お父さんですか?
「高山ー!」
初めての侵入者が来てから10日ほどたった頃ついに次の侵入者がきた。
これは近くの町にもダンジョンの存在が知れたと思っていいだろう。
ダンジョンは日々ポイントを消費していく。ポイントはたくさんあるが何もしなければいつかは無くなる。
ダンジョンには定期的に侵入者が必要なのだ。侵入者を倒す以外にポイントを増やすことはできない。
アイリはこれでようやくスタートラインに立ったと気を引き締める。
しかし、肝心の高山の姿が見当たらない。
ただアイリもすでに高山の行動は把握していた。
(こういう場合はだいたい温泉にいるのよね。本当お気楽よね、もう怒鳴る気もしないわ)
温泉の扉を開くと確かに高山はいた。
ただし、大きな狼を引き連れて。
「ちょっとなにやってんのー!!!」
怒鳴らずに入られなかった。
「たまには狼さんも体を綺麗にしないといけないと思いましてね。見てください、心地よさそうにしているでしょう?」
湯船いっぱいに浸かるフェンリル。
「信じられない、モンスターをこんなところにつれて、、、、うっ!」
さらに高山に怒鳴りつけようとしたところで、いままで大人しくしていたフェンリルが立ち上がる。
そして低いうなり声を出すフェンリルにアイリは腰が引けてしまう。
「ははは、アイリさんは仲間ですよ?」
暢気に笑ってないでよ! と思うアイリだが湯船からでて彼女の周りをくんくんと匂いを嗅ぎながらうろつくフェンリルのせいで声が出せなかった。
フェンリルは匂いを嗅ぎ終えると、アイリの首根っこあたりの服を銜え軽々と持ち上げる。
「ちょ、ちょっとおろしてよ!」
アイリを持ち上げたまま高山の前に来ると、アイリを横に転がしその体に前脚を乗せて動けないようにする。
「わたしを献上しないでよー!」
温泉から出た高山はダンジョンマスターの部屋に向かう。
そこにはすでにイリアとラウルが待っていた。
「侵入者はどうしてる?」
「始めに右の通路と左の通路、両方に別れました。その後また元の場所に戻ってきました」
今回の侵入者は7人組だ。高山にはわからなかったが冒険者だったラウルの見た感じだとラウルたちよりも冒険者としては上だと思いますと話す。
「あんたたちは初心者中の初心者だったじゃない」
とアイリに突っ込まれてぐぅとうなるラウル。
「たぶん左右のどちらが攻略しやすいのか確認したんだろうね」
7人組のパーティは合流した後しばらく話し合っていたが、左の道を選んだ。
それをモニターで見ていたアイリは私は右の方がまだよかったのではないかと思う。
(ま、あのレベルの冒険者じゃどっちもたいして変わらないかもしれないけどね)
左の道をしばらくすると通路はやや下りそこには水が溜まっている。
右の砂漠、左の水路。どちらがいいのかなかなか決まらなかったが砂漠の暑さよりはましだろうと、パーティは右の道を選ぶ。
水位は膝に届くか届かない程度しかないが、わずかであるが行動が制限される。
「いて! なにかに噛まれた。魚みたいだ」
水路を進んでいくと小さな魚が冒険者達の足に噛み付いていた。追い払おうと剣を振るうが水中の魚をしとめるのはなかなかに難しい。
たいしたダメージはないので適度に追い払いつつ前へ進む。
歩いていると、地面に小さな穴が空いているようで足をとられる。
「かー、たちが悪いなぁこのダンジョンはちまちま、ちまちまと」
いつしか冒険者達は自分達の意識が足元に集中しきっていた。
その時すでに最後尾を歩いていた2人がすでに姿を消していることに気付くものはいなかった。
アイリはただなにも言わずじっとモニターの中の冒険者の様子を見る高山を横目に、顔や性格に似合わず、なかなかいやらしい作り方をしたとあらためて思う。
彼ら冒険者の2人を葬ったのは、この天井に張り付いたアラクネーと呼ばれる蜘蛛のようなモンスターだ。下へ下へと注意を向けて上から、しかも音すら立てず仕留める。
「扉がある。そろそろ敵がいるはずだ。気を付けろよ」
彼らの前には小さな扉。このパーティのリーダーであろう男が周りのメンバーに注意を促す。
その時初めてメンバーが足りないことに気付く。
「おい、2人はどこいったんだ?」
周囲を見回しても彼らの姿はない。
もしモンスターにやられたとしてもその痕跡すらないことに恐怖を覚える冒険者達。
「ど、どうする? ここで引き返すか?」
先ほどまで何の変哲のない水路だったはずなのに、こうして来た道を振り返ると奇妙な不気味さがある。
「いや、進もう」
彼らは目の前の扉を開き中へ突入する。部屋に入るときわずかに段差があり水位が膝の上辺りまでになる。
部屋の中央に人の姿を見つける。
(モンスターか!)
警戒しながら慎重に前に進む。
「子ども、、、か?」
どうしてこんなところに子どもがと思ったとき後ろの扉がぱたりと閉じられる。
「罠か!?」
後方にいたメンバーが急ぎ扉へ向かおうとしたとき彼の足になにかが噛み付いた。
先ほどまでの魚とは違う大きな衝撃が走る。
「ぐぁ! く、クロコダイルだ!!!」
彼の足に噛み付いた1匹の鰐型のモンスターであるクロコダイルはそのままぐるりと体を回転させ彼の足をそのまま食いちぎる。
「くっ、一旦引くぞ!」
彼らが一度後退しようとしたとき彼らの後方に水中から姿を現れたモンスター、サハギンに退路を阻まれる。
「ど、どうすんだよ!」
すでにパーティは混乱しつつある。リーダーがなんとか落ち着かせるべく次の手を考えようとしたとき異変に気付いた。
(水位が上がっている!?)
まずいなと思った時ふと先程、部屋の中央にいた子どもの事が頭によぎり振り返る。
彼は見た。その子どもの腕の部分から大量の水が溢れ出しているのを。
(やつが原因か!)
「お前ら退路を確保しろ!」
彼はさらに上昇しつつある水の中を駆け、その小さな体のモンスターへ剣を向ける。
(女の子か。だがモンスターはモンスター悪く思うなよ!)
彼の剣がモンスターの体を右から左へと切り裂いた。
「やったか!」
モンスターの体は崩れ落ち水の中へ消え去る。
しかし水位の上昇は止まらない。
(どういうことだ)
すでにパーティは瀕死だ。体半分以上を水に浸からせてはまともに動けるはずもない。逆に水中を得意とするモンスター達は、次々と冒険者達に襲い掛かる。
あるものはクロコダイルに食い千切られ、あるものはサハギンの持つ槍に貫かれる。
(このままじゃ部屋が水で埋まっちまう!)
彼はさきほどの女のモンスターを探すがどこにも見当たらない。
見つかるはずはなかった。彼女は部屋の外にいたのだから。
切り裂かれたはずの彼女の体には傷ひとつついていなかった。
そして冒険者達は部屋の7割ほどを水が満たしたときにはすでに生きているものはいなかった。
「終わったわね。今回は生き残りはいないみたいね」
今回の結果を見てアイリはやはり初心者には到底突破できるような代物ではないと改めて思う。
作られたばかりのダンジョンにおいて、高山のように通路や部屋を特殊な環境にすることはほとんどない。ないというよりはポイントの関係上できないといえる。
通常の通路を作成するポイントと比べると格段に消費の多い水の通路や砂漠地帯といった特殊な通路。
初期の段階ではポイントは非常にかつかつであり、通路などにさくよりもモンスターの召喚に比重を置くことがほとんどだ。
大量の初期ポイントを持つ高山だからこそできたダンジョンと言える。
その大量に消費したポイントに見合うだけの難易度を誇るこのダンジョン。
しばらくすれば町にもこのダンジョンが普通ではないと知れ渡るだろう。
それまでは普段なら初心者冒険者向きである発見されたばかりのダンジョンには、低レベルの冒険者達が多く来ることになるだろう。
ダンジョンの噂が広まり初心者が敬遠し始める前にいかに多くポイントを溜めるか。上級者が攻略に力を入れ始めるまでにいかにダンジョンを強化できるか。はたして高山は大丈夫だろうか。
高山は先程の戦闘の報告だろうか、彼の元にやってきた小さな女の子、水の精霊ナイアスと会話している。
体すべてが水でできている彼女に通常の剣や拳では傷つけることはできない。
ちなみにこのナイアスこそが高山のフェンリルとは別に可愛がっているモンスターだ。
しかし、会話と言ったがこれは会話が成立しているといっていいのだろうか? 無表情無口のナイアスは
「お疲れ様でした」
(……)コクリ
「怪我はありませんか?」
(……)コクリ
高山がしゃべることにナイアスは頷くか首を振るかで答える。
2人きりのときは少しはしゃべるんですがねーと高山は言っていたが。
話し終えのだろうがナイアスは高山からは離れずにいる。
「どうかしましたか?」
何も言わずにナイアスは上目遣いで高山をじっとみる。
「きっと褒めてもらいたいんじゃないですか?」
ラウルの言葉にそうなんですかと尋ねると控えめにコクリと頷く。
すると高山はよしよしとナイアスの頭を撫でてあげる。
ナイアスは嬉しそうに笑っている。
「こうしてみるとまるで父と娘のようですね」
「じゃあお母さんはイリア様ですね!」
わ、わたしがご主人様の妻っ!!! と顔を赤くするイリアだったが、
「ははは、娘というより孫に近いかもしれませんね。それにイリアさんは私の妻にしてはいささか若すぎますよ」
とさらりと否定され落ち込むのだった。
「おとーさん?」
ナイアスはじっと高山を見つめる。そしてイリアの方へ振り返ると
「おかーさん?」
と不安そうに様子を窺っている。
「ナイアスちゃんもご主人様とイリア様がいいって言ってるみたいですよ?」
困りましたねと苦笑いしながらも、はい、お父さんですよという高山に顔を輝かせてぎゅっとしがみつくナイアスだった。
そんな緊張感のかけらもないやりとりをしている彼らの様子を見ていたアイリは
(だめだ、このダンジョンマスター早く何とかしないと)
と強く思うのだった。
しかしなぜかはわからないがフェンリルにしろこのナイアスにしろ避けられてしまうアイリはひそかに落ち込むのだった。