第三十話 月満ちた舞踏会1
舞踏会の空気は、開会からやけに落ち着きがなかった。
王太子の誕生記念と銘打たれたこの舞踏会が、実はつい先日結ばれた新婚夫婦を祝うものであることは、貴族であれば自ずと耳に入る事柄であった。そして、『死姫』と呼ばれ社交界をとことん避け続けてきた王家の末娘が、久しぶりに――社交界デビューすらまともにしていないのだから、ほぼ初めて――姿を現すという情報も入っていた。
『やれやれ、どんな娘やら。国王陛下も嫁の貰い手に苦しむほどの王女だと聞くが』
『恐らくあばた顔に違いない。何時いかなる時でも顔をベールで隠していたというぞ』
『死姫様って、あれでしょう。許嫁をあの事件で亡くしてから引きこもってばかりという……いやねぇ。陰気臭い空気を運んでこられたら、殿下もさぞ不愉快でしょうに』
『アルバード様も嘆かわしいわ。醜女を押し付けられて、さぞかしお困りでしょう』
貴族達の囁き声を静めるように、若夫婦の入場を知らせる声が響いた。王宮の大広間はとたんに静まり返り、入口に幾万もの視線が向けられる。
品定めするように向けられた視線は、直ぐに感嘆に変わった。静まり返った空気の中、息を呑む音だけが響く。
近衛士隊長、アルバード・ボールドウィンは、その均整のとれた体にタキシードを纏っていた。すっとのびた背筋にどこか気品さが漂い、端正な顔立ちと相まって、女性達の視線を釘付けにする。
そして、彼に手を引かれていた女性も、すっと顔を上げた。
半分だけ結い上げられた陽光紬の髪は細い首筋を伝い、たっぷりと背中に流れ落ちる。夫の瞳の色に合わせた深みのある紫色のイブニングドレスは、彼女の細い肢体を強調していた。
何よりも特徴的なのは、その強い輝きを持った瞳だ。彼女は僅かにその空色の瞳を細めると、艶やかに色づくその唇を軽く曲げ、柔らかな笑みを浮かべた。
誰一人、再び陰口を繰り返すことはできなかった。それほどまでに、彼らの中にあった『死姫』のイメージと目の前の女性は、かけ離れていたのである。
◇◆◇◆◇
「……見られてるぅぅぅぅぅ」
「随分と好意的な視線に迎えられたじゃないか。安心しろ」
まるで周りの視線など全く気にしていないような笑みを浮かべながら、私は隣にだけ聞こえるように小さく呟いた。それに対し、アルバードも苦笑する。
王族への挨拶を済ませた私達は、アルバードの仕事関連や主立った貴族に挨拶回りをしていた。社交界から遠ざかり続け、全く顔の売れていない私を、アルバードは笑顔で一人一人に説明していく。
私はといえば、下手にボロを出してシアン・バードと同一人物であることを知られると困るため、一歩下がった位置でにこやかな笑みを浮かべていた。ニコニコ。
しばらくホールを回っていると、見覚えのある人影を見つけた。こちらが気づくのとほぼ同時に向こうもこちらに気づき、視線が交差する。
彼女は一瞬ためらうような表情をしたが、やがて人混みをかき分けて、こちらへと向かってきた。私はアルバードの手を軽く引くと、そこに立ち止まる。
「……どうした?」
「お客様です」
アルバードは私の視線を追いかけ、その先にいた人物を見て口を噤んだ。
やがてこちらまでたどり着いた彼女は、金の巻き毛を軽く揺らし、小さく会釈をした。
「、この度はおめでとうございます、アリシア様、アルバード様」
「……、ありがとうございます、ヴィオレット様」
上げられた瞳には、あの時の鬱々とした影は残っていなかった。少しやつれたのか一回り小さくなってしまったような気もするが、それはそれで愛らしかった。
「先日は、私の浅慮により多大なご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「お気にせず。私どもも、随分と無礼を働いてしまいましたもの。……今日はお姉様とはご一緒ではないのですか?」
問いかけると、「姉は少々体調を崩していまして……」という返答が返ってきた。
前回の事件は、ローレンス殿とアルバードの間で『なかったこと』にされた。とはいえ、もちろん姉妹は厳しい叱責を受けたのだろう。まだへこんでいてもおかしくないと思っていたのに、予想以上に立ち直りが早かったようだ。
と、そんな考えが顔に出ていたのか、ヴィオレット嬢は少し居心地が悪そうに視線を逸らせた。
「あ、謝らなければと思って……その、私が全部、悪いんです。本当に、取り返しのつかないことをしてしまって……ごめんなさい」
声を震わせたまま、彼女は俯いてしまう。その細い肩に、私は軽く手をかけた。
「顔を上げてくださいませ。せっかくの愛らしいかんばせが見えなくなってしまいますわ」
おずおず、と。彼女は顔を上げる。私は彼女を覗き込むと、柔らかな笑みを浮かべた。
「私は、もう気にしていません。もし貴方がまだ何か気に病むところがあるというのであれば、私たちの門出を祝って下さりませんか?それが、私にとって一番嬉しいことです。ほら、せっかくの良い日なのです。そのような暗い気持ちでは、不幸ばかりを呼び寄せてしまいますよ。顔を上げて、笑ってご覧なさいませ。きっと殿方が群がってまいりますわよ」
私の言葉に、ヴィオレットは一瞬キョトンとした顔をした。そしてすぐにくすり、と笑う。
「アリシア様は、シアン様とそっくりなことを言いなさるのね」
ぎっくんちょ。
一瞬にして硬くなったのが分かったのか、アルバードのクッ、という笑い声が隣から聞こえた。思わず横目で睨みつけると、さっと視線をそらされる。
「そういえば、アリシア様はどこかシアン様と似た空気をお持ちですわ」
「え!?いや、それは気のせいではないかと……」
「アリシア様、ひとつお願いがあります」
がしっと手を掴まれ、思わず顔が引き攣る。
「アリシアお姉様、とお呼びしてもよろしいですか!」
ほらー、なんかまた変な方向に話が転がったー(遠い目)
本当はこの前にもう一話ぐらい入れようと書いてたんだけどあまりにかけなかったので飛ばした。
書きたいだけ書いたらいつもより500文字オーバーした。何故。




