第5話 父と妹
初陣の練習試合からおよそ2年が経ち、俺は中学3年生になったばかりだった。
どうやら俺は、興奮するとおかしくなる病気のようだ。
あの試合から後も、試合中に叫びすぎたり、熱くなりすぎたり、興奮しすぎると一瞬意識が飛ぶ。実際、そのせいで負けることも何度かあった。
病院にも行ったけど、原因はわからないという。
今は気持ちをある程度コントロールすることができるが、やはり完璧にというわけじゃない。
最初の試合では大したことでもないと思っていたが、今じゃ俺の心の中の大部分を占める大きな悩みになっていた。
こんな病気を持っているのなら、剣道なんてやるべきではないのかもしれない。
でもやっぱり剣道は続けたい。だから結局、病気の解決策が出ないまま2年が経ってしまった。
そしてこの2年で、もっと大きな変化があった。その変化は今、ついに俺の前に現れる。
俺は母さんと、ある家の前に立っていた。
なかなか大きな家で、二階建ての一軒家のようだ。まわりも一軒家が立ち並んでいるから、ここらの住宅街は金持ちの集まりなんだろう。いままでアパート暮らしの俺と母さんと違って。
そして当然、これから会う人も金持ちだ。母さんが豪勢な家のインターフォンを押す。
ピンポ~ン
ガチャ
そのまま玄関のドアが開いた。
出てきたのは、40過ぎくらいの男。眼鏡をかけた、温和そうな顔をしている。身長は170くらいで、人を威圧するような雰囲気は全くない。
俺はこの人とは初対面だ。しかし、母さんはこの人と会っている。何度も・・・
「いらっしゃい、沙耶」
男は母さんの名前を呼ぶ。母さんも嬉しそうだ。
そう、この男は母さんと再婚する。つまり、俺の父親になる。
「勝君だね。いらっしゃい。君の話は聞いているよ。」
優しい声で俺にもはなしかけてきた。
この人は、誰が見ても、優しそうないい人という印象を受けるだろう。
でも、俺は・・・・
「・・・はい。おじゃまします。」
俺の父さんは・・・・
『お前のお父さんでいていいか?』あの言葉が・・・頭をよぎる。
父親…いや男に先導されてリビングまで入る。綺麗なリビングだ。高価そうなイスやらテーブルやら。
男が振り返って俺たちに向き直った。ここでこれから話をするんだろう。
「じゃあ、座って」
男が言う。テーブルがあってイスが4つ、2つずつ向い合せになっていた。
俺と母さんが隣あわせに座って、男は反対側へ座った。
少しの沈黙。
で?どんな話から始めるんだ?いきなり「息子よ」とか言われたらどうしようかな・・
とか考えていると、
「あいみ。お前も来なさい。」
ん?あいみ?他にだれかいるのか?
と、2階に続くだろう階段の陰から1人の女の子が出てきた。
どうやらずっと隠れていたらしい。恥ずかしげに下を向いたまま、男のとなりに座った。
その子は、俺と真正面から向かい合って座っているのに一度も目が合わない。どころか、ずっと下を向いているから顔もよく見えない。
だが、俺より年下だと思う。この男の、以前の嫁との子だろうか。
ていうか聞いてないぞ。再婚するとしか聞いてなかったから男一人だけかと思ってたのに。ちょっと母さん?
じゃあ、この子はつまり、俺の・・・
「まずは自己紹介から始めようか。僕は大沢隼人。でこっちが‥ほら、自分で自己紹介しなさい。」
彼女が顔を上げる。とその時、目が合ってしまった。
「あ・・えと・・・・大沢あいみ・・・です。よ、よろしくお願いします。」
頬が赤い。すっげー照れてる。ちょいちょい下向いたり横向いたり。
と、その大沢あいみさんをガン見してたらまた目があってしまった。
‥‥‥‥‥‥‥
すげえ‥‥‥かわいい。
ぱっちりと大きな目に、はにかんだ表情。さらに溢れ出る優しそうな雰囲気は、父親ゆずりなんだろう。
「あいみは勝君より1つ年下で、中学2年生だ。だから、これから君の妹になる。」
親父さんが教えてくれた。
・‥‥マジですか。
妹か。考えたこともなかった。
正直、嫌なわけではない。いやむしろ嬉しいぐらいだ。
一目惚れ級の衝撃を受けたと思ったら、その子は妹になります、って。
アレだな。拓が好んでいる小説とかアニメみたいな展開が来ちまった感じか。
・・・・・・・・・どうしよう。
「正田沙耶です。よろしくね、あいみちゃん。」
「・・・・正田勝です。よろしくお願いします。」
ただ、なんというか、
妹は、まあ悪い気はしない。
でも父親はそう簡単には受け入れられそうにない。
もちろん、父親はだめで妹はオッケー、なんてふざけたことは言わないさ。だからちゃんと考えなければなるまい。
再婚、これは母さんと大沢隼人が決めたことで、俺がどうこうできるものでは無いのかもしれない。だけど、俺は俺なりに、受け入れるか拒むかの態度を決めなければならないだろう。
そこらへん、この子、大沢あいみはどう思ってんだろう。