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死姫のヒミツ  作者: 猫柳
第一章
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第七話  死姫、酒を飲む

つい屋敷を飛び出してきたものの、デューイと連絡を取ったのは今日の朝であるし、特にこれといってすることはない。

ソフィアには「情報を集めてくる」と言った。けれど、私にとって最も欲しい情報は、既に風化し、どんなに探しても見つからない。たった三時間では破片すら見つからないだろう。


(……まぁ、なんの情報にしろ、耳を立てておくに越したことはないか。どうせ前みたいにこまめに来れるわけじゃないし)


ぷらっぷらと、いつも贔屓している酒場の一つに脚を運ぶ。


時刻はまだ四時。開いているかどうか怪しい時間ではあったが、店の扉にはちゃんと「開店中」の札がかかっていた。


「どもー、おひさっす」


古びた木の扉をくぐり、カウンターに声をかけ……ようとしたのだが、眼前に椅子が迫ってきていたので、慌てて伏せた。


「あらん?なんだ、シアンちゃんじゃない。ごめんなさいねぇ、別人と間違えちゃったわぁ」


まったく悪びれていないようなテノールの声に、私は飛んできた椅子を拾い上げて投げ返した。


「きゃんっ!ちょっと、何すんのよ!」

「それはこっちのセリフだボケェ。この酒場は毎度毎度入るたびに物が飛んできやがる……何だ?恨みでもあるのか?」

「そりゃああるわよぉ。女の子は優しくしなきゃいけないのに、今日もほら、ボケェ、なんて」


まったくひどいわぁ、とカウンターの中のは腰をくねらせ頬に両手を当てた。


女性は曲線のライン、男性は直線のラインと絵描きは言うが、目の前の男ははだけたシャツから覗く胸板といい、上半身から下半身までのラインといい、丸みなど欠片もありはしない。

細身ながらも筋肉質な、明らかに男の体つきの奴にそれをやられると、つい鳥肌が立つ。

この店の店主、ダンは、ごく普通の店主だ。ただし、打ち解けた客の前では女口調になるという悪癖がある。


「あのな、その格好でその仕草と口調やめろや。せめて女装しろ。アンバランスすぎる」

「うるさいわね。客あんたしかいないんだからいいでしょうが。ちゃんとお得意さん以外の前では男らしい話し方してるわよ。つか何でこんな早くから来んのよ。近衛士って暇なの?給料泥棒なの?」

「近衛士やめたの俺は。今はもれなくフリー的な感じ」

「あぁ、無職なのね。そりゃご愁傷様」


水?酒?と無愛想に聞かれ、「一杯だけ酒」と答えてカウンターに腰掛ける。でん、とカウンターに置かれたのは、私の好きな銘柄。


「一杯だけなんてシケてるわねぇ。金がないなら奢ってあげましょうか?お代はカラダで払ってもらうから」

「それ奢るって言わない」


あと洒落にならない。苦笑しながら、グラスに軽く口を付ける。口当たりの良い果実の味が口内に広がった。


「ほんと、何しに来たのよあんた。いつもならこれぐらい一口で空けるくせに」

「や、今日はこの後ソフィアおんなのこ機嫌を取りにくどきに行くから酔えないの。ただちょーっとね、気分転換と時間つぶしに」


ふーん、とダンはカウンターに肘を付いた。


「あたしで良ければ、話し相手になるわよ?」

「ありがと。でも、あんま話したいわけでもないんだ。その代わり面白い話聞かせてくれよ。気分が浮上しそうな話」

「しょうがないわね。その代わり食べ物注文してってよ。甘い甘ーいチョコレートケーキ」

「ここ、酒場だよな?」


この店のメニューは一体どうなっているのか。呆れながらも、私は笑みを浮かべて「それ一つ」と言った。


ダンは、目ざとい男だ。特に、男女の境が不安定な男だから、性に関しては目ざとい。

きっと彼は気付いている。私が彼と正反対の同類であることを。


「そうねぇ……ここ最近何かあったかしら。あぁそうそう、この前ねぇ、せっかく付き合っていた女の子に振られちゃったのよ。『女言葉で気持ち悪い』って。せっかく隠してたのに、癖ってやぁね、途中で出ちゃったのよ。……あたし、女の子と付き合うのは無理なのかしら」

「ちょっと素出したぐらいで逃げてく女なんて大した女じゃないぞ。本当に良い女はそんな細かいことは気にしないもんだ。あんた性格良いんだから、ちゃんと良い女が来るよ。だいじょーぶ」

「そうだといいんだけどね。ねぇシアンちゃん、もし相手が見つからなかったら、私のお嫁さんにならない?」


くすくす、と悪戯めいた笑みを向けられ、私は「そもそも俺、男だから」と苦笑した。


「そうなのよねぇ。あんた、良い男すぎるのよねぇ。もうちょっと女々しかったら可愛げがあるのに」

「え、ない?可愛げ。よく「シアン様ってお可愛らしいわ」って言われるんだけど」

「母性はくすぐるけどね。シアンちゃんはもっといろんな人に弱味を見せるといいわよ。そっちのほうがかわい……」


不意に、ダンの言葉がかき消された。

バァァン、という破壊音。吹き飛ばされるような勢いで扉が開き、私は眉間にしわを寄せて振り返る。


「……あいつらに、椅子ぶつけてやりたかったのよね」


ぼそり、と低い声でダンが呟いた。

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