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エルフさんですか?

 翌朝、高山が目を覚ますと部屋には土下座したイリアがいて驚くことになる。

 どうやら昨晩お風呂でのぼせてしまい、あろうことか主に部屋まで運ばせてしまったことを詫びているようだ。

 高山としてはアイリのお説教から逃れることが出来たのでむしろ感謝したいほどであった。


 その日の朝食はイリアがすでに用意していた。昨日2人で料理をしたときに見たイリアの料理の腕は高く、用意されている朝食からもそれが見て取れる。


 余談だがダンジョンの作成の能力を使って冷蔵庫なんかも設置していた。電気は使用しないが1日あたりいくらのポイント消費と決まっている。他にもガスや水なんかも使用量でポイントを消費する仕組みのようだ。ようは水道光熱費はすべてポイント払いなのである。

 食材なども日本にあるスーパーのような品揃えが用意されている。 米ももちろんあり、和食派である高山にとってはとても嬉しいことだった。


 ご主人様と同じ席で食事など出来ませんと給仕に徹しようとするイリアを説得したりといったイベントはあったが(アイリは昨夜と同じように結局は折れて一緒に食べるイリアを横目にこの人面倒くさいなどと思いつつも)無事食事を終える。


「今日はダンジョンの作成をしてもらいますからね!」


 鼻息を荒くして高山に詰め寄るアイリだが相変わらずのんびりと食後のコーヒーを飲みつつリラックスしている高山。


「ダンジョンの作成と言いましても、いまいち何をやればいいのかわからないのですよ。通路を作ってモンスターさんを召喚すればいいのですか?」

「そうよ! モンスターを召喚したり罠を作ったりして侵入者を倒さないといけないの!」

「侵入してくる人は悪い人たちなんですか?」

「悪いかどうかは問題じゃないのよ! 倒さないとあなたが殺されちゃうのよ!」

「侵入者さんを殺さないといけないのですね」

「だからそう言ってるじゃない!」


 そうですかと静かに頷く高山。少しだけ普段は見せない哀しそうな顔をする主にイリアはなにか声を掛けたかったが、掛ける言葉が見つからず何も出来ない自分に歯痒い思いをするのだった。

 わかりましたと答えたときにはいつもと変わらない様子の高山だった。


 高山はダンジョンの作成についてはまったくの素人だ。いや、ここに召喚された者はみな初めてダンジョンの作成をすることになるのだが。

 しかし大半のものはRPGなどをしたことがあったり、中には似たようなダンジョン作成のゲームをプレイしたことがあったりなんかもする。

 このダンジョン作成はゲームに近いものがあるのだ。ゲームで聞いたことのあるようなモンスターを召喚したり、こんな戦略でダンジョンを作成する、ここには罠を作ってなどとすぐに順応していく。

 だが高山はどうだろうか。ゲームの経験などまったくないのだ。やったことがあるのは将棋や囲碁というぐらいだ。

 ゲームをやっているものなんかは誰もが知っているようなモンスター。例えばスライムやゴブリン。これさえも知らないのだ。

 名前を聞いてどういうモンスターかとわかるのとわからないのでは大きな差である。

 例えばレベル。これさえもわからない高山にレベルの説明をするのにどれほどアイリが苦労したことか。

 高山にとっては人間の能力を数値化して表すのがいまいちピンとこないらしい。


 敵を倒したら経験値がもらえて、経験値がたまるとレベルが上がりステータスが上昇します。

 高山は首を傾げるだけだった。

 頑張ってレベルの説明をするアイリに高山は


「年齢のことですか?」と答えるほどだった。



 アイリの必死な説明の甲斐もありなんとか少しずつ先へ進んでいく。

 まずはダンジョンの通路や部屋だったが意外とこちらはすんなりと覚えていった。

 といっても道を作って部屋を用意するだけなのでここで手こずられても困るのだが。


 そして通路を作成する高山はアイリとイリアのアドバイスがあったとはいえ、ようはこの部屋まで来るのが大変になるようにすればいいのですよね? とさくさくと作っていく姿にアイリは逆に驚かされるのだった。



 なんとか無事このダンジョンの地下1階の全体が完成した。ざっくりと言えば入り口からすぐに二手別れ、最終的に合流してボスの部屋に繋がることになる。


 さて、肝心のモンスターの配置だが、やはり高山はモンスターの知識はなく何をどう召喚して配置すればいいのかわからずなかなかに苦労していた。

 ひとまずアイリは部屋の作成までは無事に終わったことにある程度満足もしており、モンスターの説明を少し読んでいったらいいのじゃないのかと提案する。

 このダンジョンが外の世界から発見されるまでは残り5日。

 少なくはあるがまだ日数に余裕はある。外の世界と繋がってもすぐに侵入者が来るわけでもない。

 下手によくわからずモンスターを召喚するより少しでもモンスターの事を理解してからでも遅くないとアイリは考えた。

 幸いなことにモンスターの召喚ページにはそのモンスターの特徴等が細かく記述されている。

 ただモンスターの種類が多すぎて全部を読破するのは難しいだろう。それでもまったくの知識のない高山は少しでもこれを読み理解するのがいいだろうと考えひとまずここまでで解散する。




 それから2日ほどたったが高山はモンスターの召喚について悩んでいた。そろそろ召喚をするように言うか迷っていたアイリだったが高山の方から声を掛けれた。


「やっと召喚するモンスターが決まったの?」

「いえ、魚釣りに出掛けようと思いまして」


 がくっときたアイリはこの2日ほど怒鳴っていなかったのだが久々に大声を出して怒鳴るのだった。


「なるべく早く帰ってきなさいよ。あと明日には絶対召喚してもらうから!」

「ええ、わかりました」


 たまには気分転換にという高山をしぶしぶ見送る。気付けば完全に敬語を使わなくなったなとアイリはふと思うのだった。




 先日と同じようにイリアは高山の後ろを静かについていく。

 高山は以前来た湖に訪れるとしばらくよさそうな場所を探しながら近くを歩く。ここにしましょうと持ってきた釣竿と餌の準備する。




「始めはやりかたを見ていてくださいね」


 慣れた手つきで準備をしていく高山をイリアはじっと見つめている。


「はい、これはイリアさんの分ですよ」


 2本持ってきたうちの1本をイリアに手渡すと高山は自分の分の釣竿を湖に向かって軽く振る。

 高山の様子を窺っていたイリアも見よう見まねで湖に竿振る。

 高山ほどきれいには飛びはしなかったが何とか上手くいってホッとするイリア。傍にいた高山はそんなイリアの様子を見て微笑む。それに気付いたイリアも少し恥ずかしそうに微笑むのだった。



「退屈じゃありませんか?」

「そんなことはありませんよ」


 結局しばらく糸をたらして当たりを待ち続けたが2人とも1匹も釣ることはできていなかった。

 魚がいることはいるみたいなんですけどねと、餌をとられてしまった針を見ながらつぶやく高山。


 その時、イリアは森の中からこちらを窺う気配を感じる。

 さっと高山の前にでると辺りを注意深く観察する。


「どうしたのですか?」

「何者かがこちらを見ているようです」


 気配はたぶん1つ。何が起こっても動けるように体勢を整えつつまだ見えない相手へ声を掛ける。


「どちらさまでしょうか? 私達になんの用でしょう?」


 モンスターなのか山賊といったものたちか。警戒を強めるイリアの前に木々の間からすっと人影が現れる。

 思わず護身用にもっていた短刀に手をかけるイリアだが、イリアとは対称的に現れた人影はゆったりとした歩みで近寄る。


(エルフですか……)


 現れた人物を確認し、まずいですねと呟く。

 姿を現した女性はなによりまず目に付くのはその尖った耳だ。明らかに高山たち人とは違う種族であろうと思わせる耳と、その白く透き通るような肌。整った顔立ち。

 この世界のものなら一目見ただけでエルフと気付くだろう。



 エルフ一族。主に森に独自の集落を作り暮らすもの。人間に比べると非常に長寿である。しかし繁殖力は低く一定数からあまり増えることはない。

 エルフはその人間にはない綺麗な容姿から、欲深き人間は自分の手元に起きたいと考えるものが多くいる。そう、奴隷としてだ。

 奴隷市場にエルフが入荷し競りに掛けられれば決して庶民が手にすることができないような莫大な金額で落とされることがほとんどだ。

 そんな奴隷としての価値の高いエルフは人攫いの大きな的となる。


 人間に比べて優れた身体能力を持つエルフが人攫いに捕まることは多くはないがそれでも一攫千金を夢見てエルフを捕らえようとするものが後を絶たない。

 そういった理由もあり好戦的な種族ではないが人間に恨みを持つも多くいるエルフ。


 だからこそイリアは現れたエルフを見てまずいと思ったのだ。もしかすれば目の前にいるエルフは人間に深い恨みを持っているかもしれない。


 しかしそんなイリアの心情など気にもせず無警戒に近づいてくるエルフ。



「そう警戒するなメイドよ。襲ったりするつもりはない」


 声を掛けられたイリアはびくりと肩を震わせる。嫌な汗が流れる。たぶんこのエルフは自分より強いだろうと思わせるなにかがエルフにはあった。


「魚釣りか? このあたりはあまり釣れないだろう? むこうの方がよく釣れるぞ?」


 エルフは高山と自然に会話をしていた。それでもイリアはずっと気を張り詰めたままエルフの僅かな動きさえ見逃すまいとしていた。


(しかしご主人様は余裕があるといいますか暢気といいますか……)


 高山はエルフにどんな魚が釣れるんですか? このあたりに住んでいるのですか? といつもと変わらぬ様子だ。



「エルフ族ですか?」

「あぁ、そうだ。知らないのか? ふっ、そうかそういう人間もいるのだな」


 いつしか穏やかな雰囲気で会話するようになった2人をずっと高山の傍で緊張したまま控えるイリア。


「いつまでそうしているのだメイド。はじめに言っただろう、襲うつもりはないとな」

「そうですよイリアさん、そんな怖い顔しないでくださいよ。このエルフさんは良い人ですよ」


 あなたを守るためにこんな顔しているんですよ! と言いたくなるイリアだが高山の笑顔を見るとつい気を緩めてしまう。


「まぁメイドが警戒するのも理解は出来るがな。たしかに私達エルフ族は人間に良い印象はを持つものはほとんどいないだろう。どちらかと言えば嫌悪している者が多数だ」


 嫌悪していると言い放った瞬間、イリアは自分が気を緩めてしまったことを後悔する。


「人間は私達エルフを攫っていく、奴隷にするためにな。それだけでは飽き足らず人間は森をも傷つける」


 エルフの周りの空気が冷たくなる。イリアは咄嗟に2人の間に体を割り込ませる。そして短刀に手を掛けようとしたところで後ろから肩に手を置かれたことに気付き動きを止める。

 後ろを振り返ると高山がきっと大丈夫ですよと囁く。

 前を見るとエルフは先ほどのような様子は一切なく、最初に現れたときと同じように落ち着いた雰囲気だった。


「だが別に全ての人間が憎いわけではない。お前達2人からは害意は感じられなかった。純粋に釣りを楽しんでいただけなのだろう? どうしてそんなお前達を襲う必要がある?」


 それにエルフを知らないと言われたのは初めてだ。人間の男達は私達を性的な目で見てばかりだからな。このような人間は初めてだとエルフは苦笑いしている。


「たしかにエルフさんはとても魅力的ですからね。そういう目で見る男性の気持ちもわかりますよ」


 などと冗談めかしていう高山にエルフは本当に変わった男だ今度こそ本当に笑っていた。


「あぁ、もちろんイリアさんも魅力的ですよ」


 どうして私のフォローをしているんですかと力なく答えるイリアは気が抜けてその場に座り込んでしまう。


「そういえばエルフさんのお名前は? 私は高山悠二といいます」

「まだ名乗っていなかったか。私はエレアだ。高山か。覚えておこう。またこうして湖に来れば会うこともあるだろう」


 そう言い残すとエレアは森の中へ去っていくのだった。


「私達も帰りましょうか」


 座り込むイリアに手を差し出す高山。一度二度、高山の手を握ろうとしては引っ込めるイリアはえいやと気合いれ、ぎゅっと手を掴む。


(暖かい……)


 初めて触れた高山の手はわずかな時間ではあったがイリアの手にその温もりがしばらく残るのであった。




 ダンジョンへの帰りの道柄高山は考える。


 この世界にはまだまだ私の知らないことがたくさんあるのでしょうね。

 まだ私はこの森の広ささえ知りません。

 エルフさんが住んでいることさえも知りませんでした。この森の先にはなにがあるんでしょうね。

 この世界の町並みはどのようなものなんでしょう。

 もし出来ることならもっとこの世界を見て回りたいですね。


 そしてこの世界への興味とともに元の世界のことも思う。結局私はどうなってしまったんでしょうかと。ただただ残してきた娘が元気なことを願うだけだった。




 ちなみにやはり帰りが遅くなった2人はアイリに怒られるのだった。

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