ヤスと瀬川
しかし、そのトランクス、どこか奇妙である。犯行内容自体の奇妙さはさておき、高校生にもなってパンツに名前、とはいかがなものか。小学生の頃から履き倒すようなものではあるまい。竜崎がつぶやいていると、それを聞いていた東も加える。
「名前のカタカナの筆跡、犯行予告の筆跡に似ていない?それに、どちらの文字も同じマジックで書いたように見えるけど。」
確かに、カタカナという字体のチョイスと筆跡、どうも同じ者が書いたようなニオイがする。それに、文字自体も両方とも新鮮で、経年劣化の様な色褪せが見られない。
「犯人は、僕のタイプの西宮のスク水をちゃっかり頂き、その罪をヤスになすりつけようというのか!許されまじきことかな!」
竜崎は拳で汗を握るが、その一方で東は、彼の推理がやや順調過ぎるのと、わざとらしく興奮した姿を見て、彼こそが真犯人であるのではないかと疑ってしまった。
ウグイスたちは彼らのすみかへと帰り、桜は西日に照らされている。明日、ヤス、こと秋葉康夫に事情を聞くこととして、その日は帰路についた。暗い下りの階段ほど危険なものはないのだ。
翌日。私立、空城高校はJR尾道駅から、千光寺公園に駆け上がる坂道の、程よく勾配を感じるか否か、というほどの高さにあり、竜崎と東が属するクラスの教室の窓からも、春らしくほころんだ桜色と尾道水道の澄んだ青のコントラストを俯瞰することができる。そして、秋葉康夫、通称ヤスは明らかに動揺していた。
彼としては何とかしてその身の潔白を証明せん、というところなのであろうが、彼の気の弱さがその焦燥に拍車をかける。ただ単に否定しているだけでは何の説得にもならない。
「生真面目なヤスを疑うつもりなんて、最初からないのよ。でも、事情が事情だから、、、」
東も困り果てている。しばらくして、ヤスは犯行に使われたのが白のトランクスであるのを見て、思い切ったように口を開いた。
「僕は、絶対に違うんだ。だって僕、ブリーフしか履かないんだ!!」
勢い余ったヤスが、ズボンを下ろして淑女たる東にこれでもかと見せつける。と同時に、頬をはたく音が炸裂した。それを見た竜崎はある種の恍惚に目覚めたようにして、因みに僕もブリーフだとしてズボンを下ろした。
「東が昨日、僕を疑う素振りを見せたから、今日から僕もコレにしたんだ。」
そして、二つ目のビンタの音が、チャイムの鐘にかき消された。やめておけばいいものを。それに、今日から変えたのであれば、何の証拠にもならない。そう考えると、秋葉康夫の体を張った説得も、一理あったのかもしれない。
担任の瀬川が教室に入ってきた。痩せている上に厚い眼鏡を掛けていて、いつもどもっているのでほとんどホームルームにならない。しかし、その日はまるで何かに脅迫されているかのように急に声を張るので驚いた。
「あ、あのっ!」
皆が教壇に目を向ける。担任の瀬川はその状況に圧倒されそうになってたじろいだが、引き下がらず続ける。
「あ、あの、パンツが盗まれまして、ね。ミッキーの、やつだったんですけどね。」
お前もか、と竜崎は思った。なぜかヤスが挙動不審にしている!そして、目の色を変えた東が突然に挙手し、発した一言で笑いが起こってホームルームが終わった。
「先生、それはトランクスとブリーフのどちらですか!」
全く、彼女は大物だ。が、割と的を得た質問だと竜崎は思った。