ダンジョンマスターですか?
ついていない。まったくもってついていない。
とある部屋の一室で1人の女性が手元に表示されるモニターを見つめ頭を抱えていた。
どうして次に召喚されるのがこんなやつなのか。そしてどうしてよりにもよってその担当が私なのか、と。
『ダンジョンマスター』
そう呼ばれる者たちをナビゲートする存在。ナビと呼ばれる彼女達はこの世界に召喚された何も知らない人間に仕えダンジョン作成をサポートする。
ダンジョンマスターに忠誠を誓う彼女らは、その体すら差し出さなければならない。
ナビである彼女は新しく召喚されたダンジョンマスター、次のご主人様である者を確認し深く溜息をついた。
彼女の溜息も仕方のないことなのかもしれない。
この世界に召喚されるダンジョンマスターはおおよそ若い男性がほとんどなのだ。
しかし、今回召喚された者は、随分と年をとった。いや、彼女の言葉を借りるのであれば『おっさん』なのである。
「どうしてこんなおっさんが私のご主人様なのよー!」
彼女の嘆きは当のおっさんに届くことはないのであった。
高山悠二。この日、彼は55歳の誕生日を迎えるはずだった。そう。だったのだ。しかし不幸なことに彼はこの世界に召喚されてしまった。それが偶然だったのかそれとも誰かの手によって仕組まれたことなのかはいまはまだわからないが。
高山が目を覚ますとそこは知らない部屋だった。冷たい床の上に眠っていた彼は体を半分起こしあたりを見回す。壁は洞窟のようで、ごつごつとした岩が剥き出しになっている。
部屋の中央には台座があり、そこには青く光る球体が台座の上でふわふわと浮いている。
(ゆめ……でしょうか)
未だ意識が覚醒していない高山。ぼんやりとしていると部屋の奥の扉が開き1人の若い女性が入ってくる。ゆったりとした足取りで高山の前まで進み出る。丁寧に一礼すると。
「おはようございます、ダンジョンマスター様。私はご主人様であるあなたに仕えナビゲートをするものです」
「はぁ」
高山の気の抜けた返事にやる気を無くしそうになるナビだが、彼女はただ仕事をこなしていく。
「はい。ダンジョンマスターとしてこの世界に召喚されたのです。あなたはこの世界でダンジョンマスターとしてダンジョンを運営していかなければ行けません」
「ダンジョンマスター? ですか?」
このおっさん、めんどくせぇーと心の中で叫びながらもお仕事スマイルだけは崩さないナビだった。
(やはり夢でしょうか。しかし夢にしては現実のような感覚があります。そもそも夢というのは記憶の整理などと呼ばれることがあるように、本来自分の記憶していることや体験を元に見るものだったはずです。しかしいま目の前にいるお嬢さんにも見覚えがなければこのような場所に心当たりもありません。もしかしたらここは死後の世界でしょうか。どちらかと言えばそちらの方が現実的ですね。私ぐらいの歳のものが突然死するなんてこともありえますからね。はぁ、せめて娘の花嫁姿ぐらいみたかった……)
「あの? ご主人様? あのー? ちょっと? ……私の話を聞けぇ!!」
すっかり黙り込んでしまった高山に痺れを切らせたナビはいつもの口調がつい表に出てしまいしまったと苦笑いをしている。
「え? あぁすみません。それでお話というのは?」
「ご、ごほん。先程も申しました通りご主人様にはダンジョンの運営をしてもらいます。ご主人様は特にダンジョンについての知識がないようですのがしっかりサポートしますので、安心してください」
「そうですか。あなたの言うダンジョンというのがよくわかりませんが私でよければお手伝いしますよ」
お手伝いしますよと言った高山はさわやかな笑顔を浮かべていた。
お手伝いじゃなくてあんたがここのマスターだってのと内心思うナビだったが、さっきのような失態はしてなるものかと表情には一切出さない。
「いえ、ご主人様がここのマスター。支配者なのです。そして私はご主人様に仕える奴隷のようなもの。この体でさえご主人様の所有物なのです」
ナビの仕事の一つにあるのが主へ体を差し出すことである。ナビはその豊満な胸を強調するように腕を組み、誘うように主である高山を見つめる。
もう何人目になるのか、こうしてダンジョンマスターへ仕えるのは。その度にこうして主へと体を差し出す。好きにしていいと伝えれば、ある者はその場で押し倒し、ある者は恥ずかしそうにしながらもやはり体を求める。なかなか手を出さないものいたがさてこのおっさんはどうでるのか。ナビは高山の視線や手の動きを注意深く観察する。
「はははっ、大人をからかうもんじゃないですよ。」
笑っていた。とても自然に。
「私ももう少し若ければお嬢さんのお誘いに乗っていたんですがね」
笑っていた。まるで子供のように。
いままでにないタイプの主に、すっかり調子を狂わされたナビ。
「ところでお嬢さんのお名前は?」
「アイリです。ご主人様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「アイリさんですね。私は高山悠二といいます。よろしくおねがいしますね」
そういって高山はアイリへ手を差し出す。アイリはその場に跪くとそっとその手を握る。
「そんなに謙らなくてもいいですよ?」
「いえ、私にとっては神のような存在であるご主人様には手を握ることさえおこがましいのです」
「もしそうだとしても、やはりアイリさんらしいのが1番ですよ。言葉遣いも『話を聞け』と怒鳴ってるくらいが丁度いいのではないですか?」
聞かれていたのかとがっくりとうなだれるアイリ。高山を見るとニコニコと笑顔のまま。まったくもってやりにくい。
「と、とりあえずダンジョンの説明を致しますね」
アイリは丁寧に説明するのだったが高山にはなかなか伝わらない。いままでのダンジョンマスターならダンジョンの運営。モンスターの召喚。ダンジョンの拡張。これぐらいのワードでなんとな理解してくれるのだ、自分の状況を。しかし、この高山にはまったく通じない。
ダンジョン? モンスター? 召喚? 1つ説明するたびにストップしこれはどういう意味なのかと尋ねてくる。物覚えが悪いわけではないのだろうがいかんせん言葉を知らないのだ。遅々してと進まない説明に疲れてくるアイリだがどうにか一通り説明し終えるのだった。
『ダンジョン』この世界に突如出現する未解明の迷宮。中は複雑に入り組んでおり罠やモンスターが存在する。ダンジョンの最深部にはダンジョンコアと呼ばれる物が存在し(高山のダンジョンにあったのは台座にあった青い球体のものだ)、それは大いなる力を持っていると言われている。
冒険者やギルドに所属するものたちはダンジョンコアの入手やダンジョン内に存在する宝、モンスターの素材を求めダンジョンを攻略をする。
また時にダンジョンからモンスターが溢れ近隣の町を襲うこともある。あまりに被害が大きいと国が動くことなどもある。
そのダンジョンの実態はこうして別の世界から召喚された人間が、作っていた。ダンジョンコアが破壊されたら自身も死ぬという呪いをかけられて。
だから迫り来る冒険者達から自らの命を守るためにダンジョンマスターは自分のダンジョンを強化しなければならないのだ。
ここまでの説明にどれだけの時間がかかったのだろうか。まだ肝心のダンジョンの作成部分はまったく説明していないのだ。
「ええ、なんとなくはわかりました。それでダンジョンの強化というのはどのように?」
それをいまから説明しますよとアイリは溜息をつきたくなるのを必死にこらえて話すのだった。
「まずはウィンドウを表示してください。オープンと言ってくださいそしたら開きますので」
「オープン」
高山の前には半透明の枠が表示される。おぉと驚く高山にアイリは慣れれば『ウィンドウを開く』と思うだけで開きますのでと説明する。
「まずはそこのステータスというのを指でタッチしてください。画面を指で上下すればスクロールできます」
「あぁ、知ってますよ。これがスマートフォンというやつですね。娘がお父さんもすまふぉにすればいいのになんて言ってましたねー」
疲れて突っ込む気すら起きないアイリ。
「じゃあまずはご主人様のステータスを確認しますね」
「ステータスですか?」
「えっと。うーん、能力! 能力のことです」
いちいち説明が要るのが難点だ。
どうせ対した能力じゃないのだろうとアイリははなから期待していない。本当ならこの能力確認は最初の対面の次にどきどきタイムなのだ。これから仕えることになる主の容姿に能力。非常に大事なのだ。この2つが優れていることをナビ仲間に自慢するのが彼女達の楽しみの1つだったりする。
しかし、今回ほどはじめから期待できない人物は早々いない。
「LV、ATK、DEF、、、どういう意味でしょうか?」
ご覧の有り様だ。どこに期待が持てようか。アイリはそっと高山の横に立つ。
(あぁー、見事に普通。一般人の能力)
覗き込んだステータスはごく一般的な能力。ダンジョンマスターの平均的な能力ではない。そこら辺にいる民と変わらない能力だ。ダンジョンマスターの平均と比べて? 考えたくもない。
「ご主人様、そのまま下にスクロールしてください」
さて、スキルぐらいいいものを持っていないかとわずかばかりの期待を胸にするアイリ。
「!? ちょ、ちょっと待ってください!」
「え? あぁ、はい」
「も、もう少し上です!」
なんの間違いだろうか。いや、見間違いだろう。アイリは一度目を閉じ上を向く。そして再度高山のステータスを見る。
見間違いじゃない。
『ダンジョン作成ポイント:1,000,000』
ありえない。ダンジョン作成ポイントの平均はおよそ1万。10万あれば天才的だと言われるような世界で100万。聞いたことがない。
高山を見るアイリだが本人はアイリが何を驚いているのか、さっぱりわかってない。
アイリはもう一度上を向く。
(こんな高齢のダンジョンマスターなんて聞いたことがない)
(こんな説明に苦労したダンジョンマスターなんていなかった)
(こんなたくさんのポイントを保有しているダンジョンマスターは初めてだ)
(せっかくこんなたくさんのポイントを持っているのに)
(どうしてこんなおっさんが!)
嘆かずにはいられないアイリだった。