛」
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04 紅之蘭 著  笛 『ハンニバル戦争・エピソド』

【あらすじ】

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紀元前三世紀半ば、第一次ポエニ戦争で共和制ローマに敗れたカルタゴは地中海の覇権を失った。スペインすなわちイベリア半島の植民地化政策により、潤沢な資金を得たカルタゴに、若き英雄ハンニバルが現れ、紀元前二一九年、第二次ポエニ戦争勃発が勃発。ハンニバルは、ローマ側がまったく予期していなかった、海路からではなく陸路を縦断し、まさかのアルプス越えを断行、イタリア半島本土に攻め込んだ。そしてカンナエ会戦で二倍近いローマ迎撃軍を壊滅させた。

 横笛の音が海岸線の街道に鳴り響いている。その笛に合わせて、ローマ人百名が北にむかって歩いていた。シャツに半ズボン、そしてサンダル、武装解除されているため鎧やら短剣といったものは身に着けていない。戦場から母国に帰還するといのに、彼らは、意気揚々としているとはお世辞にもいえなかった。――というのも凱旋ではないからだ。背後には同数のカルタゴ軍兵士たちが、騎馬にまたがって監視していたのだ。 

 カルタゴ共和国イベリア総督ハンニバル。若き隻眼の将軍の軍勢は、冬山のアルプス山脈を越えてイタリア半島に雪崩れ込んできた。むかうところ敵なし。ローマ軍を蹴散らし、ついには、カンナエ会戦勝利によって、雌雄を決したと思われた。

 この時点で、ハンニバルは、何枚かあるカードのうちの一枚を切った。――まずは上策。捕虜を手土産に講和条約を結ぶのだ。

 元老院議員コルネリアスは、ローマ共和国興廃を決するだろう、カンナエ会戦に、百人隊長として志願した。すでに兵役を終えているので、義務でもないし執政官(将軍)としてはなく、ただひたすらに、愛国心から参加したのだ。同じような志の議員仲間が八十名もいた。ただ、呪わしい会戦で皆が討死してしまい、自分が捕虜の全権を与えられて、交渉の場に臨むことになったのだ。

 カルタゴ側にも事情があった。食糧事情だ。ただでさえ自軍五万を養うのにも苦労して、ローマ側の屯倉を次から次絵と襲って、結果的にイタリア半島をほぼ縦断しつつあったほどだ。――最前線で、ローマの捕虜一万にタダ飯を食わせるのはリスキーな話である。そこで、ハンニバルは捕虜頭であるコルネリアスを呼び出して、講和の仲介を命じたというわけだ。

 ローマは市街地を市壁で囲った要塞で、内部に入るには、いくつかある市門をくぐらなければならい。カルタゴ兵士たちは、その市壁の高さに驚き、また、高度な土木技術に驚いていた。

 高齢のため、戦場にでられなかった元老院議員たちが、コルネリアスを出迎え、互いに泣きながら抱擁しあった。全体の元老院議員定数の半分にも満たない人々。彼らが、戦後の暫定政府を形成していたというわけだ。――カルタゴの護送監視兵たちは市街地内の宿舎で馬をつなぎ、コルネリアスが、上手く交渉して戦争を終結させてくれることを願った。

 議事堂に入ったコルネリアスは、先ほど抱擁し合った仲間たちに、ハンニバルが提示した講和条件を伝えた。

 ――カルタゴのハンニバルは、これ以上の戦争継続は望んでいない。ローマを属国化するのでもない。ただ、第一次ポエニ戦争で、カルタゴが失った領土と、地中海制海権を返して欲しいというものだった。自分たち捕虜の扱いに関しては、カルタゴ軍側が一方的にローマ軍を殲滅してしまったため、ローマ陣営にカルタゴ側の捕虜がいない。ゆえに、捕虜を売却するから買って欲しいというものだった。奴隷市場価格としては破格の安値だった。

 コルネリアスは伝えるべきことはすべていった。―― 元老院暫定政府は、暫定政府内で議論をする。コルネリアスに数日待てといった。そして、それまでの間、家族と過ごすがいいと沙汰した。

 スキピオは、コルネリアスの屋敷に招かれた。広大な敷地を持った豪邸で、数百人を数える奴隷たちがかしずいている。馬並べの余興があって、屋敷の当主とレースをしたり、弓矢の腕前を競ったりした後は、葡萄酒で咽喉を潤した。

 あとは夜通し、飲んで、騒いで、踊った。

 若い将領であるスキピオは、コルネリアス一門の令嬢たちの視線を一身に集めていた。そのスキピオのところに、角杯を持ったコルネリアスがやってきた。したたか酔っているようだった。

「スキピオ君、ローマも、元老院も、まだまだ捨てたものじゃないぞ」

「和平実現の公算が高いのですね?」

「馬鹿をいえ、蹴るに決まっている。――ローマ人の答えはシンプルだ」

 若いスキピオは、猪首のコーネリアスの言葉を頭では理解した。しかし感情では抑えがたいものをようやく堪え、ひっきりなく落涙した。

「スキピオ君、宴席が台無しだ。さあ、若い娘でもさそって踊ってきなさい」

 コーネリアスは、そんなふうに、陽気に笑って若者の背を叩き、別な客のところにいって高笑いを始めたのだった。

 コーネリアスの予想が的中し、元老院は、ハンニバルの提案をすべて却下。徹底抗戦の構えを示した。そのため、ローマに戻ってきた捕虜代表団の面々は、カルタゴの護送兵士たちとともに、再びカンナエに戻ることになったのだ。

 市門をくぐって外に出ようとしたときのことだ。

 コーネリアスが繁みに投石した。一団の中にいるある人物に、矢をセットした石弓をむけて潜んでいたのだ。矢は天空にむけられてあらぬ方向に飛んでゆき落ちた。カルタゴ騎兵がすぐさま繁みを蹂躙して刺客を始末した。

 護送兵がいった。

「これは驚いた。ローマ人が仲間の捕虜奪還をしようとしたんじゃない。お味方・カルタゴ人じゃないか!」

 コーネリアスは横にいたカルタゴ騎士に皮肉っぽくいった。

「――敵は外ばかりではなく内にもいるようだな。私は、ハンニバルの顔を間近で見たことはないが、案外若くて隻眼だという噂はきいている。さしずめ、一介の騎士に扮してローマの実情を探りにきたというところか?」

 若い騎士は兜姿で、目のあたりが黒く塗った木製マスクになっていた。質問には答えなかった。

街道まで見送りにでていたスキピオは一部始終を目撃した。

――コーネリアス殿は傑物だ。ぜひとも捕虜になんかに戻したくない。しかし元老院の決定は国民の意志だ。ローマ国民も許さないだろう。――ならば、外国に亡命させるというのはどうだ? いや、家族や子孫が卑怯者あつかいされる。

 捕虜代表団のローマ人たちは、涙をこらえながら手を振る、家族たちと別れた。

「コーネリアス殿、僕がきっとお救いします。それまでお元気で」

 下馬したスキピオは、深々一礼して、一団を見送った。

 平原ではあるのだが多少の起伏はある。谷間を縫った街道をその人たちは南にむかっていった。

 平原に笛が鳴り響いていた。

 陽気に、できる限り陽気に、笛は奏でられていた。

 ローマ元老院が、カルタゴが提示した講和条約を蹴って徹底抗戦を選択した。カルタゴ側は慢性的な食糧不足を解消するため、捕虜たちを奴隷として売却せざるを得ない。スキピオは、捕虜たちが売却された先が、イタリア国内ではなく、ギリシャやマケドニア諸国といった外国だということを知った。そして、対カルタゴ戦争が終結した十数年後に、元老院は友軍兵士たちを買い戻すわけだが、生存者は十分の一に満たなかったという。――帰還兵士のなかにコーネリアスの姿はなかった。

     笛・了

【登場人物】

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《カルタゴ》

ハンニバル……カルタゴの名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。

イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。

マゴーネ……ハンニバルの末弟。

シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。

ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。この将領はハンニバルの親族だが、カルタゴには、ほかに同名の人物が二人いる。カルタゴ将領に第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った同姓同名の人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておくことにする。

ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。

.

《ローマ》

コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。

スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。ローマの名将。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。

グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。

アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。

ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……カルタゴ本国上陸を睨んで元老院によりシチリアへ派遣された執政官。

ワロ(ウァロ)……ローマの執政官。カンナエの戦いでの総指揮官。

ヴァロス……ローマの執政官。スキピオの舅。小スキピオの実の祖父。

アエミリア・ヴァロス(パウッラ)……ヴァロス執政官の娘。スキピオの妻。

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