第十話 死姫、拉致られる
なんでこんなことになっているんだろう。
仮面の奥から、のんびりと辺りを伺う。手首に食い込んだ荒縄が気に入らないが、足は縛られていないのでなんとかなるだろう。
四方を壁で覆われ、唯一の穴は扉だけの、実に薄暗い部屋。その中に、私は一人、押し込められていた。
記憶を辿ってみると、たしか私は、バルコニーで星を眺めていた気がする。気分転換と、決意を固めるために。間違っても自分からこんな部屋に入ったわけではない。
「貴方のこと、私最初から気に入らなかったのよ。王族だからって、ひどいわ。私にだって幸せがあったっていいじゃない。貴方のせいよ」
何よりも、事情を知っているであろう少女が、目の前で私への恨み言をまるで呪文のようにつぶやいているのであった。
さっきから、「貴方のせい」「王族だからって」「気に入らない」「はみ出し者のくせに」辺りのことをひたすら呟いている。金の巻き毛の美しい、美少女と呼んでも過言のない少女なのに、薄暗い部屋で生気のない目をしているせいで、薄気味悪ささえ感じる。
「…………あのー」
「何?何なの?私が気に入らないの?そんな、ひどいわ。悪いのは貴方なのに、私に八つ当たりするなんて。怖い人。私貴方なんて嫌いよ」
私は頭を抱えた。さっきからずっとこの調子なのだ。ひたすら恨み言をつぶやいて、こちらから話しかけた途端に被害者ぶる。や、私何もしてないし。
とにかく話を聞こうにも的を得ない。私は彼女とまともな会話をすることを諦めて、状況を確認することにした。
この部屋で目を覚ましたのは、今から恐らく十五分から二十分ほど前だと思う。その時には既に腕を縛られていて、部屋には彼女がいた。私が目覚めると同時に喋り始めた彼女は、時間が経っても未だ落ち着くどころかさらにヒートアップしている。
少女の顔をじっくりと眺めるが、どうにも見覚えがない。
「あのー、名前、教えて欲しいんですが……」
「名前?私の?それで何をするつもりなの?呪うの?嫌、なんて陰湿なの。気持ちが悪いわ。死姫の二つ名は伊達じゃないのね」
「そりゃどうも。お名前を教えていただけませんか」
くすり、と少女以外の声がした。
「その子に話しかけても、答えてくれないわよ。妹は貴方のこと、大っ嫌いだから」
がちゃり、と音を立てて扉が開く。その音と共に部屋に入ってきたのは、少女が丁度大人になったらこういう姿だろう、という姿をした、これまた美しい女性だった。
縦に巻かれた金の髪はランプの光で怪しく揺らめき、やや吊り上がった青の瞳は強い輝きを……そう、ギラギラという表現が似合いそうなほど鋭く輝いていた。
「初めまして、死姫様。私、フィーナ・オブライエンと申しますの。死姫様は、私たちのことをご存じかしら」
オブライエン。その姓に、私は眉間にしわを寄せた。
オブライエン家といえば、由緒正しき伯爵家。それが、何故誘拐などという暴挙を。
……って、多分聞くまでもなく、この姉妹の暴走だろうなぁ。
フィーナは不敵な笑みを浮かべると、私の顔を覗き込んだ。
「私はね、アルバード様の婚約者だったの。でもねぇ、貴方が国王陛下にわがままを言うから、私とアルバード様は引き裂かれてしまったのよ。ねぇ、不憫でしょう?」
「はぁ……」
どうやら姉妹揃って被害者顔が好きであるらしい。
惜しい。惜しすぎる。やけにこの同情を引こうとする喋り方さえなければ、これだけ美しいのだ、普通にモテるだろうに。
個人的に、つり目の女の子は好きなんだけどなぁ。
適当に聞き流そうとした私に、「それに」と彼女は付け足した。
「これ、なんだと思う?」
「これ?」
目の前に突き出された一枚の紙。それを覗き込んで、しばしの沈黙。
そこには、ある一定時間の映像を繰り返し再生する魔術がかかっているらしかった。で。
「…………」
「人妻のくせに浮気なんて、最低ね貴方」
その、映像というのは。
なんとアルバードの屋敷の私の部屋に忍び込む、シアン・バードの姿だった!!!
浮気相手って自分ですか!!
今回ちょっと短くてすみません