無駄な命
また、怒られてる。
姉が八歳の長女を怒鳴り、叩いている。
毎日、彼女は姉に怒鳴られ、叩かれる。
それでも、彼女は自分の母を愛していた。
私は、そんな光景を眺め去って行く。
自分には関係ないし、姉の家族に口を出す気はない。
姉は三年前、最初の夫と別れた。
その時、長女は五歳で姉が引き取った。
そして二年前、新しい男と再婚し、二人子供をもうけた。
新しい夫の子は、二歳と十ヶ月の二人だ。
八歳の長女は毎日、怒鳴られる。
だって、頭が悪いから。
学校の成績は、学年トップ並みに良い。
けれど、なんと言うのだろう。
行動面で頭が悪いのだ。
そう例えば、食事中、音を出して長女はご飯を食べる。
三歳のころから、姉はそれを注意してきた。
けれど、八歳になった今、直っていない。
他の事もそう。
長女は落ち着きがなく、ぺちゃくちゃ喋ってて、うるさい子供だ。
誰だってうるさい子供は煩わしい。
しかも、毎日注意しても直らないのだから、うざがられるものだ。
その事に本人は気づいているのか私はわからないが。
最初、私は長女を可哀想に思った。
何故なら、新しい父ができ、妹もできた。
母である姉も新しい父親も、妹ばかり見ている。
誰も長女を見ない。
それもそうだろう。
悪戯ばかりして、一人でギャーギャーわめく子供を誰が愛そうか?
しょっちゅう、他人の邪魔ばかりしているような子供を。
どんなに叩いても、罵っても、変わらない子供を。
私は長女が嫌いだ。今は可哀想にも思わない。
ただ、馬鹿なガキとしか思わない。
長女は用もないのに、私の所に来る。
私の私物をあさる。
私はそれが嫌いだった。
汚い手で私のものに触れること自体許せなかった。
それに、長女に何を言っても口答えばかりするから無駄だった。
三歳のとき、長女が私に唾を吐いた。
私はそれを叱ったが、ずっとキチガイみたいに笑いながらやっていた。
長女はそういう子だ。止めろと言えばもっとやるような子だ。
だから、皆、嫌いだった。
長女が愛情に飢えていることを私は知っている。
長女が私を愛しているのを私は知っている。
けれど、私は長女が嫌いだ。
愛情が欲しければ、二度と同じことをしなければいい。
愛情が欲しければ、手間のかからない子供になればいい。
愛情が欲しければ、おとなしくしていればいい。
どうして、この事がわからないのだろう?
そうやって、また馬鹿なことをして皆の気を引くつもりでも?
誰も、見ないよ。
変わらない馬鹿な子供なんか。
長女が風邪を引き弱まっている時ですら、姉は心配するどころか逆に長女を罵った。
「お前はちっとも私に似ていない!!顔も性格も何もかもあの男そっくり!!!」
私は黙って、車を運転した。さすがの私も可哀想に思えた。
長女のすすり泣く声が聞こえる。
姉は構わず、罵っていた。
二歳の次女は母である姉を見ていた。
長女を罵るだけ罵って、姉は次女に微笑んだ。
あぁ、姉さん。貴方も『あの男』と一緒ですよ。
姉さん、長女のもの覚えの悪さは貴方そっくりです。
長女の口の悪さも貴方ゆずりです。
姉も結局、馬鹿な人間だ。
最初の夫との結婚に母は反対した。なのに、結婚した。
したら、この有様。最初の夫は最低な男だった。
姉さん、貴方も十分笑いものです。
長女を罵るだけ罵って、貴方も自分の事を省みようとしない。
二歳の次女は頭がいい。
両親が自分を愛していることを知っている。
だから、八歳である長女をいじめる。
長女がちょっと反撃すれば、泣き喚く。
そして、長女は姉に叩かれる。
次女はその光景を見てる。
姉は最初、長女を愛していた。
それはもう、今の次女と三女のように。
何もかも、長女優先だった。
なのに、最初の夫と別れ、再婚したら、この扱い。
長女はいつも叩かれ役。罵られる役。
それも仕方がないさ。だって、お前がほとんど悪いんだもの。
運も悪かったんだよ。私の姉の元に産まれて。
つくづく思う。
長女は何のために、産まれてきたのか。
長女は無駄な命の一つだと思った。
可哀想に。
なんでお前は産まれてきたの?
姉さんはお前なんて、欲しくなかったんだよ。
私はそれを知っている。けれど、降ろすこともできないから。
毎日どこかで、馬鹿な親によって無駄な命が産まれているのだろう。
そう思うと鳥肌が立った。