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尾道ラーメンと塩素の結末

ずるずるっ


東がすするラーメンの音に竜崎は傾聴する。放課後、竜崎と東は尾道ラーメンの店に入り、空腹を満たしているのだ。

褐色に光るスープに食欲を刺激する醤油の香ばしい香りと、程よく浮かぶ背脂が主張する。

竜崎は、容姿に似合わず豪快にすする東の食いっぷりに引いていた。


「最後の砦、少なくとも君のスク水だけは守らなければな。」


冷静に話す竜崎の台詞だけを考えてみると、東は少しだけ引いていた。東は箸を休め、グラスの氷を鳴らす。


「今度こそは犯人を炙り出してやらないと。」


竜崎も事件の核心に迫りたいのだと野心に燃えていた。


次の部活はその翌日。そこで犯人を待ち伏せることに決めた。


次の日の放課後。女子更衣室の前にある消毒槽の壁に張り付いてふたりは身を潜めた。鼻を指す塩素の濃厚な臭気が緊張を駆り立てる。あらかじめ他の部員には先に用意を済ませ練習を始めるよう、指示を出してある。壁に潜む2人を除けば、普段の部活と変わらぬ体裁である。もちろん、東の水泳用具の一式もロッカーに潜めてある。


「さあ、犯人よ、姿を現すがいい。」


竜崎は急かす心を押し殺していた。しばらく待っただろうか。プールの前の砂利道を踏みしめる、黒い影。

男は、薄いウインドブレーカーのフードを深々と被っている。


正面の鉄格子のやや重そうな門が開く。注意深く門を閉める音が軋み、彼はその足で女子更衣室の銀のドアに手を掛けた。


彼が部屋に入って東の目標に手をかけるまで、十分に待たなければ証拠が得られない。竜崎は焦る気持ちを抑え、東に待てとのサインを送ろうとしたのとほぼ同時のことであった。


「やああ!」


東の怒号が響く。そして、安げなほうきの先が彼の後頭部を直撃し、もうふた降り、というところで彼は振り返り、焦る仕草でフードをまくり上げた。


それは他でもない。ふたりの親友、ヤスこと秋葉康夫の姿であった。

東は閉口した。


「ヤス!君だったのか!」


壁の裏に潜んでいた竜崎が飛び出して来て叫ぶ。

秋葉康夫はこの上なく動揺している。


「ま、待ってくれ、僕じゃない。」


東が彼の手首をがしりと掴んだ。


「す、スク水を盗もうなんて、僕じゃない!それに、ほら、僕だって、苗字が秋葉だから、中央線の秋葉原に似ている訳だし、僕が狙われたって、おかしくないんだ!」


話ぶりがますます怪しい。


「ふたりが今日、犯人を捕まえるために待ち伏せするんだって、人づてに聞いたんだ。」


思えば彼もまた一人の被害者だ。まさか犯人は自分の名前を書き残すような素直なことはするはずもない。


「こ、更衣室に入ったのはまずかったよ、でも、部屋の中で待ち伏せていると思ったんだ。」


ふたりは取り敢えず彼の言い分に納得し、協力したいという彼を加えた3人で犯人を待ち伏せることにした。


プールの方では、50メートル自由型のタイム計測が始まり、そのスタートの合図が響く。3人はその合図に誤解して潜む壁から飛び出してしまいそうな緊迫を覚えたが、ごくりと息を飲んで身を隠す。


そしてまた、あの砂利を踏む音が微かに聞こえた。

彼もまた、フードを深々と被っている。


「ヤス、君じゃないんだな」


竜崎がつぶやく。


「き、きっとあの人だ。」


ふたりの会話を東が制した。


軋む音を立て、更衣室のドアがひらく。今度こそはしばし時間をおき、頃合いを見て竜崎はGOサインを出した。3人は素早く先の影を追う。


更衣室のドアがばたりと開く。逆光の中に3人のシルエットが浮かび上がった。


「君が、犯人だな。」


竜崎は鋭い眼光で彼の姿を捉えた。


「ひいい」


犯人が弱気な奇声を上げる。そこには女子水泳部顧問の瀬川の姿があった。

彼の左手に握られた東のスク水のゼッケンの部分には、竜崎の筆跡で書かれた文字があった。


THE GAME IS OVER

DETECTIVE RYUZAKI


その文字を見た瀬川は、情けなく首をうなだれるのであった。


翌日の部会には、水泳部員の前で深々と頭を下げる瀬川の姿があった。責任を取り、顧問を辞めることを決めたと話す彼ではあったが、酷く反省した彼を責め立てる者はなく、この件については公にされることなく事態は収集した。


春の桜の季節が終わり、新緑が日光に透けて和らげな色で揺らぐ。プールの監視用の高い椅子に腰掛けた竜崎は、威勢の良い声で号令をなす瀬川の姿を見ていた。部員とはなんとかうまくやっているようだ。


竜崎は部長の東に声を掛けられる。

「あんた、そんなところでなにしてるのよ?」

そして彼はラングラスを外しつつ得意気に答えるのだ。

「空城高校、探偵部主席、竜崎顕とは、僕のことだ。」

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