第一話 死姫、縁談が来る
「……は、結、婚?」
カラン、とフォークの転がる音がした。フォークの直撃した美しいケーキには一部潰れ、父は眉をひそめたが、私は気にしなかった。
「聞いてない。というか本人が納得してない。やだ。断る。第一私仕事がある」
「何を言うか。十九にもなって未だ婿も取らずにフラフラ出来ると思っているのか」
「貰い手いないだろ!?しょうがないから未婚やってるんだよ!」
バン、と机を叩く。ここが母屋の食堂であれば使用人が揃って顔をしかめただろうが、あいにくとここは私の部屋。こんな態度に慣れきってしまった残念な使用人ばかりである。
私の態度に呆れたようなため息をつきながらも、父――現国王陛下は、持ってきていた冊子を私に手渡した。
「貰い手がいなくなったのは誰のせいだと思っているんだ。お前が怪しい噂で片っ端から撃退しているせいだろうが」
第一、と父は私を睨む。
「その喪服をやめなさい!その黒いベール!その服のせいでお前は「死者の花嫁だ」などというよくわからん噂が立つんだろうが!」
あぁ、そんな噂もありました。というか立てました。
くるくると金の髪をいじる。昔は金糸のようだなどと讃えられたこの髪も、今は別の噂に霞んで誰も褒めてくれない。褒めて欲しくないので万々歳なのだが。
大国エルヴァーレンの第三子、アリシア・エルヴァーレン。それが私の名前だ。
年中自室に引き籠もり、幼い頃に亡くした許嫁のために常に喪服をまとっている内気な姫。それが巷で囁かれる私のイメージである。
このイメージを作るために、どれだけ私が苦労したことか。数年がかりの大掛かりな準備が無事花開き、今じゃ私は泣く子も逃げる「死姫」だ。
ニヤニヤと笑うと、父は神経を逆撫でされたようだった。しかし、気を取り直して、未だ赤い顔で冊子を指差す。
「それが、お前の夫だ。あいにくと彼以外の貰い手が見当たらなかったが、まぁ、その男ならお前も気にいるだろう」
「だからぁ、私には仕事があるんですって。なんのために「死姫」始めたと思って……」
ぺらり、とめくった冊子の中身に、見慣れた名前を見て、私は固まった。
「……父上、いやお父様。これは一体どんな冗談で?」
「騎士としても名高く、なおかつ性格も良い。お前とも仲が良いだろう?近衛士隊長に王族の姫を下賜するのは少々型破りとも言えるが、まぁ仕方ない」
こんのクソオヤジ……。吐きかけた暴言を飲み込んで、その代わり体をプルプルと震わせる。
「婚儀は来月だ。それまでに、潔く未来の夫に辞表を叩きつけてくるんだな、アリシア」
婚約相手。近衛士隊長、アルバード・ボールドウィン。
彼は、私の上司だった。
衝動的に書き始めました。
よろしくお願いします。