湯加減はどうですか?
ダンジョンから一歩外にでるとそこは深い森の中だった。
人の手の入っていない自然の森。
「すごいですね。空気がすごく澄んでいる気がします」
高山は1回、2回と大きく呼吸をする。
「少し進んで見ましょうか」
高山は彼の一歩後ろをつかず離れず付き添うイリアに声をかけ、ゆったりと森の中を散策し始めた。
小川を見つけた高山は上流になにがあるのかと上流に向けて歩を進める。イリアはこうして付き添いながら高山がまるで子供のように目を輝かせて周囲を見渡すのを見つめているだけで幸せだった。出来ることならば彼の隣に、手を繋ぎ歩みたいと考えるがおこがましいことだと自分に言い聞かせるのだった。
「湖ですか」
上流には大きな湖が。高山は以前訪れたことのある琵琶湖ほどに大きいと感じる。
「ここで魚釣りなんて楽しそうですね。小船を使って湖の上でなんて出来ればとても気持ちいいでしょうねー」
小船もポイントを使って作成できないでしょうか? しかし、ポイントを使ったらまたアイリさんに怒られてしまいますね。などと楽しそうにしている高山を温かい目で見つめるイリア。
「イリアさんは魚釣りはしますか?」
「いえ、私はしたことありません」
「では、今度来たときに一緒にやってみませんか? あぁ、でも若い子には少し退屈かもしれませんね」
娘なんかもすぐ飽きちゃいましたしね。と頭を掻いて苦笑いする高山。
「いえ、ぜひご一緒に魚釣りしてみたいです」
本当は断るつもりだった。私が主と肩を並べて楽しむなんて失礼だそう思った。ただどうしてだろうか、イリアは一緒にしたいと答えていた。
答えてすぐ失言だったと訂正しようとする。しかし一緒にしたいと言ったイリアの言葉を聞いた高山がすごく嬉しそうにしている顔を見て、きっと私は間違っていなかったんだとそう思うのだった。
湖からの帰り道に高山は落ちている木の枝を拾っては、これは竿に使えそうですねーととても楽しそうだった。
相変わらず高山の後ろを静かに歩くイリア。ただほんの少しだけ行きよりも2人の距離が縮まっているように見えるのはきっと気のせいではないだろう。
「遅い!」
ダンジョンに帰ってきた2人をいきなり怒鳴りつけるアイリ。
気付いたら随分と時間が経っていたようだ。
「ところで今は何時でしょうか?」
「ウィンドウの端の方に書いてありますよ!」
高山はまだ慣れない手つきでウィンドウを表示させる。アイリの言ったとおりウィンドウの右下には
『19:24』と表示されている。
アイリの説明では高山のいた世界と月日や1日の時間は変わらないということだ。
「ご飯にしましょうか。確か食材もポイントを消費して手に入るんでしたよね?」
「手に入るけど、料理する場所も! 食べる場所も! ないんですけど!?」
あぁ、そうでしたねと相変わらずマイペースに笑っている高山。だから早く帰ってきて部屋の作成をやってもらおうと思ってたのにと1人カリカリするアイリ。
「とりあえず自分の部屋ぐらい作ったらどうなんですか? 作り方教えますから」
時間も時間なのでとりあえず最低限必要な説明だけを済まし、まずは高山の部屋の作成に取り掛かる。
作成といっても実際にはよほどのこだわりさえなければ、元から用意されているサンプルの中から部屋を選んで場所を決めるだけなのだが。
「そんな狭い部屋でいいの?」
いくつもある部屋の中から高山が選んだのは、一般的な広さの中の1つだった。特別狭いというわけではないが、このダンジョンの主としては随分と控えめだ。
「あなたは仮にもこのダンジョンの主だから少しは贅沢しなさいよ! ポイントだったまだたくさんあるんだし!」
アイリとしては自分の主にはもっと堂々としてもらいたかった。見た目的に残念なのだからせめてこういう所では特に。
そうはいってもですねと、困り顔の高山だった。しかしイリアにも私ももう少し大きなお部屋に住んでいただきたいと思いますと言われしぶしぶ、
「じゃあ少しだけ」
と僅かばかり大きな部屋を選択するのだった。それでもまだまだ贅沢とは言えない広さの部屋だったがアイリもこれも高山らしいのかなと納得してしまうのでした。
「では2人はどの部屋がいいですか?」
「まぁなんとなくは予想してたけど……。私達には部屋なんて個室なんて必要ありませんよ」
さも当然のように2人の部屋を用意するという高山。彼と出会って1日も経たないアイリだかそういうであろうと簡単に想像できた。そして必要ないと言ったアイリを不思議そうに見ている高山のことさえも。
「ポイントの無駄よ。私達なんてこのダンジョンマスターの部屋にでも転がしとけばいいのよ」
「そうです、ご主人様。私はご主人様の部屋の隅にでも置いてくださればそれで十分です」
アイリにはなんとなくこうやって高山に言うのは無駄ということもわかっていた。あとイリア本音が少し漏れているわよと心の中で突っ込む。
高山はしばらくアイリとイリアの言葉を聞き、手を顎に当て考え込んでいたが、ふむと1つ頷くと、
「あー、困りましたね。本当は1番大きな部屋を作成しようとしたのに間違えてこちらの部屋を作成してしまいました。主である私にはいささか狭いようです。仕方ないのでもう2部屋作って私の部屋にしましょう。しかしこの2部屋を空き部屋にするには勿体無いですねー」
いかにもわざとらしくそこまで言い終わった高山はアイリとイリアの顔見て駄目ですか? と様子を窺っている。
「あなたは本当にダメですね。仕方ないですから私とイリアで使ってあげますよ」
「え? でも私は本当に……」
アイリもわざとらしく答える。イリアはまだ反対していたがアイリに小声で、使った方がご主人様もきっと喜びますよと言われ、さらには高山にじっと不安そうに見つめられては納得するしかなかったのだった。
無事に個別の部屋の作成を終えた高山は台所や食事部屋など必要そうな部屋を作成していく。
「2人はご飯はどのようなものを食べられるんですか?」
「私は別に食べなくても死にませんから」
「私も特に必要はありません」
これから料理をしようとする高山だったがアイリとイリアに食事の必要がないと断られる。
「食べることは出来るのですか?」
さらに問いかける高山に、2人は出来ることは出来ると答える。
「じゃあみんなで食べましょう。1人での食事は寂しいですからね」
そういって台所へ消えていく高山をイリアが追いかけ、
私が作ります、いえいえ私も料理には少し自信がありまして、じゃあ2人で作りましょうかなんてやりとりを横目に何も出来ないアイリはなによ! と部屋を後にするのだった。
食事を終えたアイリは与えられた部屋の中でベッドに横たわり、思案に暮れる。こうやってまともな部屋を与えられるのはいつ以来だろうか。こんなにおいしい食事を取ったのはいつ以来だろうかと。
なんだか今日はぐっすりと眠りにつける気がするとアイリは目を閉じる。
(あれ? なんか忘れているような気が……。あ、ダンジョンの作成)
部屋を飛び出したアイリは高山の部屋に一直線に向かう。
(高山の雰囲気に流されてしまって肝心なこと忘れてたわ!)
ここはまたきつく言わないといけないと力強い歩みで部屋へ向かうアイリ。しかしそのアイリの目に先ほどまではなかった扉があることに気付く。
こんな部屋なかったよねと扉を開くアイリ。部屋の中には棚が並び棚の中には籠が入っている。
部屋の奥にはガラスで出来ているであろう横にスライドする扉。ガラスは曇って見える。そして棚の籠に高山の衣服が、その隣にはイリアの衣服が入った籠があるのを発見する。ピキりとアイリのこめかみあたりが鳴ったような気がする。
アイリは1つ籠を手に持つと、ガラス扉を開く。
そこには裸の高山とその背を流すイリアの姿が。
「なにをやってるんですかー!!」
アイリは手に持っていた籠を全力で投げるけるのだった。
(イリアに簡単に受け止められてしまうのだが)
「いやー、いい湯ですねー」
気持ちよさそうに湯船に浸かる高山をアイリは鬼の形相で見下ろしている。
「イリアさんも浸かって下さい。気持ちいいですよ?」
湯船の外で膝をついて控えているイリアに声をかける。
声を掛けられたイリアはすっと立ち上がるとその体をさりげなく見せ付けながら高山の横へ腰を下ろした。
あまりに綺麗なイリアの体につい高山も視線を釘付けにされてしまう。すぐにアイリに頭を小突かれてしまうのだが。
「ごめんなさいねー。つい見つめてしまいました」
謝る高山だが当のイリアは気にしているような様子はなかった。いやアイリの目からすればむしろ喜んでいるように見えた。
「で、これはどういうことですか?」
目の前に広がるのは大きな湯船。湯船だけでも高山の部屋と変わらないぐらいの広さはありそうだ。
「いえね、色んな部屋があるなとしばらくウィンドウを操作していたらですね。見つけてしまったのですよ、これを」
「それで作成したと。相談もなく? ポイントはいくら使ったんですか?」
「たしか3000ポイント……。い、いたいですよアイリさん」
思わず高山の頬をつねるアイリ。頬をつねっただけではアイリの怒りは収まらず、さらに本来の用事であるダンジョンの作成についてを言いにきたことを思い出したアイリは一層激しく説教をするのだった。
「いいですか、何度もいいますがあなたはこんなことしている時間はないのですよ。わかっていますか? 命懸かっているんですよ? 明日はまず朝一からダンジョンの作成をしてもらいますからね。まずは作成する部屋とボスモンスターについてですが……」
しばらく収まりそうにないアイリに高山はただただ頷くだけしかできないのであった。
「通路もですか通常の通路の他にも、、、ってイリアさん!?」
あまりに長い時間湯に使っていたイリアは高山に声を掛けることも出来ずすっかりのぼせてしまったのだ。
意識朦朧としているイリアを部屋に運びつつ内心アイリのお説教から逃れられてホッとするのであった。