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自作小説倶楽部 第13冊/2016年下半期(第73-78集)  作者: 自作小説倶楽部
第75集(2016年9月)/「かげろう」&「風」
15/43

01 奄美剣星 著  かげろう 『御堂関白ノ猫王』

 今は昔、平安の都に、さる公卿の五男坊がいらした。叡山に小僧としてやられるものと覚悟していたところ、兄君がこぞって流行病でお亡くなりになり家督を継がれた。温厚で策略というものをつかうことがない。人徳ゆえに、ついには左大臣に昇進。藤原長者・御堂関白と呼ばれた。

 秋の彼岸に近いころ、寝殿造りになったお屋敷、そこの池に臨んだ築山の麓で、大臣は泣かれていた。

「今をときめく大臣が、なにゆえに泣いているのだね?」

 そう問いかけたのは灰色の猫だ。老いたる猫は人語を介し、人を食い殺すともいう。あるいは死者の上をまたいで尾が二つに割れて、猫又と化すともいう。築山におるその猫は猫又ではない。タメ口をきくものの品がある。――ゆえに大臣は猫王とお呼びになった。

 大臣には若い舎人が配されていた。舎人というのは、朝廷の要人警護役だ。身分こそ高くないのだが、地方名族の子弟がこの職にあることが多い。

「下毛野公時が死んだ? まだ十八ではないか?」 

 舎人・下毛野公時は武芸百般に秀でた好青年だ。――大臣は公時に目を掛け、後一条帝の随臣に推挙なされた。――悲劇がおきたのは青年が、相撲使として、筑紫に下向し力士を募集する旅の途中に病を患って倒れたとのことだ。

 しかしそれは表向きの話。――鬼に寝込みを襲われたというのが実情だった。 


「相変わらず、神出鬼没」

 天才と称せられる陰陽師は、琵琶の名手・源博雅朝臣を自邸に招いて、玄象なる琵琶の音色を肴に、月見の宴をしていた。猫王は、内裏の鬼門・土御門に居を構える陰陽師の家を訪ねてみた。

 二人の公卿は大臣同様、猫王の素姓を耳にしていた。ゆえにそれが喋ろうとも臆している様子はない。

 猫王は、南都の高僧が、経蔵を荒す怪異を除くため、召喚した神獣だ。高僧が藤原家出自であることから、長者を守護するようになったという。巷での猫王の噂では豹のようだとされる。しかし実際は、灰色をした、ふつうの大きさの猫だ。耳が大きく、尻尾が長い。豹に似ているところといえば毛並にブチがある点だけだ。

 屋敷の門は〝式〟が護っている。猫王とは懇意らしく、前に立つと、家霊は当然の如く扉を開けた。

「これは、これは、猫王殿。よい鮎を手に入れました。早速もたせましょう」主の陰陽師がいった。

「いや、水だけでよい」

「要件は?」

「下毛野公時を殺害した下手人とのことかな。猫王殿、筑紫にゆかれてもおりませぬ。かの者は京に戻っておりますのでな」

「京? 京といってもけっこう広い。どのあたりだね?」

「羅城門」

 羅城門といえば都と外界との境界をなす南門だ。しかも大路に設けられた正門である。とはいえ、門の二階には行き倒れの死者を投げ込んで鬼がでるともいう、すえた臭いのするところでもあった。


 御堂ノ大臣が、猫王の共につけたのは、源頼光なる武士だった。武士とはいっても下郎ではない。股肱の臣で、左馬権頭をしている殿上人である。

 頼光は、大臣の近臣で、腕利きの武者たちを抱える武闘派だ。血気にはやった連中が、「このような朽ちかけた門なぞ焼き払ってしまえ」とわめいていたのを抑えた。

「さて鬼は?」

「死霊は丑三つ時に、鬼・物の怪の類は夕暮れの逢魔が刻にあらわれる」 

「されば」と、源博雅が古詩を吟じ妖器・玄象を奏で始めた。カラの六朝・梁武帝の作なる詩ときき及ぶ。――あるとき皇帝は神仙境に迷いこむ夢をみた。


  水華究霊奥 陽精図神秘 具聞上仙訣 留丹未肯餌 潜名遊柱史 

  隠迹居郎位 鳳臺日 分明柏寝事 蕭史暫徘徊 待我升龍轡


 水は華やかに奥をきわめてかすみ、陽は神秘の精図なり。上仙は具聞し、丹をとどめてこれをくらわず。隠跡(神仙郷)に郎(自分)あり。台のオオトリのいわく、明け方まで柏で寝ておれば、いつの間にやら蕭史(梁王朝)になっていた。わたしは昇龍のくつわをとって侍るといたしましょう。


 器を粗略に扱えばツクモ神になる。天竺から伝来した宮中の名宝・玄象ノ琵琶はこれになって消えた。帝が怪しんで琵琶の名手・博雅に捜せた。するとだ。玄象が宮中を徘徊しているではないか。さっそく捕えて奏でてやると怪異はピタリとやんだ。帝は喜んで玄象を博雅に与えた。

 そんなふうに曲をきき一同は羅城門で逢魔が刻を過ごした。

 ――きたようだぞ。

 歌にききほれたのか、鬼は姿を現した。見目麗しき十二単の姫に化けている。着物で隠しているが、片腕がないようだ。

 源博雅の横にいた、頼光はきいた。

「かようなところにいるとは面妖な、どこぞの姫を内より食いやって、羅城門に現れたのか?」

 美姫に化けた鬼が笑った。

「頼光殿、公時殿から何か預かっていらっしゃいましょう」

 甲冑をつけた頼光が、したりと笑った。

「これかな?」頼光が鬼の腕を近習から受け取った。

 美姫の頭から、牛角が頭から生えて夜叉の姿をなした。いわれてみれば右腕がない様子。

 鬼は、腕をひったくるように奪うと、都を離れた。

 ――まんまと罠にかかりおった。

 一同が顔を見合わせて笑う。

 公時は、鬼の腕を斬り落した。片腕を斬りおとされた鬼は、取り戻そうと、その寝込みを襲った。しかし、その直前、公時は、元上司の頼光に、塩漬けにした鬼の腕を、麾下に命じて送らせていた。

 猫王は、頼光と博を供にして、猫王の後を、ついていった。それが狙い。鬼どもの巣窟をつきとめることができるというものだ。

 着いた先というのが山城国の国境・大江山に登った。そこは鬼どもが城を築いたところだった。

 頼光が、木こりの集落にでて、鬼の特徴を挙げて、正体をきいてみた。

「それは、茨城童子と申します」

「茨木童子?」

「酒呑童子の家来衆の一人ですよ」

 野には菊花が咲いていた。

 沢には揚羽が飛んでいた。


 茨木童子がたどりついた先は、街道が峠となったところから、山に外れたところにある、荒れた堂宇で、そここそ鬼どもの巣窟だった。茨木童子は、宿敵の寝首をとったのと、奪われた腕を取り戻したのがよほど嬉しれしかったのだろう、宴が催されていた。茨木童子がふらりと堂宇の外にでてきた。公時に斬られた腕が戻っている。それで通力を回復したのだ。杉の木立がいくつかあり、一瞥するや、雷が落ちたかのように、バシッと音がして、幹の途中から折れてしまった。

 物陰でみていた頼光がつぶやいた。

 ――公時はあんな鬼の腕を斬りおとしたのか!

 鬼衆は、大酒のみだが、それ以上に若い女の生血を好む。女の中でも、良家の娘が大好物。吸血鬼といいかえても良いくらいだ。

 茨木童子は女の装いだ。山姥というほどの年寄りではないが、小娘でもない。色も盛んな年増というあたりか。――女装した男鬼ではなく、れっきとした、長髪の女だ。

 博雅がいった。

「鬼どもは山伏と懇意であるときく。ここは山伏に変装して近づき、隙をついて、茨城童子の首級を挙げましょうぞ」

 しかし、話半ばで、猫王が飛び出して茨木童子の前に立った。

 女が小首を傾げた。


  あやにあやに くすしくとうと

  おおえのみやまの かみのみまえを

  おろがみまつる


 ゆらゆらと、陽炎がたつような感じになった。

 猫王が口にしたのは、陰陽道でも法術の類でもない、きいたこともない呪文だった。

 茨木童子は般若の形相となって、先ほど戯れに杉を折ったように猫王に雷撃を食らわそうかとしたのだが、通力を封じられていた。

 隙に乗じて頼光が飛びだし鬼の首級をとり、博雅が加勢して、鬼衆の囲みを破り都に帰還。御堂ノ大臣に仔細を報告した。

 頼光は博雅との間にいる神獣にきいた。

「それにしても貴公はいったい何者なのだ?」

「俺かい? 猫だよ」

     了

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