第7話 最後の大会
楽しい話をしよう。それは結局言い訳になってしまった。
あいみちゃんといると、どうも重い話をする気になれない。それは、俺が、彼女の笑顔を好いているからなんだと思う。
あの屈託のない優しい笑顔をもっと見たいと思うから、そして彼女の暗い顔なんて見たくないから、
いざ話そうとしても、今は楽しい話をしよう、と後回しにしてしまう。
それにあいみちゃん自身もそうなんだろう。重い話をしようとしない。
結局、再婚についての大事な話をしないまま、最初の出会いの日から1度帰り、1ヶ月ほど経って正式にあの家で住むことになった。
再婚は、正式なものとなった。
もし、もっと早くあいみちゃんと話して、お互い再婚に反対になったとして、2人で親に歯向かったらどうなっていただろう。
結果は変わっただろうか。あるいは子供の意見は聞かれなかっただろうか。
…今となってはわからない。
未だに居心地の悪い自分の部屋で、ベッドに座り考え事をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
立ち上がり、ドアを開けると
「兄さん、今空いてる?」
あいみちゃんがいた。
「ああ、空いてるよ。あいみちゃん。」
「あいみちゃん」と呼ぶようになったのは、2人で話していてそうなったからだ。
彼女は「ちゃん」付けも「さん」付けも嫌がったが、呼び捨ては俺が緊張するので今の呼び方に落ち着いている。
「どうしたの?」
「ちょっと話がしたいなーって」
よくあることだ。
未だに一線引いてる俺とは逆に、彼女はよく話しかけてくる。
部屋に入り、俺の隣に座ってきた。
ていうかまた寝間着だ。正直、ドギマギしてしまうから勘弁してほしい。
「兄さんもうすぐ剣道の試合でしょ?」
「ああ、そうだけど」
なるべく平静を装って言う。まったく、この家に来てからもう1ヶ月ほど経っているのにこの子には慣れない。中2ですでにこれ程の可愛さで、どうしてもドギマギしてしまう。
対してあいみちゃんはどんどんフレンドリーになっていく。最初のおとなしそうだった雰囲気も今はほとんど無く、明るく俺に話しかけてくる。
とはいえ、毎回寝間着で俺の部屋に来るのはやめてほしいのだが。
「剣道の試合がどうかしたの?」
「うん。最後の大会なんでしょ。だから大切な試合だって、兄さん昨日言ってたよね」
「ああ、そうだな」
そう。最後の大会。中学3年生として、大切な最後の大会が迫っていた。
「応援しに行っていいかな」
・・・・・・
正直、あまり来てほしくはない。
あんまり知人に試合とか見られるのは好きじゃないし、何より、
「…だめ?」
「・・・・・」
病気がある。興奮して、熱くなると意識が一瞬飛ぶ病気(前にぶっ飛び病と名付けた)。
この症状は気持ちが高ぶると起こる。つまり、大切な試合ほど熱くなって発症しやすい。
大切な試合ほど、冷静でいても、勝ちたい、負けたくない、という気持ちは強くなる。だから発症を抑えることができず、そのせいで負けることも多かった。
まして、今回は最後の大会だ。絶対に負けたくない、勝ち進みたいし、そう思うほど気持ちが高ぶっていく。
こんな病気で負けるわけにはいかない。でも抑えきることはできない。
だから俺は、怯えているんだ。最後の試合で病気が発症して、さらにあいみちゃんに負けるところを見られたらどうしよう、と。
…ふざけるな。なんで最初から負けることを考えているんだ。冗談じゃない。絶対に勝つ。
「いいよ、見に来な」
「ほんと!?」
「ああ、かっこいいとこ見せてやる」
かっこつけて宣言する。
そうだ、絶対に負けるわけにはいかない。団体戦だぞ。ぶっ飛び病なんかわけわかんないもので、俺以外の4人まで巻き込みはしない、絶対に。
「へへ、楽しみにしてるね」
あいみちゃんが笑う。だから俺も微笑んで、
「おう」
大会当日。
メンバーが集合したところで、晴馬が言う。
「俺たちの最後の大会だ!ベストを尽くすぞ!」
「おう!!」
晴馬は部長になっていた。
まあ性格の面で見れば、それは1年の時からわかっていたことだ。が、それだけじゃない。
晴馬は、今やウチの剣道部でナンバーワンの実力を持っている。
中学から剣道を始めたわけだが、人の何倍も練習する晴馬は、小学生のころからやっていた奴を追い抜かしてしまった。
そして、それは俺も。
俺は晴馬のストイックな練習に毎日付き合わされていた。家に帰っても、素振りやったり筋トレやったり、2年間俺は晴馬といっしょに、剣道に身を捧げることになってしまったのだ。
結果的に俺は晴馬に次ぐ2番目の実力になった。もっとも、ウチの剣道部員は最初から、それほど強いわけではなかったのだが。病気持ちの俺が2番になっちゃうくらいだし。
よって俺は先鋒、晴馬は大将になった。
「勝、大丈夫か?」
晴馬がこっそり聞いてくる。
ぶっ飛び病のことは晴馬にだけ話していた。大切な試合ほど発症しやすいということも教えている。
「大丈夫だ、任せろ!絶対勝って、次に繋げてやる!」
だが負けない。絶対に。
家庭の事情とか、変な症状とか、全部乗り越えて俺は勝つ。
大会が始まった。
最初は順調に勝ち進んでゆく。病気も発症しない。
とりあえずは落ち着いている。
うまく勝ち進んで、次にあたったのは、なかなかの強豪校と言われているところだった。
正直、ウチはあまり強くない。次の試合は勝てるかどうかわからない。
ここが正念場だ。
「互いに礼!」
試合が始まる。先鋒は俺だ。
「いけ勝!やったれ!」
俺たちはすごい結果を残せなくとも、目の前の勝負に勝つ、それだけに皆全力をかける。
だから負けない。強豪だろうが何だろうが、俺たちは前に進む。
竹刀を構え、相手を見据える。
正直、怖い。
意識が飛んだら…
いや、絶対、絶対に負けない。俺が次に繋げるんだ。
いくぞ
「始め!」
竹刀が、叫ぶ。