第1話 始まりは敗北
空気が重い。
それは天候や気温なんかの問題ではなく、そこにいる人たちのせいだろう。
真っ暗で人気の無い場所、そこにいるのは3人。男が2人に女が1人。
とても楽しい話をするものとは思えない。それはこの空気から容易に察することができる。
案の定、
「決行は今日から明日にかけての深夜だ。」
などと、不気味な台詞が静寂を切り裂く。
その台詞を言ったのは、片方の男。もう1人の男より身長もガタイも小さいが、3人の中でのリーダーか何かだろうか。
対して2人は何も言わない。
女は不機嫌そうな顔をしている。その深夜に決行するというものに不満でもあるのだろう。
もう1人の男は、無表情で何を考えているのかわからない。いや、無表情すぎて何も考えていないような感じだ。
まるで、ただ流されるだけの石のような・・・
「頼んだぞ」
またしてもリーダーらしき男が喋る。すると静寂を貫いていた2人は
「ええ」
「ああ」
返事だけ返して、消えた。
消えた、というより走り去ったようだが、あまりにも速すぎる。
ただの人間ではないことは、このことだけで十分にわかる。
そして1人残った男は、ぽつりと
「ゴメンな」
つぶやいて、彼も消え去った。
これは俺が6…と7歳のころの話。
・・・・・・
ぶぅーん ごおおお
「うわー!すげー!うみだー!」
天気は快晴。気分は最高。
「おっ。ほんとだ。綺麗だな。」
「ひろーい!およぎたーい!」
「だめだよ!いまはふゆだからさむいよ。」
その日は12月19日。その時は、俺は車の中にいて、高速道路を走っていた。
「ははっ。今カゼひいたら誕生日が台無しだぞ。」
そう。俺の誕生日は12月20日。
父さんが、7歳になる誕生日の前夜祭と言って、一泊の簡単な旅行を企画したんだ。
しかしこの旅行には母さんは来ないで、家で留守番だった。
つまり19日から出かけ1泊して、20日に帰ってきて家でパーティという、
随分豪華な誕生日会を開いてもらったのだ。
豪華な理由はもう1つあった。
この旅行には、俺と同い年の幼馴染、笠倉晴も同行していた。
晴とは家がすぐ近くで、家族ぐるみで仲が良かったから、
晴にも楽しませてやりたいという、父さんの心遣いだった。
「ショウ!あれ見て!すごいよ!」
晴が笑いながら語りかけてくる。
だから俺、正田勝も自然と笑顔がこぼれた。
「ほら、そろそろ高速出るぞ」
その後、旅行地の名産品を食べ、観光スポットに行って、
充分にはしゃぎまわってホテルに入った。
ホテルでも俺と晴ははしゃいでいた。
とにかく楽しくて、終始笑っていたんだ。
晴は親友だった。一番仲がいい。
父さんはいつも明るくて、豪快だけど優しさがあって。
母さんの笑顔はいつも俺を癒してくれた。
晴の両親だって、俺を晴と一緒に実の子みたいに見てくれる。
温かくて。
俺はその温もりが大好きで。
この世界を、永遠のものにしたいと思っていた。
だから
「おやすみ!ハル、おとうさん。」
「おやすみ、ショウ。」
「ああ、2人ともおやすみ。」
寒い空気は、重い空気は嫌いだったから
温もりを、壊したくなかったんだ
目が覚めると、外にいた。
ここはどこだ。なんで外にいる。
真っ暗で、建物や人はいない。
木々がある。森…山奥あたりだろうか。
俺はどうしようもなく不安になっていた。
何もわからないまま歩き出す。
「おとうさん?ハル?」
返事はない。
「だれか‥」
・・・・・・・・・
「だれかぁ‥おかあさぁん!」
やはり、返事はない。誰もいないのだ。
いや、
「こんばんは」
突然、目の前に女の人が現れた。
母さんよりもいくらか若いように見える。しかし、随分と達観したような雰囲気を感じさせる。
「だ、だれ?ここは?・・・」
女は一瞬、怒ったような悲しいような表情を浮かべ、
「私たちね、君の力を借りたいの。」
いきなり何を言っているんだ。力ってなんだ。何のことだ。
いや、それより
「わたし・・たち・・?」
ザッと、背後から音がした。男が立っている。
彼は無表情に俺を見つめていた。
わからない。何が何だかわからない。
「ぼくを・・・ここにつれてきたのは・・・」
「ええ。私たちよ。」
「な、なんで・・」
「だから、君の力が必要なのよ。」
「・・・・・・・・・・・」
「おとなしく、力を貸してくれるとうれしいんだけど。」
「いやだ。」
何が何だかわからない。でも、
この2人の空気はとても重かったから、俺は
「かえる!おとうさんとハルマのところに、ぼくはかえる!」
そう言うと、女は少しため息をついて、
「じゃあ、また眠ってもらわないと。」
瞬間、俺の足は地面を離れ4mちかく飛び上がっていた。
バランスをとれず、落下して地面に打ちつけられる。
「ぅあアっっ!」
痛い。なんだこれ。
この女がやったのか?指一本触れられてないのに。
この女は、魔法使いだ。・・・・と、あの時の俺は思った。
悪い魔法使いが、ぼくに何かしようとしている、と。
ぼくを・・す?
いやだ。絶対にいやだ。
ぼくは帰る。温もりへ帰りたい。
ならば、帰るためにどうする?
・・・・
ならば、
この状況を打開しなければいけないだろう。
打ちつけた背中が痛い。視界はブレて、体の感覚が薄い。
でも、
力を込めて、立ち上がった。
「・・!へえ、まだ立てるんだ。でもやめたほうがいいわ。苦しいだけよ。」
いやだ。いやだ!絶対に帰るんだ。
なぜかこの時、頭は妙に冴えていて、6歳の俺がまだ知らなかったことも、なぜかぼんやりと理解していた。
逃げ出そうにも、前後に立たれ道はない。
なら、どちらかを倒して走って逃げるしか方法はない。
どっちを?
この女魔法使いには勝てない。近づくこともできないだろう。
ならば、男のほう。
・・・できるだろうか。この男、お父さんよりも体が大きい。
お父さんに、相撲なんかで勝ったことは無かった。
ハルと一緒に、2人がかりで挑んでも勝てた試しは無い。
そのお父さんよりも体が大きい。勝てる自信はない。
しかし、やるしかない。
帰るために、この男を、
・・・どうするんだ?
・・・・・
この男を
○○して、帰るんだ。
そう思った瞬間、体が急に熱くなって、
何かが込み上げてきて、
「ぅぁあああああアアアアアアアアアア!!!!」
「‥!」
「この子・・・・」
いつの間にか俺は、ぼくは飛び上がって男に殴りかかっていた。
2つ誤算がある。
1つは、男のほうも魔法使いだとは考えなかったこと。
女が謎の力を持っているんだ。男も持っていたとしても不思議じゃないし、むしろそう考えるほうが妥当だったはずだ。
もう1つは、簡単だ。
6、7歳のガキが、ケンカで大の男に勝てるわけはなかった、ということ。
俺が殴りかかり、その男は手で防いだだけのはずなのに、
何をされたのか、倒れたのは俺だった。
薄れていく意識の中で、2人の会話が聞こえてきた。
「ただの虐待よ、こんなの。最低よね、私たち。」
「・・・・・わかっている。」
「・・・・」
「しかし」
男が、無表情なまま、
「この子の力はすばらしい。あと10年もすれば俺が負ける。それまで待っていればいい。」
と言った。そして女は
「・・・そうね。この子がすべて終わらせてくれる。」
聞こえてきた会話は、よくわからなかったけど、
だったら、はやく成長したい
とだけ、思ったんだ。
その後、俺はもとのホテルのベッドで目を覚ました。
父さんと晴はもう起きていて、「おはよう」と。
あのことは言わなかった。夢だったんだろうと自分に言い聞かせた。
そして家に帰り、晴も含めて誕生日のパーティをやった。
こうして俺は、複雑な気持ちを抱えたまま7歳になった。
今思えばあれが始まりだったんだろう。
あの夜が、俺の、そして奴らの序章だったんだ。
始まりは敗北