放課後の竜崎
今日の1時間目は数学Ⅰの授業であり、先生が黒板に描いた直角三角形がパンツに見える。それに、筆記体のSの字をいびつに重ねて「サイン」と呼び、Cの字をなぞって「コサイン」。何となくサインとコサインの関係性に事件の真相を見た気のした竜崎はであったが、それらを2度掛け合わせて足したのと真実が「ひとつ」であることくらいしか導き出すことが出来ないのであった。ところで、世の受験生たちに問いたいのだが、サインの2乗とコサインの2乗の和は1で合ってるよね?
しかし、朝の担任の瀬川の衝撃的な暴露が気になるところではある。パンツが盗まれたことはさておき、その柄の情報を提供する必要はあったのか。それが「作者」のウケ狙いであるとは到底思えないのだと竜崎は鋭い推理を働かせつつも、数学教師に集中しろと注意されて早弁がばれた。
時は移ろい矢の如くして、放課後となる。合唱部が歌う「大地讃頌」の中で、部室の隅に竜崎は腰を掛け、顎を撫でつつ推理に耽る。今阻止すべきは新たな被害者を出してしまうことであるが、対策が見つからない。先ほど彼は職員室に赴き、担任の瀬川に事の成り行きを話したが、彼は終始挙動不審な仕草で汗を拭いつつ、頼りないばかりであったのを、竜崎は気に留めていた。是非とも休部措置くらいは取るべきである、と思うが、いかなるものか。犯人の盗みよりも先に自分が盗んでしまえば!と彼は考えたが、それを誤りとする理性くらいは兼ね備えていた。
「ちょっとあんた、毎日毎日こんなところに張り込んで、何してんだよ。」
合唱部部長の歌川友尚が、彼らの縄張りを主張している。
「野生児ともあるまいし、君、放課後の陽だまりのひとつくらい許せはしないのか。」
竜崎は図々しく答える。
「俺たち合唱部は、正式な部として、きちんと申請してこの部屋を使っているんだ。君はそうではない。」
歌川にも部長としてのメンツがあるので一歩も引かない。
「少なくとも、何をしに来ているのかくらいは話すべきとは思わないのか?」
背後には彼と同じく怪訝そうな顔をした彼の後輩たちが並んでいる。そこへ竜崎は躊躇なく投げかける。
「空城高校、探偵部。」
そして「ディテクティブ」と一言、ニヤリと。
その時、綺麗に整列した合唱部の何人かが吹き出すのが聞こえた。
「こいつ、おかしい!あのな、俺たちはコンクールが近いんだ、出て行ってくれるな?」
狂気の歌川が吠えた。竜崎は仕方なくその場を追われ、そそくさと去る教室からは嘲笑じみた歓声が聞こえた。それでも竜崎は、彼が自分で作り出し、勝手にその存在を信じ込んでいる「探偵部」を誇りにしているのだ。それがただ独りの非公式の部だとしても。