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死姫のヒミツ  作者: 猫柳
第一章
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第三話  死姫、嫁ぐ

「お似合いですよ、アリシア様」

「……どうも」


気がつけば式当日。

侍女たちの世辞を仏頂面で流しながら、私は鏡の中の自分をじっくりと眺めた。


胸元はしっかりと覆われている分、肩から二の腕を出したデザインで、腰をギリギリまで引き締めた上で裾は無駄に大きく広がっている。踏まなければいいが。

たいして手入れをしていない金の髪を頭頂部で結い上げ、団子にしてあまった分を背中に流す。前髪はい二つに分けて横に流してあり、顔がはっきりと見えてしまう。


「さぁ、アリシア様。婿様がお待ちです、早く……って、それなんですか!?」

「用意しておいてよかったよかった」

「アリシア様!!」


棚の引き出しから、顔の上半分を覆うデザインの仮面を取り出し、おもむろに顔にはめる。ついでに一番レースの編み目が細かいベールを頭からかぶって、にこりと笑った。


「私は不気味な死姫だからさ、これぐらいやったっていいだろう?」

「全く良くありませんが!!」


お待ちくださいッ、と追いかけてくるメイド達を振り切るように廊下を駆け出す。ついでに何本かくすねてきたヘアピンで前髪をいじり、できるだけ顔が隠れるようにした。


(ま、バレるときにはバレるだろうけど)

ちょっとした保険だ。


結婚当日になっても、未だ私の中には割り切れないものがあった。できるならば、嫁ぎたくなんかない。

アルバード隊長は、とても良い人だ。上司として尊敬しているし、男性としても魅力的な人物だと思う。

けれど、私は彼にとっての妻ではなく、彼の副官として、傍にいたかった。


「……ここで、逃げ出してやろっかなぁ……」


結婚式途中で花嫁逃亡。結婚式を潰すことは、できる。

けれどそれをやったら、隊長の名前に傷をつけることになるだろう。


「あぁ、憂鬱……」


深い溜息をついた時、後ろから足音がした。

もしやメイドが追いついてきたのか、と慌てて振り返る。と。


「……君が、アリシア姫か」


柔らかい低音の声が、私の耳を打つ。


振り返ったことに後悔した。気づかないふりをして逃げ出せばよかった。

恐る恐る、ベール越しに声の主を見る。


「たい……アルバード様」


騎士団の礼服に身を包んだ隊長は、いつも以上に眩しい。彼の紫の瞳が私を伺うように眺めてきたので、つい挙動不審になりかけた。


落ち着け、私。バレてない、多分絶対きっとバレてない!


「そろそろ時間だ。会場に向かおうか、私の妻よ」


あ、臭いセリフで来やがった。思わず肩が跳ねる。


これがむさっ苦しいおっさんとかだったら鳥肌もので終わるのだが、隊長はどんな臭いセリフでも違和感がないのだから性質タチが悪い。


ついでに差し出された手を、取るべきか取らざるべきか、迷う。


結局、私は。


「……どうも」


恐る恐る、手を取った。




「一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「なんでしょう」


会場まであと少しのところで、隊長が口を開く。

突然のことに、私は仮面のことについてか、それとも正体がバレたかと戦々恐々していたのだが。


「君は、私と結婚して良いのか?」

「……え?」


予想外の質問に、私はぱちぱちと瞬きをした。


「君は、かつて亡くした許嫁の為に、常に喪服を着ているという話を聞いた。子供時代の約束ごときに、ということを言う者もいるが、私は君のその思いに敬意を抱いている。だからこそ、今回の結婚は、君の意に沿わぬものだったのではないか?」


彼の質問に、私は心の中でつぶやいた。なんでそんな、私のこと考えられるかなぁ、この人は。


『死姫』なんかを嫁にするのは、嫌だろうに。さけずんだ視線や刺のある言葉を投げつけてもいいだろうに。実際、今まではねのけてきた婚約者は、皆そんな風にしてきたのに。

分かっているのだ。私に婚約話を持ってくる人間は、大抵が持参金か王家の血を引き入れることが目的だと。だから、きっと彼もそういった利害の一致の下、私を娶っているに過ぎないであろうのに。


(そんなこと言われたら、惚れちゃうだろーが。この天然タラシめ……)


頭の中で文章を組み立てて、ゆっくりと口にする。


「昔言われたんです、彼に。何々らしく、じゃなくて、自分らしく生きろと。だから私はしたいことをして生きてきたんです。彼に貞操を立てたとか、そんなご大層な話じゃないんですよ」

「自分らしく生きろ、か。なるほど、君に似合う言葉だな」

「私はわがままで変人ですからね」


くすりと笑うと、「いや、そう言う意味ではないんだ」と隊長が慌てふためく。


「……まぁ、なにはともあれ式の前に君と話ができてよかった」

「こちらこそ、お話できて楽しゅうございました」


軽く礼をすると、「最後に」と隊長が言葉を紡ぐ。


「式の間もその仮面、つけているつもりか?」

「そのつもりです」

「……外さ」

「外しません」

「どうしても」

「ダメです」



すごすごと帰っていく隊長の後ろ姿を眺めながら、久しぶりに勝った、と小さくガッツポーズをとる私だった。

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