第三十一話 月満ちた舞踏会2
「だってそんなシアン様にそっくりな素敵な笑顔でそんなこと言われたら、私ときめいちゃうんですもの。ぜひお姉様と呼ばせてくださいませ!」
と、主張するヴィオレットに、私は半ば押し切られるような形でその呼び名を了承した。だって狩りにも美少女が、ちょっと頬なんか染めながらキラキラした目で迫ってくるんだよ?これを断れるわけがないじゃないか。
結局、ヴィオレットと別れる頃には、私はげっそりとした気分になっていた。
「なんで助けてくれないのさアルバード……」
「ああいうのはお前の十八番だろう。俺の出番はないさ。……と、またお客様だぞ」
「もう女の子は勘弁……」
と思ったものの、またもややってきたのは女性であった。
「こんばんは、マリアナ姫」
「ごきげんよう、アルバード様。そしてお初お目にかかります、アリシア様」
ややつり目の青の瞳を細め、マリアナ姫は好意的な笑みを浮かべる。普通に挨拶を返そうとしてしまった私は、『アリシア』としてはまだ顔を合わせたことがないということを思い出し、紹介を求めるようにアルバードの方を向いた。
「……、あぁ、妻とはまだ会ったことがありませんでしたね。マリアナ姫、彼女はエルヴァーレンの末娘であり、先月私と婚約をしたアリシアです。アリシア、彼女はデリエスタの外交官であり、第一王女のマリアナ姫だ」
「お初お目にかかります」
会釈をし、下手にボロが出ないよう、アルバードに流れを任せる。なんとなくそれを察したのか、アルバードが代わってマリアナ姫に話を振ってくれた。
「今日はヴェル殿はご一緒ではないのですか?珍しいですね」
「えぇ、まぁ。……正直、外交に向かない男でして。適当に放り出してきたので、今頃はホールのどこかで甘味を求めて彷徨っていることでしょう。それよりも、ご結婚おめでとうございます。また後日、デリエスタよりお祝いの品を送らせていただきますね。今年、弟が実に面白い品を作ったのですよ。魔法を唱えると光の馬達が飛び出して踊り出す水晶、などね」
すっとマリアナ姫の目が細くなった。なるほど、彼女の仕事が始まったらしい。
「まぁ!そんなものが存在するのですか?さぞかし素晴らしいのでしょうねぇ」
デリエスタではここ一、二年、かつて滅びた魔術を復活させたことで大陸中から注目が集まっている国だ。魔術師、及びそれを組み込んだ魔道具と呼ばれるものはまだまだ数が少なく、非常に希少価値が高い。魔術はこれからどんどん成長するであろう産業だ。それをどこまで他国に売り込めるか。それが彼女の仕事なわけだ。
実際、私たちの繰り広げる会話に聞き耳を立てている貴族も多くいた。私はまぁ素晴らしい、と褒め称え、彼女の自然な宣伝を流す手伝いをする。
そろそろ飽きてきたなぁ、と感じていた頃、先に離脱したのはアルバードだった。他の顔見知りを見つけたらしい彼は、「先に他の挨拶回りをしてくる」と言い残してさっさと人混みに紛れていってしまう。慌てて私はマリアナ姫との話を切った。
「ごめんなさいね、長話で引き止めてしまって」
「いえ。お話できて本当に楽しかったです」
そう言うと、マリアナ姫はニッコリと笑って「お幸せにね」と呟いた。……恥ずかしい。
赤くなっているであろう顔をごまかしながら、私は早々に人混みに飛び込み、アルバードの背中を探した。
こういう時、アルバードは異常なまでに移動が早い。しばらくうろつくと、かなり遠いところにそれらしい背中を見つけた。慌てて人混みをかき分け、その背中を見失わないように追いかける。
が、途中で誰かに手を掴まれ、私はつんのめった。振り返ろうとした瞬間、耳元に顔を寄せられ、小さく囁かれる。
『大切な者に気をつけるんだよ、アリシア。もう二度と失わないように』
その、どこか耳に残る、語尾の抜けたゆったりとした声が、やけに耳に残って。
動けなかった。その声が、言葉が、急速に頭の中を駆け巡る。
―――――私は、この声を知っている。
一瞬で私を押さえていた人物の気配は消えた。私は一拍遅れて振り返る。
聞き間違いだ。きっとそうに違いない。現に、振り返った視界の中には、目当ての人物は影も形もなかった。そう思いながらも、私はさっきとは別方向に走り出す。
夢かもしれない。でも、もし現実なら?
彼が、ここに居るとしたら?
「―――アリシア様!」
「―――っ……!」
声をかけられて、私は我に返った。足を止め、ゆっくりと声をかけた人物を振り返る。
「……、ロイ?」
「どうしたんですか。そんな顔色変えて。隊長なら向こうにいましたよ」
「……、あぁ、うん。知ってる」
きょとん、とロイが不思議そうに首をかしげる。その動作を見ながら、私は小さく息をついた。
「……?まぁいいや。そういえば、さっき副た……アリシア様宛に伝言を預かったんですが」
「は?」
私がポカンと口を開けると、ロイも少し困ったようにそのメッセージを口に出した。
「金髪の男性からです。『隠れ鬼は君よりも得意なんだ』だそうです。……意味、分かります?」
唇を噛み締めた。……あぁ、この感情をどう形容したらいいんだろう。この込み上げてくる、今にも叫びたいこの気持ちを。
「……アリシア様?」
「シアンだ……」
両手で、顔を覆う。今にも泣き出してしまいそうだった。
間の抜けたような声。柔らかな金の髪。運動神経はあまり高くなくて、でも隠れ鬼だけは、異常にうまかった。
あの日途切れた、心の奥底にしまいこんでいたはずの思い出が溢れ出す。辛い、苦しい――――でも、嬉しい。叫びたいほどに。
「シアンは、生きてる……」
私の幼馴染―――本当のシアン・バードは、生きている。
――――私の呟きと、ホールに激しい爆音が響くのは、ほぼ同時だった。
また五百文字ぐらいオーバーした。
私どれだけテスト勉強したくないの。




