失われたX(エックス)
「空城高校、探偵部!」
ーー2013年春、東へ向かう青春18切符の鈍行列車の車窓にて。
田口涼太郎
広島県尾道市。その街を訪れた者は必ずやその試練にも似た恐ろしく急峻な坂の存在に驚愕することだろう。その坂を、汗にまみれ、しかしながらさも冷静さを取りつくろうようにして、制服姿の竜崎顕は踏み進んでいた。例の如く、奇妙な小言をつぶやきながら。
ーーこれは夜を照らす銀鏡の月、いや、星の下の運命、すなわち定めである。なぜならば、僕の周囲には、都会のニュースペーパーを大々的に飾り得るほどの事件が多すぎるからだ!!
竜崎は、その日の英語の授業で知ったディテクティブという単語を想起してにやけた。
やがて彼は古びた坂の路地を登りきり、そして千光寺公園に至る。ためらって、今まで振り向かなかったのを、彼はそこでやっと頂上に至ったのだと満足するや否や、竜巻の如く俊敏さで180度振り返る。そこには、春特有の霞がかった空と、尾道水道と呼ばれる島々に挟まれた東西に長い海、そして往来する船々の景色が凝集されていた。
「一体何してんのよ?不可解な動作ね、相変わらず。」
竜崎は、遠くを見ていたために、彼女のその麗しき姿はピンボケして見えなかった。ああその、彼女の上空にほころぶ桜と、それに集うウグイスたちの情景にも劣らぬその姿!!
「ああ、東か。して、僕をこんなところに呼び出して、一体どういう風の吹き回しなのか?」
妄想に暮れてはいなかった、と言えば嘘になる。現に彼は、靴箱に添えられた彼女の生々しい筆跡で書かれた便箋を手にして以来ずっと、青春の1ページを飾るには十分すぎるほどの恋愛的展開を期待せずにはいられなかったのだ。
「春といえば春風ね。どんな春風の吹き回し!なんてね。」
少しおどけてかしげた彼女の長髪が柔らかに揺れ、彼は息を飲んだ。彼女の名は東京。日本の首都ではない。アズマ、ミヤコという名前だからだ。広島県に住みながらも、実在する別の大都市の名を与えてしまったことに彼女の両親が気づいたのは割と最近のことだったそうだから驚く。
彼女はその艶やかな長い髪を手櫛でときながら口を開く。これは間違いない、と竜崎は思って、少しばかり格好をつけた。
「あのね、ハルって知ってるでしょ、E組の。彼女がね、あんたに伝えて欲しいことがあるって。」
ーー西宮春乃か、、、悪くない、というよりも寧ろ物凄くタイプだ!!
と妄想しつつ、奇声を上げて、竜崎は満面の笑みで空にガッツポーズを投げた。が、こういう流れの場合にはほとんどが勘違いに違いないと相場が決まっている。
「あんたね、思っていることが見透かされるばかりで痛いわよ。」
尾道水道に浮かぶ船の警笛が重々しくこだました。
東は竜崎への気遣いさえ面倒くさそうに続ける。
「ハルのね、スク水が盗まれたのよ。ほら、彼女も水泳部でしょ。そして、盗まれた代わりに水泳カバンに入っていたのがコレってわけ。」
彼女は黒い学生カバンから、幾重にも重ねて密封したジップロックの袋を突き出した。そのジッパーをことごとく開封していくと、その中にはこの由々しき事件の首謀者の物と思われる無地のトランクスのパンツが入れられており、そしてそこには犯行予告のメッセージがその禍々しい白の布地に直接書かれているのが見えた。
ーー西宮ニ限ラズ、水泳部員ノ、スク水ハ、全テ俺ガ頂クーー
悪いが、最後まで開けさせてもらう、と竜崎が言うと、東はまるで汚いものを扱うかのように袋を彼に委ねた。彼は最後の袋を開け、そのトランクスを観察すると、その裏側のゴムの部分にさりげなく名前が書いてあるのを見つけた。
「アキバ ヤスオ」。彼らの親友、秋葉康夫の名前である。
ヤスか!あいつ、前から変態だと思っていたんだ!
竜崎は叫んだ。




