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死姫のヒミツ  作者: 猫柳
第一章
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第五話  死姫、回想する

しばらく隊長と話をしたあと、隊長は再びバルコニーから外に出ていった。その後ろ姿を視界から消えるまでじっくりと眺めてから、声だけを背後に投げかける。


「デューイ、来てる?」

「相変わらずお鋭い」


タン、と屋根を蹴る音。するりとバルコニーに身を滑り込ませた人影は、私のすぐ横に膝をついた。


「遅れて申し訳ありません。隊長の姿をお見かけしたので、しばらく隠れておりました」

「ナイス判断。見つかるとお互いヤバイからな」


デューイは小さく苦笑する。上官の妻と部下が不倫、スキャンダルこの上ない。


デューイは、私の正体を知っている唯一の近衛士だった。小さい頃から一緒に育ち、私が近衛士として入隊する際、お目付け役として共に騎士となったのだ。


「アリシア様が辞職されてからの様子を大体探ってまいりましたが、どうせなら隊長から聞いたらいかがです?」

「隊長に頼りたくないというか、んなことあらかさまに聞いたらこっちの正体バレるというか。元副隊長であること隠したままだったら、普通嫁に機密事項流さないだろうしな」


それで、と私はデューイに先を促す。


「とりあえず今のところは大した動きはありません。副隊長の座は空席、次の人事異動までは埋まらないでしょうね。アリシア様があまりに有能で人望がおありでしたから、後続がいないのです」

「適当に放り込みゃいいのに。あいつら全員器用だから、隊長に叩き込まれりゃだれでもこなすだろ」

「それでもアリシア様には遠く及ばないですよ多分きっと」

「多分て何」


じとりとした視線を、目を逸らして躱す部下。


「えーっと、あとは例の件ですが、引き続き調査を続けていますが依然として疑わしき人物は浮かび上がってきません」


びくりと、一瞬だけ体が固まる。


「そう、か……」


古傷をえぐるような痛み。燃え上がるような怒り。隊を離れたことへの後悔。それがごちゃまぜになってこみ上げてくるのを、ゆっくりと押さえ込む。


「ありがとう。次はもう無理して忍び込んでこなくていい。隙を見てそっちに顔を出すから、その時に頼む」

「承知しました。アリシア様もお気を付けください」


タン、と再び地面を蹴る音。視線を向けた時には既にその姿は消えていた。


「あいつはあいつで有能だよなぁ……」


デューイは騎士というよりも諜報員に向いている。実際、近衛士など茶番に近い。


私は小さく伸びをすると、バルコニーを後にした。







その日は、空が燃え上がるような赤色に染まっていた。


もうすぐ日が暮れてしまうことを惜しみながらも、当時十歳の私は、許嫁兼幼馴染と、木刀片手に騎士ごっこをしていた。「ごっこ遊び」の名はついているが、近衛士たちに面白半分に叩き込んでいただいた剣術は十歳の子供の中でも上位であったと思う。


クタクタになるまで剣を振り回し、近くの草むらに座り込んで、ゆっくりと暗くなっていく空を眺める。


「空って綺麗だよねぇ。まるで芸術品みたいだ」


のんびりとした声で幼馴染はつぶやいた。鳥の巣のようにぐしゃぐしゃになってしまった金の髪が、夕日で銅色に染まる。


「でも、僕はちゃんとアリシアの方が綺麗だと思ってるからね?」

「取ってつけたようなお世辞をありがとう!」

「照れるとかしないよね、アリシアは……」


お互い媚びへつらわれることの多い上流貴族の子供だ。そろそろ、自分に向けられる賛辞はただのお世辞が多いということを理解し始めていた。


何か言おうとして、幼馴染の方に顔を向ける。その時、目に映ったのは、突然顔を固くした幼馴染の横顔だった。


「どしたの?」

「……足音。使用人じゃない。なんかおかしい」


私たちはすぐ傍に放り出してあった木刀を早急に手元に引き寄せた。


「ここ、王宮の中庭だよ?不審者が来るわけないのに……」

「分からない、けど、警戒するに越したことはないと思う」


がさり、と草むらが揺れる。一つ、二つ。

私たちは草むらに視線を向けたまま、ゆっくりと後退する。


「アリシア、急いで近衛士を呼んできて。時間は僕が稼ぐ」

「何言ってんのさ。一緒に逃げるに決まってるじゃん!」


草むらをかき分けて、男が出てきた。黒っぽい色彩で統一された服を着、顔を布で覆っている。危険人物であることはもはや明らかであった。


「アリシア様、ご無事ですか!」


慌てて駆け込んできたのは、デューイだった。いつもは涼しい顔をしている三歳年上の近衛士は、今は青白い顔をして、額に髪を張り付かせている。


「デューイ、賊が……」

「っ、知ってます。申し訳ありません、どうやら罠をかけられていたらしくて、俺以外駐在していた近衛士が全員毒を盛られてます」

「うわぁ、そりゃまずい状況」


幼馴染は引きつった笑みを浮かべる。


「一応外回りに行っている本隊に伝令を飛ばしましたので、もうすぐ援軍は来るはずですが……」


絶対絶命。

そんな言葉が、脳裏をかすめる。


「ってことで、諦めはついたかなガキ共」


ゆっくりとこちらに近づいてきていた男がニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。私たち三人は一瞬視線を交差させ、そして、精一杯の虚勢で笑う。


「諦めなんて」

「つくはずがない」


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