捕虜ですか?
「終わったわよ」
「そうですか……」
ダンジョンに侵入した冒険者を殲滅した高山。後ろに控えるイリアからは高山の表情を窺うことはできない。
「まだ最後に引きずり込まれた子なら助かると思うけどどうする? 何かの役に立つかもしれないよ」
「助けてやってください」
「わかった。私が行くから高山は捕らえておく部屋を用意しといて」
アイリは先ほどまで戦闘が行われていた場所へ向かう。
この時アイリは1つミスをしていることに気付かなかった。
「ちょっと! この部屋は何!?」
「捕まえた人に入ってもらう部屋ですよ?」
「なんで普通の部屋なのよ!」
「いえ、内側からは開かないように、、、」
「牢屋! 牢屋を作りなさいよ!」
気を失っている冒険者を抱え戻ってきたアイリを待っていたのは一見するとただの部屋だ。
綺麗なベッドまで用意されている。
「これじゃ外から様子がわからないじゃないの!」
高山に任せたのが失敗だったと彼女は、とりあえず扉の部分を鉄格子に変えさせる。さすがに中まで作り変えるわけにはいかず妥協する。
広さはイリアの部屋よりも狭いぐらいではあったのがせめてもの救いだろうか。いやいや、個室ってことがありえないと甘くなりがちなアイリは首を振る。
「というか、部屋に個室のトイレなんて贅沢すぎるわ!」
「ないと不便かと思いまして」
「そんなの適当に地面に穴でも掘って済まさせればいいのよ!」
「地面にですか? 生憎私にはそういう趣味はありませんので」
殴りかかろうとするアイリをイリアがそっと止めるのであった。
ラウルが目を覚ますとそこは小さな部屋だった。ボーっとする頭で自分がまだ生きているということを実感する。
体には特に異常はない。ここはどこだろうか。部屋を見渡すラウルは入り口の鉄格子を見て自分が捕らえられたのだろうと確信する。
意識を失う前のことを思い返す。死んでいくパーティの光景が悪夢のようによみがえる。
悲惨な最期を迎えたパーティだったが、生き残った私は運がよかったのか、それともあの時一緒に死んでいた方がよかったのかラウルにはわからない。
ダンジョンに捕らえられたものがその後、生還したという話は聞いたことがない。
きっとこれから奴隷のように扱われるのであろう。ここのダンジョンマスターは男だろうか。ほとんどが男という話なのできっとそうなのだろう。
ラウルは初めて女に生まれてきたことを後悔する。もう1度自分の体をよく調べるがまだ乱暴されたような跡はない。
せめて一思いに殺してくれればいいのだが、こうして捕らえているということは、、、そういうことなのだろう。
その時ラウルは部屋に近寄る気配を感じる。ラウルはぎゅっと自分の体を抱きしめる。
泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えながら、鉄格子の外へと視線を向ける。
「おや、目を覚まされたのですね? 体調はどうですか?」
やってきたのはどこにでも居そうな中年の男性だった。人のよさそうな顔をした中年の男性はその雰囲気の通り穏やかに声を掛けてくる。
「だ、大丈夫です」
「そうですか。安心しました」
高山と名乗った男性の雰囲気に少しばかり気を許したラウルはぽつりぽつりと会話を交わす。
この人がダンジョンマスターなのだろうか。イメージとは随分違ってすごく優しそうな人だ。
でもまだわからない。油断させて無理やり乱暴されるかもしれない。後ろに立っているメイドさんは怖いし。とラウルは注意深く高山を観察する。
「ラウルさんですか。ご飯は食べれそうですか?」
「は、はい。食べれます」
「では後ほど持ってきますね」
「あ、あの! あなたがここのマスターなんですか?」
高山は一応そうですよ。と答えそのままその場を後にするのだった。
「イリアさん、今日の夕食は4人分お願いしますね」
「かしこまりました」
イリアは捕虜に対して少し甘いのではないかと思ったがこれもきっとご主人様の良い所なのだろうと黙って従うのだった。
「ご主人様。夕食の準備が出来ました」
高山の部屋の扉を2度ノックし声を掛けるがなかから返事はなかった。
「ご主人様?」
そっと扉を開けるイリア。部屋は薄暗い。ただそこには高山がいつも部屋に居るときは座っている椅子に腰掛けていた。
「どうされてんですか? 部屋に明かりも、、、あっ」
明かりを点けようと部屋に入ったイリアは確かに見た。高山の頬に流れるその涙を。
「あぁ、すいません。食事ですか? すぐに行きます」
椅子から立ち上がると高山は意識してかイリアから目を背けその横を通り過ぎる。
イリアは何も言わず通り過ぎる高山の背後からその身をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫です。大丈夫ですよ」
「いやはや、恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
ごまかすことが無理だと諦めた高山は自虐的に苦笑いする。イリアは決して彼の顔を見ることはしなかった。
見てはいけないそう思った彼女はただ静かにその震えるその体を抱きしめるだけだった。
「画面越しで見ていている時もそうだったのですか。ラウルさんの前に改めて立った時にとても怖くなりました」
しばらくして落ち着きを取り戻した、高山はぽつりぽつりと語り始めた。
「私の娘と大差ない年の彼女を私は殺そうとしたと考えたとき。いえ、もう殺めてしまったのです。私は娘と同じぐらいの年の子を殺めてしまったのです。そう思うと体が震えてきました。ええ、わかっていました。アイリさんからダンジョンの説明を受けたとき、このようなことが起こるんだろうと」
イリアには高山の心中を察することは難しかった。彼女は高山の世界のことを知らない。それどころか造られた人間である彼女には彼の気持ちを理解するのは難しい。そんなイリアには彼に掛ける言葉を探しても見つかるはずがなかった。
だから彼女は強く、より強く高山の体を抱きしめるだけだった。
今まで1度も語ることのなかった高山の居た元の世界の話。
それをゆっくりとゆっくりとそれを独り言のようにそしてまるで自分に言い聞かせるように語り始めた。
彼には妻と娘がいた。しかし彼の妻は若くして病死してしまう。高山はとても悲しんだがそのころまだ幼かった娘の育児に追われ感傷的になる暇もなかった。母親がいないことで寂しい思いをする娘のためにせめてひもじい思いをさせまいと、仕事に家事に育児と彼なりに必死に頑張ってきた。
しかし、娘は思春期になると彼に冷たくなったそうだ。ただその時のことを後に娘は母親がいないことの寂しさから父親に辛くあたってしまったと言っていた。
娘は無事大学を卒業し、社会人になった。そのころは娘は男手一つで子どもを育てること、働くことがいかに大変か知りとても彼に感謝していたそうだ。
職場でもその人柄とその面倒見のよさから後輩や新入社員からも頼りにされていた。
若くして妻を亡くすという不幸はあったがそれなりに充実した人生を送ってきた高山。
そんな時だった。彼がこの世界に来たのは。
夢なのか死んでしまったのかはいまだわからない。ただアイリに出会い、イリアに出会い、ダンジョンの外へ出てこの世界もきっと素晴らしい世界だとそう思えた。
元の世界への未練はあったが、もう2度と戻れないような気がしていた高山はこの世界で生きていくのも悪くないと思っていた。
今日こうして人が死に行く様を見るまでは。
「向こうの世界の私は死んでしまったのでしょう。だからこうしてこの世界で生きていることが奇跡なんです。しかしこの世界で生きていくためには今日のようにこれからもたくさんの人を殺さないと行けないんでしょう。それならばいっそのこといま私が死んでしまえば、、、」
「駄目です! 絶対にやめてください」
イリアは普段出さないような大声を出す。
「きっと向こうの世界にいる娘さんはあなたがいなくなってすごく悲しんでいると思います。そしてこちらの世界であなたがいなくなったら娘さんと同じように悲しむ人がいるんです。だから、、、そんな哀しいことを言わないでください」
「すみません。つい弱音を吐いてしまいました。心配しないでください。今だけです、こうして弱音を吐くのは」
だからいまは出来ることならもう少しだけこのまま……。
ありがとうとイリアの手を握り囁いた声は確かに彼女の耳に届くのだった。
「遅い! 遅すぎる! ご飯が冷めちゃうじゃない!」
食事部屋では1人取り残されたアイリが1人喚いているのだった。
「甘い! 甘すぎるわ! 私達と同じ食べ物なんて贅沢よ! 残飯でも与えてれば良いのよ!」
ラウルの元に食事を運ぶイリアを発見したアイリは案の定、高山に食って掛かっていた。
「ご飯はおいしい方がいいと思いましてね。イリアさんの料理はすごくおいしいですから」
「だーかーらー! そう言うことを言ってるんじゃないの!」
しばらく収まりそうにないアイリを尻目にイリアは部屋をでてラウルのもとに食事を運ぶのだった。
「ご飯です」
「こ、これが私のご飯ですか?」
ラウルはイリアが運んできた捕虜としては贅沢な料理を見て目を疑う。毒でも入ってるんじゃないかと思うが、そんなことをする意味はないはずと考える。
「感謝するならご主人様の配慮に感謝してください。それとご主人様はあなたが思っているようなダンジョンマスターではないと思いますよ」
先ほど高山と来たときは一言もしゃべらずにいたイリアだったが、ラウルと2人きりになるとやさしく声を掛けてきた。内容はご主人様の素晴らしさについてがほとんどだったのだが。
「というわけで、ご主人様はあなたに乱暴するようなことは決してありません」
「そ、そうなんですね」
確かにラウルの目からしても高山は乱暴するような人物には見えなかった。目の前にいるメイドの様子からしてもきっとそうなんだろうと思える。
「高山さんのこと好きなんですね」
「!?」
一瞬にして顔を赤く染めるイリアは動揺しているのは明らかだ。ごほんごほんと何度か大きく咳をする。
「私がご主人様に対してそのような感情を抱くはずがありません。私はただご主人様に敬愛の気持ちを持って仕える身でしかありません。私とご主人様では立場が違うのです」
きっとご主人様は立場なんて気になさらないのでしょうがと思う気持ちをイリアは胸の内にしまう。
「どうして高山さんもイリアさんも捕虜の私に優しいんですか?」
「ご主人様が優しいのは性格だからとしかいいようがありません。例えそれが捕虜だとしてもです」
イリアは淡々と答える。
「私があなたに優しいのはご主人様があなたに優しいからです。もしご主人様がいらないと判断すれば私はあなたをゴミのように捨てるでしょう」
ただ淡々と。
「私があなたに優しいのはあなたがご主人様に敵意を持っていないからです。もしあなたがご主人様に敵意を持ち傷つけようとすれば私はきっとあなたを殺すでしょう」
淡々と語るイリアの言葉は嘘や冗談ではないといことはラウルには痛いほどにわかった。その目がいかに本気かを表す。ラウルは呼吸をするのを忘れてしまいそうなぐらいに緊張をしていた。
「……ただあなたがご主人様に忠誠を誓い仕えるというのであればご主人様はあなたを見捨てたりはしないでしょう。そして私も喜んであなたを迎え入れるでしょう」
先程までの雰囲気が嘘のように穏やかな表情をするイリアにラウルは目を奪われてしまう。
ラウルが高山に仕えたいと言い出すのはそらからすぐのことだった。
「どうして急に仕えるなんて言いだしたんだろうね?」
「どうしてですかね? 私は助かりましたけど」
「イリア様! お皿洗い終わりました!」
「あとなんでイリアには『様』なんだろうね」
「どうしてですかね?」