05 E.Grey 著 かげろう 『源平館主人4 公設秘書・少佐』
//粗筋//
衆議院議員島本代議士の公設秘書佐伯祐は、長野県にある選挙地盤を固めるため、定期的に彼の地の選挙対策事務所を訪れる。夏のある日、空き時間で、婚約者・三輪明菜と混浴温泉デートをした。訪れた温泉宿は、源平館だ。二人が湯から上がったところで銃声がして、駆けつけてみると、宿の主人が密室になった一階書斎で、拳銃を握っているのが分かった。被害者の身内三人が容疑者として浮上した。
04 かげろう
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「可哀想な義父さん、誰がこんなことを……」
当時、170センチもあれば背が高いほうだとされていた。養子・津下明は、血しぶきがわずかに付着しているカーペットをみて号泣した……。かなり大げさに。
少し落ち着いたところで、また、駐在の真田さんが、容疑者の一人である青年にきいた。
「君のお義父さんが拳銃で亡くなったとき、いた場所は?」
「レンガ小屋にいました」
「レンガ小屋だと? 明、またあそこにいたのか!」と口を挟んできたのは実弟で旅館番頭の次郎氏だった。
初老の巡査部長が、次郎氏に問い返した。
「レンガ小屋っていうと……」
真田さんの話によると、温泉成分には、火薬の原料の一つであるリンがある。現在でこそ石油から精製するのだが、かつては温泉地に近いところにあったリン鉱床から得ていた。戦後まもなくリン鉱山は閉鎖されてはいたが、関連施設はまだ取り壊されずに残っていた。レンガ小屋もその一つだった。近隣の不良青少年たちは、そこに侵入してはたむろし、パーティーをやっていた。パーティーは賭博や麻薬煙草喫煙というのがもっぱらの噂である。
――ドラ息子。これじゃ、養父の津下吉秋氏との間もこじれていただろう。
義理の叔父にあたる旅館番頭・次郎氏によると、吉秋氏にも次郎氏にも実子がいない。明青年は遠縁筋から養子に迎えた。故人は、養子縁組解消を模索していたとのことだ。
煉瓦小屋で、養子・津下明とパーティーをやっていたという連中に、県警は早速ウラをとってみた。――花札賭博も麻薬煙草喫煙も違法だ。そのためか、彼の〝友人〟たちは示し合わせたかのように、全員が廃屋にはいないと証言した。実際〝友人〟たちがどう証言しようが、日頃の行いから、警察は信じなかったろうけど。
ともかく、養子・津下明にアリバイはないわけだ。
殺人は、被害者が、右効きなのに、左手で拳銃トリッカーを弾いたように偽装したものだ。密室での自死にみせかけているのだが、フランス窓のドアの施錠は、フック式の内鉤で、犯人がでるときに、手でつまんでおき、しめる瞬間にパッと離せば、簡単に閉まるという単純なトリックだった。しかも、窓のドアの敷居には靴の泥が付着。寸法を測れば、犯人の足のサイズまで分かってしまう。――佐伯にいわせれば、超大間抜けな犯人。
駐在の真田さんが、殺害された旅館主人津下吉秋氏の夫人、弟・次郎、養子・明といった容疑者三名の靴を押収、サイズを測った。26センチ。身長170センチくらいの身長の人物となった。
該当者は養子の明青年しかいない。金持ちの養父から勘当されかかったドラ息子が、養子解消を阻止せんがために、殺害したというのが動機としてはもっとも自然だ。
真田さんが佐伯にきいた。
「それにしても、明は何でまた、遺体の拳銃の利き手でないほうに握らせたんでしょうな」
「旅館外部による者の犯行にみせかけた。捜査かく乱のための偽装ですよ」
佐伯が、フランス窓のガラス越しに、小庭をみやった。かげろうが露に濡れた葉にとまっているのがみえた。かげろうは数日の命がついえるまでに受精と産卵をする。その儚さは、細身で、いかにも頼りなさそうな明青年の旅館での立ち位置とダブった。
「――あとは〝うち〟が取調べをするよ」
県警本部警部さんが津下明に手錠をかけた。容疑者の青年は、半ば呆然とした感じで、パトカーで、県警本部に引っ立てられていった。
佐伯は煙草を真田さんに一本やり、ライターで火をつけてやった。
――えっ、こんなんで事件解決? 佐伯、あっさりし過ぎじゃないか!
すると、真田さんと煙草をふかしていた佐伯が、私のほうをむいて、「明菜くん、お楽しみはこれからだ」とつぶやきはにかんだ。
そうこなくっちゃ。
(つづく)
//登場人物//
【主要登場人物】
●佐伯祐佐伯祐……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。
●三輪明菜三輪明菜……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。
●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。
●真田巡査部長……村の駐在。
【事件関係者】
●津下吉秋……源平館主人。被害者。
●津下夫人……吉秋夫人、源平館の女将。容疑者。
●津下次郎……吉秋の弟、番頭。容疑者。
●津下明……吉秋夫妻の養子。容疑者。




