壱 視える出会い
人には見えないものが視える。それが彼の誰とも違う所だ。だが、それは他人に理解されないため彼はひたむきに隠し続けた。そんなことで、他人から異形扱いされるのは、嫌だったからだ。
人には見えないものが視える。それが彼の誰とも違う所だ。だが、そんなことは彼にとってどうでもいいこと。視えても視えなくても、自分の人生には何も影響しない、関係のないことだったからだ。
「お前の高校時代ダチ?なんで突然そんな奴紹介しようと思ったんだよ」
「いやあ、これから北くんとも会うことが多くなるかもだし、いい機会かなあって思ってね」
「ふーん……」
俺が友人であり同居人である南から会って欲しい人がいる、と聞いたのは昨日の話だ。南は高校時代、エリート男子高校の特待生枠で通学していたらしく、彼の高校時代の友人は基本お金持ちのお坊ちゃんばかり。まあ、特待生枠というものは一般生徒には好かれなかったらしく友人自体希少なものだったらしいが、今その話はは置いておこう。
とにかく、そんな交友関係を持っている南のことだ、今回紹介する友人というのもいわばお金持ちのお坊ちゃんなんだろうなあ、なんて考えながら、至って平凡な学生時代を駆け抜けてきた俺なんかとはそりが合わないだろうとも思った。だが、そんな俺の安直な考えは、いとも簡単に打ち壊された。
「北くん。彼が僕の友人?の中央春乃だよ」
「友人?ってなんだよ……どうも、中央春乃です。よろしく」
そう言って紹介されたのは俺のイメージしていたお坊ちゃんな人物とは程遠い、至って平凡な男性だった。服装をはじめ、態度、雰囲気……特に特別なものは感じなく、唯一特徴的な部分と言ったら、少し長めで一つに縛ってある髪だろうか。
「あ、どうも。俺は北 匠って言います」
まあ、それは一般的に見たらの話。俺はへらりと作り笑いにも似た表情を浮かべるとその春乃という彼に自己紹介をした。極力、彼の肩付近を見ないように。
なぜかって?そんなの簡単だ。彼の肩に女の霊が三体もいるから。それだけだ。俺には人に見えないモノ、所謂幽霊とかいう奴が視える。そんな俺の目には、彼の肩にいる三人の顔の表情まで鮮明に視えるのだ。
(あんなに憑くことなんてあるのかよ…)
なんて半ば呆れたように思うが、本人は見えていないだろうから、幸せなもんだ。視えてるこちらとしては気味が悪い以外の何者でのないのだが。
「北くん?どうしたの」
「あ、いや別に…なんでも?」
話しかけてくる南に気持ちを悟られぬよう返事をする。俺はほとんどの人に視えることを話したことがない。まず信じてもらえないだろうし、挙句の果てにいじめられるだろうと考えたからだ。特に今目の前にいる南なんて自分の目に見えるモノしか信じない人間だ。そんな奴に話したところで理解されるなんて思うほど、俺はバカじゃない。
「そう?ならいいんだけど…」
「巧。なんでこの北サンと俺を紹介したのか、さっぱり理由がわからないんだけど」
「あ、それはほら、この前春乃バイトやってくれる人探してるって言ってたじゃん?だから適任者をって思ってね」
「……バイト?」
南の言葉に小首を傾げる。確か、俺にはこれから会うことが多くなるからとかなんとか……
「南……俺の事ハメたな?」
「へ?いやいや、そんなことないよ。北くんだってこの前バイトクビになったって言ってたじゃん。ちょうどいいかなーって」
ヘラヘラ笑いながら俺の肩を叩く南に反省の色はなさそうだ。まあ、良かれと思ってやってくれたんだろう。その気持ちは正直嬉しい。……だが、女の霊を三体も肩に乗せた人と仕事しようと思うほど俺は心の広い人間ではない。
(丁重にお断りしよう。相手には悪いけど)
心に少しの罪悪感を抱えながらも春乃を見ると、周りの霊がボソボソと何やら話し出した。
「確か、春乃の家って花屋さんだっけ?」
「そうだよ。近くの商店街のこじんまりしたとこだけど」
目の前の二人は淡々と会話をしているがそれよりも俺は春乃の肩にいる霊の話し声が気になって気になって仕方がない。何を言ってるかはわからないが、なんだか見ていても聞いていても気味が悪くなってどうしようもない。
(やばい。これ、下手したら……)
「うるせーから黙ってろよ」
「…へ、?」
聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さい低い声。それは肩に霊を乗せていた春乃の声だった。その言葉が放たれたと同時に、ボソボソ話していた霊達はピタリと黙り、消えていった。気でも張っていたのだろうか、俺の身体の力も同じように抜けていく。
「で、どうする。北くん……って、どうしたの?顔真っ青だけど」
「あ、いや……大丈夫。ちょっと、な」
それを最後に、俺の記憶はブツリと途切れた。
「ん、う…?」
目を覚ますとそこは自宅の天井だった。いつも寝てるベッドの天井……ということは、帰ってきたということか。少し瞬きをしてから周りを見ると一人の顔が目に入った。
「あ、起きた」
「……!どうも」
「どうも、北サン」
そう言ってにっこりと微笑んだのは春乃。考えるに、俺が突然倒れたもんだから南が運ぶのを手伝わせたとかその辺りだろう。
「巧が一人じゃ大変だから運ぶの手伝えって言われて……ついでにお邪魔してました」
ほら、当たった。なんて心の中でガッツポーズを一つ。
「にしても、大丈夫ですか?倒れた時は本当に顔真っ青でしたけど……」
「あ、うん……大丈夫」
「……あの女の霊達の気にやられちゃいました?」
「多分……って、え」
普通に返してしまったが、今こいつとんでもないこと言わなかったか?霊とか、気とか。あれ、こいつもしかしなくても……
「まさか視える人に会うとは……初めてでちょっと驚いてます」
「視えるって……あんたも?」
「はい」
変わらない笑顔でにっこりと返す春乃に唖然とする。じゃあ、春乃の肩にいた霊達を春乃は知っていたし視えていた、ということになる……。
「あんた、あんなのよく耐えられるな」
「俺からしたら北サンが弱すぎるんだと思いますけどね」
「……初対面なのに生意気なこというな」
「そうですか?」
意地の悪い顔をする春乃を睨みつける。が、ニコニコ微笑む彼には微塵にも効いていないようだ。
色々と話を聞いてみると、あの時の様に霊に寄ってこられることはよくあることらしく、気にせずに放置、が多いらしい。今回はあまりにうるさかったので追っ払った、という。
「霊に好かれやすい、のか」
「そうかもしれませんね。でも気にしませんし……あ、ちなみに巧は買い物行ってるんで」
「今更だな、大体察しはついてたけど……」
そして流れる沈黙。
同じように視える人だとしてももう聞くことも聞いてしまったので話すことを考えていると、ふと春乃が口を開く。
「で、バイトの話なんですけど」
「え、あ……バイト」
そうだ。俺と春乃が知り合ったのはバイトこ話でだった。霊の話ばかりで忘れてしまっていた。
「はい。正直、俺の家も結構困ってるのでやってくれると嬉しいんですけど……」
「…………」
さっきの笑顔とは違う少し控えめな苦笑いにも近い笑顔。その表情に、なんだか胸が苦しくなったのは、きっと気のせいだろう。でも、霊はもういないらしいし、断る理由はなくなってしまった……。
「いいよ、やるよ。どうせ暇だしさ」
「…!本当ですか、ありがとうございます」
それに、視える人に会ったのは俺も初めてだったから……まあ、色々と景色を共有したい、なんて希望を抱いたのはこいつには内緒だが。
「あ、早速明日から来てもらっていいですか?」
「早速すぎだろ」
「うちも今の状態でカツカツなので」
「……わかったよ」
「北くん大丈夫?無理しなくてもいいよ」
「大丈夫だって。お前は俺の母ちゃんかよ」
あの出来事から翌日。俺は昨日の通り、春乃の家である花屋へバイトに行くことになった。
昨日ぶっ倒れたこともあり、いつもよりも俺のことを気遣ってくれる南。でもまあ、あの時は霊の気にやられただけだし、問題はないだろうと判断した。
「もう……まあ、北くんが大丈夫ならいいけど……無理はダメだからね?」
「わかってるわかってる。いってきまーす」
「いってらっしゃい」
南の心配そうな声に思わずため息をつきつつも、教えられたバイト先に向けて歩を進めた。
「今日からよろしくな。春乃」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にっこりと微笑みそう返す春乃は花屋の店先で花の仕入れをしながらそう言った。元々いい顔をしているからか、なんだか様になっている。
「花屋なんて初めてだから緊張するよ」
「そうなんですか。巧から色々とバイトしてるとは聞いたけど…花屋は初めてなんですね」
「別に万能なわけじゃねえしな…ヘマの可能性も」
「初めてなら仕方ないですよ」
そう言いながら花屋の奥へと消えていくと自分がしているのと同じの腰巻きエプロンを持ってきて俺に差し出した。
「これが制服です。それ以外の服装は自由なので。あ、できれば濡れても問題ない服が最適かと」
「ん、了解」
春乃からもらったエプロンを巻き、ぐるりと店の中を見渡す。もちろん花屋だから花ばかりだ。花粉症の人は大変なんだろうな、なんて考えてたら春乃から声が掛かる。
「北サン、とりあえず今日やって欲しいことは一つです」
「一つ……でいいのか?」
「はい、一番大事なことです。ここにある花の名前を全部覚えてください」
「おー、それなら俺でもでき……え?花の名前、全部?」
「はい。ここでは基礎中の基礎ですから……一日で覚えてもらいますから」
何と言うことだ。ここ、花屋なだけあってとんでもない花の量だ。これを覚える?しかも一日で?
「無理ゲーだろ……てかバイトいなくて困ってるのに働かせる気ゼロかよ」
「こればっかりは引けませんので」
あ、ちなみに全部覚えてテストに合格するまでは上がれませんから。そうにっこり微笑む春乃をこれ程呪いたくなったことはきっとこれからもないだろう。
「この、ドSが」
ポツリとそう呟くとまずふと目に入った花の名前から覚えようとした。
「で?そのテスト合格したの?」
「なんとか……」
南から出されたお茶を飲みながら疲労のため息をつく。
初仕事は春乃の仕事している風景を見ながら必死に花の名前を覚えるという何とも言えないものだった。上がる前のテストはなんとか合格できて、春乃からもお疲れ様です、と労いの言葉をもらった。まあ、だから今こうして家にいるのだが。
「正直これが初仕事ってのは複雑だよ」
「まあ、いいじゃん?明日からは通常業務でしょ」
「まあな。これでなんとか一安心だよ」
「僕も一安心だよ。紹介してよかった」
南も南で紹介した立場なのでなんだかんだで不安だったらしい。自分用のコップに注がれたお茶を飲みながらそういう南。俺がそこまで頼りなかったか、なんて言葉はとりあえず飲み込んでおこう。
そして、明日からは普通に仕事が出来るな、なんて思っていたのがそもそもの間違いだと知らされるまでそこまでかからなかった。
「ねえねえ、どうせならその覚えた花の名前ここでも言ってよー」
「嫌だよめんどくさい」
「えーケチー」




