おいしいですか?
「この森は大陸の北部にあります」
あまりにもあっけなく仲間になったラウル。この世界の住人である彼女に周辺の環境を聞く。
彼女の話によると、この森は2つの国の国境付近に位置するということだ。森自体は2つの国のどちらかが保有しているわけではなく中立地帯という扱いらしい。
森には国と国を繋ぐ道などは整備されておらず、この2つを国を繋ぐのは森の南に広がる平原地帯だ。
この平原が現在は停戦状態にあるが、たびたび戦場となる。
森が中立地帯であり、戦争の戦火を免れているのはいくつか理由がる。
まずは森自体が大軍の進軍には向いていない。
森を開拓し道を整備しようにもモンスターが障害になる。
そしてなによりもこの森の中に集落を持つエルフ達の反感を買うことになる。
数は少ないがエルフ達の身体能力は人間に比べると非常に高い。そしてエルフにとって最も得意とする森での戦いとなれば人間達には分が悪い。
被害を省みず大軍を持って森へ侵略すればきっとエルフ達を殲滅できるだろう。
しかし、森を挟む2つの国は古くから敵対している。
森へ大軍を向けたと知ればもう片方の国が今が好機と平原へ兵を向けるだろう。
その絶妙なバランスが森を守っている。
もし2つの国が協力したらと考えると恐ろしいものがあるのだが。
そんな森の中にこのダンジョンは存在する。位置で言えば『グランダーレ帝国』と呼ばれる国に近い位置にあるという話だ。
そしてラウルはそのグランダーレ帝国からやってきたという。
「近くに町があるんですか?」
「はい、森を抜けた先にそれなりに大きな町があります。この森にはいろんなモンスターがいますから、冒険者達がよく森で狩りをしています。その拠点としてよく多くの冒険者達が利用します。私もその町であのパーティさん達と知り合いこのダンジョンへ来ました」
パーティの事を思い出したのだろう、少し悲しそうな顔をする。
「すみませんね。そのパーティさんのことは」
「いえ、仕方ないことなんです。ダンジョンを攻略するっていうことはああいうことが起こって当然だったんです。初心者の私には覚悟が足りてなかったんだと思います」
覚悟が足りないという彼女の言葉は高山にとっても耳の痛い話だった。
「じゃあその町にはすでにこのダンジョンのこと知られちゃってるんだね」
いえ、それは、、、とどこか言いづらそうにしていたラウルだが、欲に目がくらみ、周囲に秘密してここに来たことを打ち明けた。
「初心者は初心者でも本当に馬鹿な初心者ね」
アイリの言葉にぐうの音もでないラウル。
「そ、それですね、高山様!」
「え、えぇ」
急に大きな声を出すラウルに驚く高山。
「たぶんこんな馬鹿な初心者の私はこのダンジョンで戦闘じゃ役に立たないと思うんです!」
はっきりと自分で役に立たないというラウルに高山ははぁと気の抜けた返事をする。
そんな高山の様子に気付いているのか気付いていないのかはわからないがラウルは高山からその後ろに立つイリアに視線を向ける。(この時、視線にやや熱を帯びていた風に見えたのは気のせいではないだろう)
「そ、その私もイリア様の下でメイドとして仕えたいんです!」
なんだか不純な動機が見え隠れ、いやほとんど隠れていないが、とりあえずこうして仕えるものが増えることは今後のことを考えても悪いことではないだろうと高山は考える。
そっとアイリの様子を窺うが好きにしたら? といった感じだ。
ラウルの要望を承諾すると彼女は嬉しそうに笑っていた。
「ところでなんで私だけ『さん』付けなの?」
それはきっとイリアの様が特別なのだろうと思ったがあえて言うことはしなかった。
ちなみにラウルを迎え入れたあとイリアにこっそり
「私はそっちの気はありませんから」
と言われ、高山は苦笑いすることになる。
ラウルの話しの通り、それからすぐに次の侵入者が来るようなことはなかった。
その間暇があればダンジョンの勉強に励む。
本当は釣りに行きたいのだがなかなか行かせてもらえないので温泉と食事が少ない楽しみだ。
しかし最近新しく出来た楽しみがある。
高山はボスの部屋の扉を開きその中へと足を踏み入れる。相変わらずイリアは傍に控えている。
ラウルもメイドとして仕えていた当初はよく付いてきていたのだが、イリアとラウルの2人だけの秘密の話し合いが行われた後はそのようなことはなくなった。
話しを戻そう。ボスの部屋に入った高山に一つの影が近寄る。
狼である。しかし通常の狼と異なりその背丈は2メートルは近いだろう。
大きな口ととがった牙はもし高山に噛み付きでもしたなら、ひと噛みで食いちぎりかねない。
そんな凶暴な姿をした狼だが高山の前に姿を現すとその頭を地に伏せる。
高山はその狼の頭をゆっくりと撫でると狼は嬉しそうに目を細めている。
この全身を白い毛皮に覆われている狼はフェンリルと呼ばれるモンスターだ。
ボスモンスターを召喚しようという話しになったときに、アイリが初心者がよくボスとして利用するオーガといった種族を薦めていたりしたが、そういったモンスターに馴染みのない高山はいまいち乗り気ではなかった。
そんなときに見つけたのがこのフェンリルだ。
オーガよりも多くポイントを消費することになるがその戦闘能力はボスモンスターとして十分な能力を有しており、アイリも納得の召喚だった。
そんなボスモンスターであるフェンリルだが高山との関係はまさにペットとご主人様そのものだ。
「狼さんは本当に毛が気持ちいいですねー。癒されます」
そういってフェンリルの体に抱きつく高山を羨ましそうに眺めるイリア。
フェンリルに抱きつく高山が羨ましいのか、高山に抱きつかれるフェンリルが羨ましいのかで大きく意味はことなるが、ここでわざわざ言う必要はないだろう。
こうして高山に撫でられているフェンリルは一見するとただの愛玩動物にしか見えない。
しかし一度、戦闘体勢に入るとその恐ろしい牙をむき出しにし、敵を排除しようと威嚇する。その威嚇は見ているものを怯ませるには十分な迫力がある。
ちなみにフェンリルに初めて威嚇されたのはアイリである。
「私は敵じゃないよー!!」
と半泣きで部屋から逃げ出していた。
私も毛をもふもふしたいのに、ぐすんと落ち込むアイリだった。
そんなこんなで高山の楽しみの1つにフェンリルとの交流が追加されていた。
ダンジョンのモンスターの中にはもう1匹、フェンリルとは別に高山にこうして可愛がられるものがいるがそれは、砂漠のダンジョンとは別の道にいるので後々紹介することになるだろう。
「釣りに行きたい?」
「はい。というよりは外に出たいんです。やはり本物の日光を浴びたいんです」
ここ何日かはさすがに自重していたのだろうか何も言わなかった高山だがついにアイリに願い出た。
「あなたね、もうダンジョンは開通しているんですよ!? もし外で誰かに見つかってあなたがダンジョンマスターとばれたら……」
そこまで言いかけたアイリだったが高山を上から下までじっくり眺め、こいつを外で見かけたらただの釣り人のおっさんにしか見えないと結論づける。
しかし、まったく危険がないわけではない。どうするか迷うアイリだったがあまり束縛するのも良くないのかなと思い外出を許すのだった。
「私も付いていきます!」
ラウルがそういうが、イリアに
「アイリさんとお留守番してくれますよね?」
とにっこり微笑むイリアにラウルは引き下がる。イリアの目だけはまったく笑っていなかったことに高山だけは気付いていなかった。
「さて今日は前にエルフのエレアさんに教えてもらった付近で試してみましょう」
以前来たときに出会ったエレアに教えてもらった場所で、釣りを始める。
今日はイリアは高山の横にいるだけだ。
静かな時間が流れていく。イリアはただじっと高山の横顔を見続ける。
エレアのおかげか今日は何匹か魚が釣れた。
食べれそうですけどどうでしょうかね? と釣った魚を見て呟く高山。
高山に召喚されたときから持っている知識のなかにこの魚についての情報もあった。イリアが食べれますよと教えると高山とても喜んでいた。
高山は慣れた手つきで魚の内臓を取り除いたりと下準備をすると串にさし、先に用意していた焚き火の近くの地面に突き刺した。
焦げてしまわないように注意しながら綺麗に焼きあがるのを待つ。
途中で持参していた塩を振り掛ける。
「もう、よさそうですね。はい、これはイリアさんの分です」
そういって串を手渡されたイリアはどうやって食べるべきなのか迷っていた。彼女の知識のなかに魚の調理方法はいくつかあるが、このように串に刺して丸焼きにするのは知らなかった。
食事のマナーなども広く知ってはいるのだが、このような食べ方は知識ない。
困ったイリアは高山の様子をこっそり窺う。
その視線に気付いた高山は、彼女に教えるように自分の持っていた魚の腹に噛み付いた。
そうような食べ方少し恥ずかしいですね。と思いながらもイリアも高山の真似をしてパクリと一口食べる。
「ん、、、おいしい……」
つい彼女は素の声を出していた。あっ、と思い彼女は口元に手をやり高山の方を見やると、彼は嬉しそうに彼女を見ているのだった。
食事が終わり、後片付けも済ませたころにはすっかり日が暮れていた。
「早く帰らないとまたアイリさんに怒られてしまいますね」
これじゃあどちらが主なのかわかりませんね。と考えるイリア。
一度アイリと主への言葉遣いなどで激しく言い争いをしたことがあるのだが、高山に別に私は気にしていませんから。と言われイリアは引き下がるのだった。
今でもたまに言い争っていたりするが、始めのころに比べると随分ましになった。
高山が本当に気にしていないというのがある。きっと高山はアイリは口うるさい娘ぐらいに思っているのだろう。
それにアイリは高山に口うるさいのだが、高山のためを思っての言葉がほとんどなのだ。
それに気付いてからはイリアはアイリにきつく言うことが少なくなったのだ。
(むしろあれだけ自分の意思を伝えられるのは羨ましいぐらいですね)
湖をあとにする2人。しかしこの時彼らは影から覗く影に気付くことはなかった。
このあと案の定、アイリは帰りが遅いことに怒るのだが高山の釣ってきた魚を夕食に振舞うとすっかり機嫌がよくなるのだった。