第二十八話 死姫と前夜祭2
帰るデューイを見送ってから、ハーブティー片手に書類を流し読みしていると、ソフィアが意気込んだ様子で部屋に入ってきた。
「うふふ、姫様。覚悟はよろしいですね?」
ここ数年で一番の満面の笑みを浮かべたソフィアに、私は顔を引きつらせた。
「久しぶりのまともな外出ですものね、腕が鳴ります。さぁ姫様、どれがよろしいですか?どれも私が選んだ選りすぐりのものですよ。赤ですか?青ですか?それともこちらの緑ですか?」
「ドレス以外」
もちろんそんなラインナップが含まれている訳もなく、ソフィアは鮮やかな手つきで私のドレスをひん剥き、コルセットで締め上げ、化粧を塗りたくり、髪を結い上げる。
「はい、完成です」
「……ども、ご苦労さんです」
ひと仕事終えたソフィアの爽やかな笑みを横目に、私は反射的にベールを探してクローゼットをあさり始めた。すると、彼女は笑みを深めて勝ち誇ったように言う。
「ふふふ、姫様、ここの部屋を誰が管理していると思っていらっしゃるんですか?この私が、懲りずにベールを部屋に残しておくわけ無いでしょう」
「なん……だと……」
「荷物は全て馬車に積み込んでありますし、残りの荷物は姫様だけ。さ、行きましょう」
さらりと荷物扱いされたが、寝不足かつ慣れない化粧で疲れきっている私は反論する元気もない。上機嫌のソフィアに促され部屋を出る。
玄関には、既にアルバードの姿があった。燕尾色の礼服を纏った彼の姿は、隊服を見慣れている私には少し目新しい。
「遅れてごめん」
「ん?あぁいや、…………」
私が声をかけると、アルバードはこちらを振り返り、それから面食らったように口を噤んだ。その反応は予想外で、私は少し焦る。
「……驚いたな」
「え。な、なんか変?」
「いや。着飾った素顔を見るのは初めてだからな。……よく似合うよ。綺麗だ」
ふっ、と。アルバードは顔を綻ばせる。熱を帯びた紫の瞳は真っ直ぐに私を見ていて。
「……っ、……っ!!そ、そろそろ行こうか!わードレスで馬車なんて久しぶりー」
あらかさまに話を逸らして、アルバードの脇をすり抜けて馬車へと向かう。後ろから押し殺したような笑い声が二つ聞こえてきて、顔が燃え上がりそうだった。
◇◆◇◆◇
王宮では、私たちを兄と義姉が出迎えてくれた。
「久しぶりだね、アリシア。あぁ、よかった。随分と元気そうだね」
「それはこっちのセリフだよ兄様。随分顔色が良い」
私が笑うと、この国の王太子―――第二王子レオンは、形の良い眉を僅かに下げて苦笑した。
ともすれば倒れてしまいそうなほどに細い体と、病的に白い肌。それでも長い付き合いである私から見れば、今日はまだ健康的に見えるほうだ。下手すると土気色の肌をしている時まである、死線と紙一重の人物だから。
「こんな時まで妹に心配されるなんて兄失格だな。まぁ、今日は楽しんで……君は楽しめないか。舞踏会は嫌いだからなぁ……とりあえず、父上のわがままに付き合ってやってくれ」
「まぁ、そのつもりです」
私の舞踏会嫌いは昔からだ。苦笑いしてふと隣に視線をやると、ひどく居心地の悪い空気が流れていてぎょっとする。
「……僭越ながら、私が何かしましたでしょうか、ジャスミン殿?」
「……今、何で私が貴方に負けたのか、考えていたところよ」
レオン兄様の隣に立っているジャスミン義姉さんが、殺気を隠しもせずにじろじろとアルバードを眺めていた。アルバードは居心地が悪そうに眉をひそめ、こちらに顔を寄せる。
「俺は彼女に何かしただろうか」
「あー……ジャスミン義姉さんは結婚反対派だったから。私を手放したくない的な意味で」
「ほう?」
それだけ聞くと、アルバードは表情を一変させた。再びジャスミン義姉さんに向き直り、私を引き寄せて胡散臭いまでの満面の笑みを浮かべる。
「申し訳ない。正式な挨拶を怠っておりましたね。この度アリシアの夫となりました、アルバード・ボールドウィンと申します。以後よろしくお願いしますね、義姉上」
「……それは嫌味かしら、アルバード。挨拶されなくても知ってるわよ近衛士の隊長ぐらい。人の妹かっさらっていったハイエナぐらい」
「ジャスミン」
レオン兄様がさりげなくたしなめると、ジャスミン義姉さんは膨れた顔のまま口を噤んだ。
「アルバード、君もぜひ楽しんでいってくれ。新しい義弟として、僕も精一杯歓迎させてもらうよ」
「ありがとうございます」
立ち話をしている間に、荷物の運び入れは随分と進んだらしかった。戻ってきたソフィアの姿を見て、私達は彼らと別れ、あてがわれた部屋へと向かって歩きだした。
温かい励ましのメッセージを下さった方々、ありがとうございました。
おかげでちょっと調子が戻ってきました。




