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自作小説倶楽部 第13冊/2016年下半期(第73-78集)  作者: 自作小説倶楽部
第74集(2016年8月)/「海」&「足跡」
13/43

05 らてぃあ 著  海 『夢見る人魚』

「う~ん。美味しい。磯の香りがするね」

 目の前で彼は大きなフォークとナイフを使い食事をしている。白いテーブルクロスに覆われた丸いテーブルの向かい側にあたしが座っていた。何を食べているのだろう。少し気になったがあたしはあくびをした。やばい、高校の朝礼でもないのにこのまま寝てしまいそう。

「眠そうだねえ。そんなに夢見が悪いのかな」

 あたしはこくり、とうなづく。肺に詰まる海水の苦しさを思い出して胸が苦しくなった。

「人魚になった夢なのよ。知らない暗い海の底、周りは岩ばかり。ごつごつして居心地悪いからどこか別の場所に行こうとして、やっと上に光を見つけるの。上に行こうとして泳ぎだす。でも、どんなにもがいても少しも進まない。それどころか沈んでいく。上を必死で見ていると、綺麗な人魚が上にいて、こっちに向かって手を差し伸べてくれる。手を取ろうとするのに、あたしはどんどん沈んでいく。人魚のはずなのにおぼれているのよ。仕舞いに息が苦しくなって水をたくさん飲んだ」

 あたしは怖くなって黙り込んだ。

「ふぅん」

 目の前の彼はあたしの苦悩などお構いなしだ。しかしその軽い調子にこちらも少し気分が軽くなる。

「水が怖いんだね」

「そう、水泳部もやめちゃった」

「心配してくれた友達もいたでしょう」

「うわべだけ、みんな自分のことしか考えてない。やる気のない弱小部だし、誰が好きだとか、付き合ってるっていう話ばっかり」

「コイバナがくだらない? 水泳部だけじゃないだろう。年頃の女の子が集まれば、生きてるのが、恋することが楽しいって話ばかりじゃないかな」

「あたしは嫌よ」

 目の前で彼は何かをフォークにからめとり口に入れる。本当に何を食べてるのだろう。

「でも、君は恋をしている」

「好きじゃないわ。まあ、顔かたちは整ってるけど」

「性格も良し。君の友達もその男の子に気がある」

「美香子ね。あんな風に生きられたら楽だと思うわ」

 あたしは精一杯の皮肉を込めて言った。校則違反の色付きリップに少し脱色した髪、スカートは少し短く。生活指導の先生にも睨まれてるのにケロッとしている。美香子は男の子に物おじせず話し掛ける。冗談を言って笑いあう。あたしはその輪の中に入れない。

「陽気だから男の子にもてるとは限らないよ。物静かで優しい女の子がいい男だっている。高校生なんだから清く正しく付き合えばいい」

「だから、あたしは恋なんてしてないって言ってるでしょう」

 語気は弱かった。友達に嫉妬していることはあたし自身よくわかっていた。


「恋の苦しみはレアが一番美味しいね。じゃ、デザート。話題を変えよう。君の夢で手を差し伸べてくれた人魚は誰かな」

「真奈ちゃんだ」

 記憶のかけらがぱちりと思い出につながる。

「親戚のお姉さん。あたしより15歳くらい年上でいつだったか子供のころ、海岸を歩いていて、海を眺めた真奈ちゃんがあたしに『これから海の向こうに行く』って言ったの。そのころ童話の『人魚姫』読んでもらっていたから真奈ちゃんが、人魚になって海を泳いでいく姿を想像しちゃったのよ。変ね。どうして忘れていたんだろう。真奈ちゃん今、どうしているんだろう」

 あたしは真奈ちゃんが恋しくて少し悲しくなった。

「そうか、君は真奈さんを少し誤解したんだね。子供の世界は大人が作っている。大人たちが怒っていれば悪いことが起きたのだと誤解する」

「どういうこと? 」

「子供だった君には理解不能だったけど、当時の真奈さんには恋人がいた。金も無い外国人。彼を追って海外に渡ってしまったため。両親の怒りと悲しみはすざまじかった」

 そういえば、親戚の集まりで真奈ちゃんの両親をみんなで慰めたり、陰で悪口言ったりしていた。両親を捨てた真奈ちゃんは常に悪人だったけど。外国で苦労するに決まっているとか、もっとひどい時は生きては日本に帰れないとか。

「君は、あこがれのお姉さんが皆に批判されることにひどく傷ついた。恋をすることは不幸の源だと思い込んだ。ねえ、目が覚めたら真奈さんに連絡を取ってみるといいよ。高校生ならそれくらい出来るよ」

 目が覚める? それに、この目の前の『彼』は何者だろう。

「さてと。ごちそうさま」

 彼は口をナプキンでぬぐって食事を終える。

「美味しかったよ。君の〈悪夢〉」


 目が覚めるに妙にすっきりした気分だった。

 真奈ちゃんとはあっさり連絡が取れた。何と真奈ちゃんは数年前に離婚して帰国、あたしの母親に連絡先を知らせていたのだ。

 電話で話して再会を約束した。明るく元気な真奈ちゃんの声を聞いているうちにあたしの胸は希望で一杯になっていた。

     了

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