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片翼の鴉  作者: NEMU
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蒸せ返る血の生臭さと梅雨時の夏の蒸し暑さとが混ざり合って吐き気を催しながら道をぺたぺたと歩く、ああいっそ出してしまいたいくらいだ。何度経験しても人が死んでいる現場というのは慣れない。潰れた仏の顔や体、飛び散る血やら肉やらを思い出すとやはり生ぬるい吐き気を催して日陰でもないのに立ち止まってしまいたくなった。

暫し吐くか吐かぬかの攻防をしながら歩いていると随分とでかい豪邸が見えてくる。その豪邸の長い長い塀を通り越しやっと屋敷の半分にたどり着いたかと思うと、仰々しい門の前には待っていたかのように門に背を預けてこちらを向いた男が、ニヤニヤと薄笑いを顔に浮かべながら俺に向かってこう言ったのだ。

「や〜あやあ警部殿!丁度良いところに。

こんな暑い夏に外回りとは!警部も冷たい麦茶が恋しいだろう、どうだ一杯ご一緒に?

…おいおい、本当に顔色が良くないじゃあないか。一体どうしたのだ?」

いつもならこの回りくどい芝居がかった喋り方に腹を立て「外回りではなく帰宅するんだ」と言って無視でもする…まあ結局しつこく言い寄られてこいつの家に上がりこむことになる…ところだが、今日はこのまま吐くか倒れるかの二択だったので、不本意ながら、誠に不本意ながら黙ってこの男、八神八丁やがみはっちょうについて行くことにした。


八神八丁といえば、ここらでは有名な大富豪である。一言で言うと変人。困ったことにその変人と俺は家が隣同士で幼い頃から顔馴染みである、だから自分の家に帰るのには嫌でもこいつの馬鹿でかい屋敷を通らなければならないのだ。そしてこいつの悪癖がもう一つ、やたら俺の担当する事件に首を突っ込んでくるというところだ。しかもなかなかキレるヤツで今までにも何件かこいつがいなかったら解決することができなかった事件なんかもあるもんだから上も頭が上がらない。今日だって大方、否十中八九…否、完全に俺の帰り道を待ち伏せしていたのだろう。暑さと現場の鮮明な映像のせいでぐったりする俺を半ば引きずるようにして八神は馬鹿でかい門を通り抜け、庭のパラソルが設置されたベンチにどさりと俺を押し付けた。そしてしきりに大声で「刑部おさかべ、刑部!」とそこかしこに向かって叫んでいる。

いっつも何処の紳士のつもりか白に近い象牙のような色のスーツに茶のベストという出で立ち、さらに暑さというものを知らないのかよっぽどの猛暑の日以外は年がら年中長袖のジャケットに袖を通している。そんな暑苦しいやつが目の前に仁王立ちしてるもんだから…しかも八神の金色の短髪が太陽にギラギラ反射して俺の体感温度は上がりっぱなしだった。

しばらく八神が叫び続けると、植木の方からひょこりと男が一人出てきた。八神の屋敷の執事の刑部おさかべである。閉じているのではないか?という目に真ん中から分けられた髪、そしていつもの黒のベストにタイといった執事服である。今日は庭仕事をしていたのだろうか、所々に葉っぱや土が付いている。

「ご主人様、お呼びでしょうか?」

「おお刑部、そんなところにいたのか!

今すぐ氷入りの冷たい麦茶を持ってきたまえ、たっぷりな!」

「はい、了解いたしました。神林じんばやし様もご一緒で?」

「ああそうだ!早くせねば警部が死んでしまうぞ!」

死にはせんわい。神林というのは俺のことだ、八神には警部警部と呼ばれているが俺にもしっかりと名前がある。だいたいやつは俺が父の職を継いで警察官になった途端に人の名前をなかったように警部警部警部警部と呼びおって、やめろと言ってもやめない。

「おまたせいたしましたご主人様、神林様。」

しばらくすると刑部さんが銀の盆に麦茶の入ったガラスのボトルとグラスを二つ、そして濡れたおしぼりを持ってきた。俺と八神になみなみ注がれた冷たい麦茶が入ったグラスを手渡し「どうぞお使いください」と俺には濡れたおしぼりも手渡された。全く出来すぎた人だと思う。なぜこの人が八神についているのが正直わからない、金が良いからなのだろうか。それにしても理不尽に労働させられていると思うのだが。

八神は特に働くことはなく毎日を屋敷で暇しながらだらだらと好きなことをやって過ごしている。なぜなら金があるからだ。どこから湧いてくるものなのかはわからんが暇している人間だからこそ俺の抱えている事件に首を突っ込んで次々解決していくなんて面倒なことをしてくれる。おかげでこっちは上司に「もうコンビのようだ」などと言われて大変だというのに。


「さてさて警部、一杯飲んだところで具合はどうかね?」

「ああ…まあずいぶん良くなったな。」

「そうかそうか!それは良かったぞ。

では事件のことを聞かせてくれんかね?」

「………ん?」

「おや聞こえなかったかね、今日の案件のことをだな…」

「貴様…またそれか…」

「勿論だ、最初から聞くつもりであったしな。お前の顔色が悪いのが予想外であったのだ。」

「………はぁ」

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